バカンス中、車で海岸線をドライブしました。
ボーっと窓の外を見ながら、どうでもいいことを考える。
日仏カップルの中で、女性が(日本人、旦那さんはフランス人)日本に帰りたいと思っている人を何人か知っています。この傾向、どちらかというと日本に現ご主人と知り合い結婚したパターンに多いように思われます。確かに、こういう出会いをした方は、自ら望んでパリに来たのではなく、恋に落ちた相手が偶然フランス人だったから、こうしてフランスに住むことになったわけで、海外志向があったとは限らず、日本が恋しくなるのも想像がた易い。
私はこのパターンではありませんが、少し気持ちがわかるなぁ、って思うときがあります。私の場合、日本が恋しいというよりは、「おいフランス、なんか心地よくないぞ」っていう。
海辺の、美しすぎるほど美しい自然に、なんとなく、フランスに拒否されたような気がしているからかもしれません。隙のない、パーフェクトな美。それも、美術館にでもありそうな、絵画的な美しさです。
もし、これがアメリカの海だったらどう思うのだろう、と想像すると、そんなに拒否されないような気がする。カリフォルニアの爽やかな風が「みんな、おいでよ!」って言ってくれそう。
カタールの海辺は、フィリピン人が大騒ぎしてたり、若いバングラディッシュ人が手を繋いで(男通し)幸せそうにしてたし、その隣イスラム教の人が絨毯引いて祈っていたりで、何でもあり!って感じだったし。
そうそう、このブルターニュの海は、白人が99%で、アジア系の人、いないです。
その昔客室乗務員として世界各地を飛んでいた頃、日本に持ち込んでいいもの、悪いものについて敏感にならざる負えませんでした。ちょっとでも土が付いているものは駄目だし、肉類は検疫を通れるよう検査済みのものに限られている。でもロブスター、からすみなどの海産物はもっとキャパが広い。その理由として、「基本的に海は一つですからね」って、検疫官さんに言われたときに、「あ、なるほど、海は一つ、か」と、何だか少し壮大な気持ちになったことを思い出します。
海は一つのはずなのに・・・
フランスって、何かにつけて敷居が高いところがあるけれど、海に来てまでそれを実感させられるとは!いやはや参りました。
でも、まぁいいや。
スティングが「I’m a English man in NY」って歌っていましたが、私は「I’m a foreigner in France♪」。この状況が楽だったりもするし、いつか馴染むこともあるでしょう。
ではまた行きます!
2011年7月31日日曜日
2011年7月29日金曜日
親にできること
バカンス中、義理の叔母と一緒でした。昨年もそう、一昨年もそうだったかも。
この叔母、親戚からは、いわゆるお荷物扱い。
60過ぎた今まで生涯独身、子供はいない。ちょっとヒステリー傾向、被害妄想の気あり。良家の出身ということに誇りも持ち、プライドはメチャ高いけど、そのケチなのには度が付くほど。話は長く愚痴っぽい。家事能力はびっくりするほど欠如している。
他の家族が敬遠するのもわかるでしょ?
でも、バカンス中、ずっと一人なのも気の毒だし、バカンス中、気が向くとうちの子猿達に本を読んで下さったりもするし(それも抜群の演出力あり、なので子猿達大喜び)、長い話も自分のことを中心に家族の話などよく好むのですが、時折、意外なほど洞察力を見せるので面白いときもある。「えっ、また一緒?やられたなぁ」っていうくらいの負担です、私達としては。
笑える(泣ける?)ことに、バカンス前になると叔母から「貴方たちの予定は?」という打診があり、いついつどこへ、と答えると、「あら、偶然!私もその予定なの」っていう。素直に一緒していいかしら、と言えないのでしょうね。もしくは今までにそう聞いて断られたことがあるのかもしれません。
Anyway、
彼女お得意の家族の「サガ」話。これが本だったら今10巻目くらい、話が進んできました。結構面白い。
彼女の両親から始まって、兄弟の生い立ち、教育、巣立ち、仕事、と詳細にわたって語ります。間に戦争あり、離婚あり、破産、海外逃亡あり。
この彼女の両親も、兄弟も面識ある程度ですが、どの方も、品が良くって、感じよく、社会的に合格、成功しているように見える人達です。でも叔母の話を聞いていると、うん、確かに暗い側面も持ってそうだし、そんな楽勝人生なんて存在しないですものね。
そして叔母本人については、というと、
「幸せな子供時代を過ごさせてもらった」と珍しく前向き。自分の両親は人間としては不完全だったけど、親としては素晴しかった、と。母からは素晴しい教育や人生の指針を受けたし、父からも愛情も沢山受けたっていう。
でも本当にそうかしら。
生前の彼女の両親からは、そんな印象は受けなかったけどなぁ。いつも叔母をドン臭い娘としてうざったそうにしていたと思う。
それに、人生の指針って何?叔母は何回か恋に似たことがあったそうだけど、その度に、ブランド意識強い母親が「そんな家の出の人なんて駄目です」「そんな外国人なんて駄目です」(←これ、共に私に当てはまるんですが…)とひねりつぶしたって、お陰で結婚のチャンスを逃したって、恨みがましく言っていたじゃない。両親のことを美化したいのでしょうが、そんなの、もういいよ、正直になっていいよ、と思ってしまいます。
それにしても、叔母の話は僻みも混じっているから話半分なのでしょうが、どの人も見事に不幸というか、不完全というか。皆人生の落後者、もしくは「ひでぇ奴」ですよ。叔母の語りはその人達の親、先祖の代から始まり、その人達が人生の終焉を迎えている今、で最終回を迎えます。
そんなのを聞いていて思ったことは、
親が子供にしてあげられることって、何か?
ってことです。
叔母の話聞いていてもそうですし、私の少ない見聞でも、親が子供によかれと思って、指導したり影響を与えていることが、かえって、その子供の可能性を狭めていたり、コンプレックスや洗脳となっていたり、自由に考えたり感じたりすることに足かせ掛けられていることが多いように感じられます。
じゃ、せめてお金でも残すこと目指すか?
いや、程度によるけれどお金を持っていても、それが必ずしも子供の幸せに繋がっていない。不幸の種のことの方が多いのでは。
また立派な見本、背中を見せているだろう人格者の子供が、健康に成長しているかというと、必ずしもそうでもないし。
教育熱心ねぇ。ある程度は大切かもしれないけれど、お受験的な熱心さは、プラスの量より、マイナス要因の方が多い気もします。なんというのですか、子供の幸せにつながっている感じがしない。
一方、反面教師的な親を持つことは、子供にとっては不幸なようでいて、その不幸を乗り越えたときの見返りが大きい気がする。ま、かといって、悪い親を目指すってのも変な話だし。
とウダウダ。
いや、一応結論はあるんですよ。
親が、大人が、子供にしてあげられることは、愛情を注ぐことしかない。
愛情をいっぱい注いで、「愛される自信」を身に付けさせ、あとは勇敢に自分の人生を漕いでいくのを見送るしかない。失敗しても彼の人生だから、と、ある程度切り離して見守るしかないのだと思う。
具体的には、というと、余計な口出しはせず、子供達の意思を尊重して、だまされる覚悟をもって信頼する。
さて、バカンスも終わり近づくと叔母の話も、片耳に耳栓して挑みます。
反動か、夫と二人っきりになると、妙に無口になってしまうこの頃です。
この叔母、親戚からは、いわゆるお荷物扱い。
60過ぎた今まで生涯独身、子供はいない。ちょっとヒステリー傾向、被害妄想の気あり。良家の出身ということに誇りも持ち、プライドはメチャ高いけど、そのケチなのには度が付くほど。話は長く愚痴っぽい。家事能力はびっくりするほど欠如している。
他の家族が敬遠するのもわかるでしょ?
でも、バカンス中、ずっと一人なのも気の毒だし、バカンス中、気が向くとうちの子猿達に本を読んで下さったりもするし(それも抜群の演出力あり、なので子猿達大喜び)、長い話も自分のことを中心に家族の話などよく好むのですが、時折、意外なほど洞察力を見せるので面白いときもある。「えっ、また一緒?やられたなぁ」っていうくらいの負担です、私達としては。
笑える(泣ける?)ことに、バカンス前になると叔母から「貴方たちの予定は?」という打診があり、いついつどこへ、と答えると、「あら、偶然!私もその予定なの」っていう。素直に一緒していいかしら、と言えないのでしょうね。もしくは今までにそう聞いて断られたことがあるのかもしれません。
Anyway、
彼女お得意の家族の「サガ」話。これが本だったら今10巻目くらい、話が進んできました。結構面白い。
彼女の両親から始まって、兄弟の生い立ち、教育、巣立ち、仕事、と詳細にわたって語ります。間に戦争あり、離婚あり、破産、海外逃亡あり。
この彼女の両親も、兄弟も面識ある程度ですが、どの方も、品が良くって、感じよく、社会的に合格、成功しているように見える人達です。でも叔母の話を聞いていると、うん、確かに暗い側面も持ってそうだし、そんな楽勝人生なんて存在しないですものね。
そして叔母本人については、というと、
「幸せな子供時代を過ごさせてもらった」と珍しく前向き。自分の両親は人間としては不完全だったけど、親としては素晴しかった、と。母からは素晴しい教育や人生の指針を受けたし、父からも愛情も沢山受けたっていう。
でも本当にそうかしら。
生前の彼女の両親からは、そんな印象は受けなかったけどなぁ。いつも叔母をドン臭い娘としてうざったそうにしていたと思う。
それに、人生の指針って何?叔母は何回か恋に似たことがあったそうだけど、その度に、ブランド意識強い母親が「そんな家の出の人なんて駄目です」「そんな外国人なんて駄目です」(←これ、共に私に当てはまるんですが…)とひねりつぶしたって、お陰で結婚のチャンスを逃したって、恨みがましく言っていたじゃない。両親のことを美化したいのでしょうが、そんなの、もういいよ、正直になっていいよ、と思ってしまいます。
それにしても、叔母の話は僻みも混じっているから話半分なのでしょうが、どの人も見事に不幸というか、不完全というか。皆人生の落後者、もしくは「ひでぇ奴」ですよ。叔母の語りはその人達の親、先祖の代から始まり、その人達が人生の終焉を迎えている今、で最終回を迎えます。
そんなのを聞いていて思ったことは、
親が子供にしてあげられることって、何か?
ってことです。
叔母の話聞いていてもそうですし、私の少ない見聞でも、親が子供によかれと思って、指導したり影響を与えていることが、かえって、その子供の可能性を狭めていたり、コンプレックスや洗脳となっていたり、自由に考えたり感じたりすることに足かせ掛けられていることが多いように感じられます。
じゃ、せめてお金でも残すこと目指すか?
いや、程度によるけれどお金を持っていても、それが必ずしも子供の幸せに繋がっていない。不幸の種のことの方が多いのでは。
また立派な見本、背中を見せているだろう人格者の子供が、健康に成長しているかというと、必ずしもそうでもないし。
教育熱心ねぇ。ある程度は大切かもしれないけれど、お受験的な熱心さは、プラスの量より、マイナス要因の方が多い気もします。なんというのですか、子供の幸せにつながっている感じがしない。
一方、反面教師的な親を持つことは、子供にとっては不幸なようでいて、その不幸を乗り越えたときの見返りが大きい気がする。ま、かといって、悪い親を目指すってのも変な話だし。
とウダウダ。
いや、一応結論はあるんですよ。
親が、大人が、子供にしてあげられることは、愛情を注ぐことしかない。
愛情をいっぱい注いで、「愛される自信」を身に付けさせ、あとは勇敢に自分の人生を漕いでいくのを見送るしかない。失敗しても彼の人生だから、と、ある程度切り離して見守るしかないのだと思う。
具体的には、というと、余計な口出しはせず、子供達の意思を尊重して、だまされる覚悟をもって信頼する。
さて、バカンスも終わり近づくと叔母の話も、片耳に耳栓して挑みます。
反動か、夫と二人っきりになると、妙に無口になってしまうこの頃です。
2011年7月28日木曜日
図書館
今回のバカンスは雨続きのブルターニュです。
村の図書館に行ったときのこと。
「Bibilotheque pour tous(皆の図書館)」という自治体が運営する私営の小さな図書館。車で到着し、雨合羽姿の子猿達を降ろしていたら、ボランティアのおばあちゃんが笑顔で図書館のドアを開けて「雨は大変でしょう。さあさあ中へ」と迎え入れてくれました。う~ん、こんな温かなウェルカム、パリではありえないな。
大人向けの蔵書は実に質素で探しいてた本は見事にありませんでしたが、子供向けコーナーは自然光がふんだんに取り込まれていて雨降りの日でもグリーンハウスのように明るく、絵本の数は大人向けより多いくらいです。バカンス・モードになっている母猿、普段と違って寛大です。子猿らが次から次へと持ってくる絵本を「はいはい」と適当に和訳して読んであげながら、この子達も図書館好きになって欲しいな、と思う。
私が図書館好きになったのは、もっと大きくなってからで、高校生の頃だったと思います。当時家にいるのが嫌で、でも試験勉強しなくちゃならないから地下鉄のホームで勉強している、と読書好きな友人に話したら、「それなら図書館に行ったら?」と言われて、足を踏み入れたのがきっかけかと。
学校帰り、初めて行ったのは広尾の東京都中央図書館。あの静かな空間、埃っぽい空気、なんだか自分の気持ちまで落ち着いてくるような気がして、思いっきりハマり、私の図書館通いが始まったのでした。
でも勉強はあまり捗らなかったかなぁ。図書館に来てまで勉強しようとしている自分に満足して、そこで終わってたような……。書棚をほっつき回って「読みたい本がこんなに沢山あるとは!」とほっとしたり、売店でお菓子買い食いしたりで、気づくと閉館時間、っていう。
それでも図書館を知って良かった。初めて、家や学校以外で、自分が居てもいい場所を見つけたのだ思います。ちょっとしたサンクチュアリというか。
仕事・婚活に悩める20代の、一人暮らしの頃も、よく図書館に行ってました。当時のマイホームは22㎡のワンルームで、壁に圧迫されそうな気分になるときがありましたが、隣が区立図書館という幸運なる立地条件で、鬱っぽくなると隣に行って、閲覧コーナーで新聞観たりしてました。この図書館のお陰で随分気持ちが救われたように思います。
外にでる。そして、知らない人だろうが人々が共存している場所に行く、という行為が、部屋で溜め込んだ孤独感を薄めてくれた。
さて、この日は10冊ほど絵本を借りることにしました。日本の作家のも随分仏訳されているのですね。「Chuuuuut!(シーッ、静かにしょう)」というタイトルのをさりげなく混ぜたら、子猿に「これはいらない」と却下されました。子供が好きな本と、大人が選ぶのが全く違うのは何故?雨降りが予想される今日の午後は、引き続き雨読です。明日は、晴耕となるでしょうか。ではまた!
2011年7月26日火曜日
フランスのバカンス その② フランス嫁姑実情編
今回のバカンス、義母達、当初の二、三日だけ一緒に滞在したら別の田舎に出発するはずだったけど、何だかんだ、バカンスの半分以上を一緒に過ごすことになりました。ストレスに弱い私はもう5日目あたりから滅入っていました。
そんなは私をみて、義母は「貴方達、子供といつも一緒でしょ。だから気が滅入るのよ。それじゃ子供の奴隷じゃない(夫はそう)。お守してあげるから、二人だけで夜どこかレストランにでも行ってらっしゃい。たまには子供抜きで出かけるべきよ」と申し出てくださいました。
彼女の言うことはわかる。
というのも、フランスのバカンスのもう一つの特徴は、子供達は両親に預けて、夫婦だけで、外出や小旅行すること。夫婦の時間を大切にする、ってことなのでしょう。
私としては夫婦水入らずはパリでするから、バカンスだもの、少しは家族水入らずで過ごさせて欲しいけど、こういう核家族志向は、日本的なのでしょうね。
フランスの考え方は、どちらかというと大家族的なのかもしれない。実際、マミー、パピーという愛称で呼ばれるおばあちゃん、おじいちゃんの孫育て参加率、思ったより高いな、というのがこちらに住みだしてからの印象です。クリスマス休暇、スキー休暇、イースター休暇、夏休み、フランスの学校は休みがほぼ2ヶ月置きにある。親は仕事そんなに休めないから、バカンスの間を学童保育等とマミー、パピーの補助で繋ぐ共働き家庭を何件か知っています。
それでも、嫁と姑、上手く行っているケースの方が少ないのは日仏共通でしょう。
フランス人の友人らも、「あの人のことを『Belle-Maman(お義母様)』なんて呼びたくない。Belle(きれい)なMaman(ママ)なんて…ふん!バカンス、一緒に過ごすの、気が重いわ」って言ったりしている。
でも、フランスの、普段の時の嫁と姑の関係は、日本のそれより距離感があり、そのお陰であまり煮詰まらない。バカンスの時だけ忍耐を要求されるのならお安いものなのでしょう。
日仏、嫁姑の確執は、義母が嫁を等身大で受け入れていないことに問題があるような気がします。(←嫁側の視点です、はい)姑は「あなた、こうしたらいいんじゃないの」てなことをストレートに、時に婉曲に言う。嫁はカッチンとくる。ほっとけばいいのにね。
すごく勝手な意見ですが、日本のように、姑はしごく、嫁は耐える、という定型があった方が、皆がんばっているんだから、私も耐えよう、って連帯感を持てるような気がします。
というのも、私の周りの話を聞いていると、フランスの嫁姑は結構皆喧嘩しているんですよね。その後で折れ合って、和平を結び、しばらくするとまた衝突勃発して、というサイクルのようです。「私もいつか爆発してみようかな」と思うのですが、キャラじゃないからなぁ。イライラ・ストレスとの一人芝居です、いつまでも。
皆さん、愚痴ルポ、お付き合いありがとうございました。
次回はもっとポジティブなルポにします!です。
そんなは私をみて、義母は「貴方達、子供といつも一緒でしょ。だから気が滅入るのよ。それじゃ子供の奴隷じゃない(夫はそう)。お守してあげるから、二人だけで夜どこかレストランにでも行ってらっしゃい。たまには子供抜きで出かけるべきよ」と申し出てくださいました。
彼女の言うことはわかる。
というのも、フランスのバカンスのもう一つの特徴は、子供達は両親に預けて、夫婦だけで、外出や小旅行すること。夫婦の時間を大切にする、ってことなのでしょう。
私としては夫婦水入らずはパリでするから、バカンスだもの、少しは家族水入らずで過ごさせて欲しいけど、こういう核家族志向は、日本的なのでしょうね。
フランスの考え方は、どちらかというと大家族的なのかもしれない。実際、マミー、パピーという愛称で呼ばれるおばあちゃん、おじいちゃんの孫育て参加率、思ったより高いな、というのがこちらに住みだしてからの印象です。クリスマス休暇、スキー休暇、イースター休暇、夏休み、フランスの学校は休みがほぼ2ヶ月置きにある。親は仕事そんなに休めないから、バカンスの間を学童保育等とマミー、パピーの補助で繋ぐ共働き家庭を何件か知っています。
それでも、嫁と姑、上手く行っているケースの方が少ないのは日仏共通でしょう。
フランス人の友人らも、「あの人のことを『Belle-Maman(お義母様)』なんて呼びたくない。Belle(きれい)なMaman(ママ)なんて…ふん!バカンス、一緒に過ごすの、気が重いわ」って言ったりしている。
でも、フランスの、普段の時の嫁と姑の関係は、日本のそれより距離感があり、そのお陰であまり煮詰まらない。バカンスの時だけ忍耐を要求されるのならお安いものなのでしょう。
日仏、嫁姑の確執は、義母が嫁を等身大で受け入れていないことに問題があるような気がします。(←嫁側の視点です、はい)姑は「あなた、こうしたらいいんじゃないの」てなことをストレートに、時に婉曲に言う。嫁はカッチンとくる。ほっとけばいいのにね。
すごく勝手な意見ですが、日本のように、姑はしごく、嫁は耐える、という定型があった方が、皆がんばっているんだから、私も耐えよう、って連帯感を持てるような気がします。
というのも、私の周りの話を聞いていると、フランスの嫁姑は結構皆喧嘩しているんですよね。その後で折れ合って、和平を結び、しばらくするとまた衝突勃発して、というサイクルのようです。「私もいつか爆発してみようかな」と思うのですが、キャラじゃないからなぁ。イライラ・ストレスとの一人芝居です、いつまでも。
皆さん、愚痴ルポ、お付き合いありがとうございました。
次回はもっとポジティブなルポにします!です。
憎らしいほどに美しいです!
バカンス、サルト地方での結婚式に出席したあと、更に西に向かい、ブルターニュはメスケーに来ています。メスケーには義理の家族の海の家があり、我が家の夏の定番のデスティネーションです。
フランスの地図を思い浮かべてください。ここがブルターニュです。結構大きいでしょう?
昔は寂れた海辺の村だったそうですが、今や夏の保養地として、南のコートダジュールと二分している感ありです。
ニース、カンヌなどからなるコートダジュールは、その殆どが黒い小石からなる幅細い海辺で、コートダジュールというと「青い海と白い砂」というイメージを持っていた私は初めて訪れた時などは「なんだ黒砂利か」とがっかりしたものです。
長所は地中海の美しさ。水温も程よく、海は蒼々としてて、ほんと、青い海岸(=コート・ダ・ジュール)とはよく言ったもの。海岸線の街路樹は椰子の樹々、レストランが連なり、景観は「ザ・地中海!」って感じです。
一方、こちらブルターニュの海は大西洋。水温は真夏でも18度~23度で、湘南や伊豆の暖かな太平洋に慣れている私にはとてもとても冷たくて泳ぐ気にはなれないけど、透明度が高く、どこまでも続く水平線が壮大で美しい。浜辺は長く広く、一面、白いサラサラの砂です。朝夕には近くの乗馬クラブが何とも美しい馬達をギャロップさせていたりするし、浜辺には所々に大きな岩々があり、恰好の風よけにもなっている。ヨットやサーフィングを楽しむ人達もいるけれど、その隣の入り江には漁師もいるし、蛎やムールなども養殖していて素朴さも残り、ほんと、いい感じなのです。
けれど…。
ここメスケーの浜辺の美しさは素晴らしすぎます。
自然体の自然。
松林の中に佇む藁葺き屋根のコテージといい、大きな岩々に打ち寄せるダイナミックな波といい、すべてがしっくりしすぎるほどしっくりした景観で、ふと私は不安な気持ちになったりします。
多分それは、私がこんな美しい海の原風景を持っていないからだと思います。
海といえば人が鰯状態でひしめきあっていたし、かつては美しかっただろう海岸線はは安っぽいホテルや有線放送で台無しにされていたし、スイカの皮やポテトチップスの袋が砂にまみれていた…。それでも、そんな中ででも、青春を謳歌したのに、したつもりでいたのに、こんなにきれいな浜辺を今更みせられても、どう思っていいのかわからないのだと思います。
素直に「きれいねぇ」って言いたくない。そうすると私の思い出の海が「悔しい」とか、「惨め」とかって、ひねくれそうで。
「なにさ、なにさ」なんて、ぷんぷんしながらの海水浴の帰り道。来年も、再来年も、何回も来るであろうメスケーの村。これからも、こうして圧倒されたり、拒否しあったりしながら付き合っていくような予感がします。
2011年7月19日火曜日
フランスのバカンス実情①
「また来週ね」
今朝義母がそう言いながら車に乗り込んだとき、「やられた」と思いました。見送りの笑顔、固まったまま目尻、口尻が5ミリは下がったと思います。
何の話?バカンス、バカンスですよ!フランスといえばバカンスというくらい、フランス文化の象徴とも言える夏の長いバカンス。私達もバカンスに入って10日目です。今年も夫家族の持つ海の家にやって来たのです。
義理の両親、当初は二、三日だけ息子家族と滞在したら別の田舎に出発するはずだったけど、何だかんだ、ずれ込み、結局はバカンスの半分以上を一緒に過ごすことになったのです。
国際結婚ならではの文化の違いという以上に、気が合わない義理の両親と私。夫と義母もすぐ険悪になるし、「最初だけ我慢すればあとは自由になる」と目論んでいたのに落ち込みます。それがやっと、解放されると思って見送りしたのに、なんと、週末にまた来るなんて。荷物まとめてパリに帰りたい気持ちです。とほほ。
でも、まぁ子供達が祖父母などと一緒にのびのびと海辺の家で時間を過ごし、珠玉の思い出を持って成長して欲しい、と思うから、我慢です。
そもそも、バカンスって言葉が罪なんだと思う。
だって「バカンス」ってとても素敵な響きではありませんか?太陽が照っていて、波がざぶ~ん、とか、山が青々としているとか、空気が澄んでいて、心身ともにリラックス!みたいな。
でも実情は必ずしもそうでない。特に、家庭にいる女性にとっては。
フランスのバカンス、家族持ちの場合は、どちらかの実家の家族と一緒に過ごすことが多いのです。費用的にも助けてもらうことが多いのだと思う。また、たとえバカンス期間どっぷり一緒でなくても、実家に丸っきり顔を見せないとヒンシュクみたいな風潮はある。日本のお盆と若干似ています。
彼の実家とバカンス?そんなの、「嫁」にとってはちっともバカンスではないのです。
私も、少しは覚悟して来ましたが、いざ、海の家に到着し、薔薇とダリヤが美しく咲き誇る庭で、義母、義父、義理叔母らがシックに着崩した夏の装いでアペリティフしているのを目にしたとき、走馬灯のように、去年、そしておととしの、そして先一昨年のバカンスが思い出されました。
地元の名士という自負から、毎夏、義母は社交バタフライとなります。家でも、浜辺でも、魚屋でも社交です。もちろん、私達は来客がある度に駆り出されます。社交の場では、子猿達が静かにしているようにと、私は日本語で脅し(静かにしないと怒るよ!)と賄賂(チョコあげるから静かにしなさい)そしてネゴ(じゃ飴もつけて)の応酬をささやき、それでも子猿らがちょっと羽目を外すと冷ややかな目で睨まれる。
会話のトピックは得てして彼らの共通の知人の話や昔話中心なので、正直興味ないのですが、退屈していることを悟られないように微笑んだり合いの手を入れたりする。中座して本でも読みたいけれど、それは失礼な感じだしと同席するアペリティフや食後コーヒータイムが長く感じられること!
肝心な食事は子供達は別途食べさせる(よって私は二度手間)、話も詰まらないからワインでも呑んで陽気にしていたいけれど、男性陣(夫か義父)に注いでもらうのを待つしかない。
あぁ!
これを一サイクルしたところで、私の心は分厚い雲で覆われていて、開放感なんてとんでもない、どちらかといえば、とてつもない閉塞感に襲われているのです。
完全に愚痴になってますね。ごめんなさい!一旦切りましょう。
2011年7月9日土曜日
休暇第一日目
休暇第一日目は、鳥のさえずりの中に居るというか、ミツバチが頭の中を飛んでいるというか、そんな感じでした。
今日明日はネット環境があるところにいるので、隙を見つけた今、飛びつくように、タイプしているのです。
あぁ、ひと時の静寂、ご馳走なり。
今日の午後は、「人が居住している」というカテゴリーにおいては、フランス一大きいお城、Le Lude城の城主様のお嬢の結婚式にいってきます。場所は、パリから西に250キロほど行ったところ。24時間耐久レースのル・マンの近くで、この村の名前(城と一緒)は「Le Lude」。
結婚式には、総勢800人は来るらしい。そのため、Le Ludeの隣村にあるこの義理の両親のプチ・シャトーにも、Le Lude城に収容できない来客が流れてきています。
昨晩は20人ほどと一緒にビュッフェディナーをしました。義母は、一日中、もうハイというか、パニックというか。それでも、実に美味しいディナーを準備して、すばらしかったです。この写真も、いつかアップしますね。義母はハーブの使い方が上手なんですよ。そこら辺も、バカンスのあとにゆっくりルポします。
この20人の来客、皆伯爵とか、公爵とか、そういうつながりで顔見知りらしいのですが、まぁ、良くしゃべること!今朝も、朝食テーブルでもすでに社交が始まり、先ほど、やっと、みんなモーニングにカクテルドレスで、出かけていきました。ほっ。小鳥というか、なんというか。
でも、そのさえずりも、華やかで、楽しそうで、いいな、と思いました。暗さやじめっとしたものが一切ない。
また、皆さん品が良いから、失礼な突っ込みもなく、酔ってもセクハラ的なインシデントもないし、私もその品行方正さの心地よさにリラックスしていられる。
深い話はできなくても、ジョークと笑いの一時、こういう一期一会もいいものですね。生活の粉砂糖って感じです。
私達は、子供がいるということで、教会での結婚式は免除していただいて、後ほどガーデンパーティーに出席させていただきます。
社交界マダムたちの帽子達、写真撮ってきます。こういうとき、皆さん、遠慮なく張り切りますからね。楽しみです。
今日明日はネット環境があるところにいるので、隙を見つけた今、飛びつくように、タイプしているのです。
あぁ、ひと時の静寂、ご馳走なり。
今日の午後は、「人が居住している」というカテゴリーにおいては、フランス一大きいお城、Le Lude城の城主様のお嬢の結婚式にいってきます。場所は、パリから西に250キロほど行ったところ。24時間耐久レースのル・マンの近くで、この村の名前(城と一緒)は「Le Lude」。
結婚式には、総勢800人は来るらしい。そのため、Le Ludeの隣村にあるこの義理の両親のプチ・シャトーにも、Le Lude城に収容できない来客が流れてきています。
昨晩は20人ほどと一緒にビュッフェディナーをしました。義母は、一日中、もうハイというか、パニックというか。それでも、実に美味しいディナーを準備して、すばらしかったです。この写真も、いつかアップしますね。義母はハーブの使い方が上手なんですよ。そこら辺も、バカンスのあとにゆっくりルポします。
この20人の来客、皆伯爵とか、公爵とか、そういうつながりで顔見知りらしいのですが、まぁ、良くしゃべること!今朝も、朝食テーブルでもすでに社交が始まり、先ほど、やっと、みんなモーニングにカクテルドレスで、出かけていきました。ほっ。小鳥というか、なんというか。
でも、そのさえずりも、華やかで、楽しそうで、いいな、と思いました。暗さやじめっとしたものが一切ない。
また、皆さん品が良いから、失礼な突っ込みもなく、酔ってもセクハラ的なインシデントもないし、私もその品行方正さの心地よさにリラックスしていられる。
深い話はできなくても、ジョークと笑いの一時、こういう一期一会もいいものですね。生活の粉砂糖って感じです。
私達は、子供がいるということで、教会での結婚式は免除していただいて、後ほどガーデンパーティーに出席させていただきます。
社交界マダムたちの帽子達、写真撮ってきます。こういうとき、皆さん、遠慮なく張り切りますからね。楽しみです。
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