2018年6月13日水曜日

女であること



またまたご無沙汰してしまいました。
初夏のころ、いかがお過ごしでしょうか。
既に梅雨入りしている地域もあるのでしょうか。
こちらフランスは、夏のような快晴の日もあれば、雨ざあざあの日もあり、相変わらずの気まぐれなお天気に振り回されています。

このところ、珍しく忙しい日々を過ごし、その合間合間にニュースを拾い、インスタを覗き、小説を読んだり、書いたりしていました。


先日は、芥川賞を受賞された、若竹千佐子氏の「おらおらでひとりいぐも」を読む機会がありました。

桃子さんという、74歳の主人公の、その時々の心の声を綴ったお話。
時には母を、時には自分を重ねながら読みました。

桃子さんの東北弁混じりの回顧談の中で、その昔、オレオレ詐欺に引っかかった、という話があります。
桃子さんは、そのことを娘になじられると、
「母親というものは、息子にのし掛かってしまった、潰してしまったという、そんな罪悪感から、敢えて詐欺に引っかかってしまうものなのだ」
と罪の意識と自分のバカさに恥じ入ります。

この桃子さんの解釈に、母親の業をぶつけられ、同時に哀しみがつーんと来ました。


さっき、兄猿の日本語補習校のバッグより、
先月の、母の日用に学校がお膳立てしてくれたメッセージが出てきました。
絵文字ってマジ頭を退化させる、と確信するとともに、
こんなメッセージですら嬉しいと思ってしまう母猿たる自分に苦笑い。

私も、例えば夫に何かイライラするときなど、息子達のほうが私の気持ちを汲んでくれることもあって、それで救われるなぁと思ったりするのですが、こういうのって、良くないですよね。
私は母親だし、大人なんだから、子どもに救われてなんかいないで、自分でイライラを処理すべきだし、それを察することができない夫に対して、直接「察してよ」と話し合い・談判すべき。
これと似た感じで、息子に、夫の役割や家長の役割を求める母親って結構多いような気がします。


これはフランスの母の日に兄猿より贈呈された「作品」。
チビ猿は何くれたか覚えていないという薄情なる母猿です。

おらおらで・・・・・・に戻ると、

亡き夫の墓参りに行く道々に、桃子さんは過去の自分と対話します。次々と若かりしころの桃子さんが登場するのです。
その中で思い出せない時代がある、そんな下りがありました。

私もそう。


子どものころの自分は覚えています。

アルバムの写真から後付けされた思い出もあると思う。

中学、高校時代は鮮明に覚えている。


女子大時代もまあまあ覚えている。でも少し希薄でもある。サボってばかりいたからかもしれません。少々内省的だった時代だからかもしれません。

でも友達のことはよく覚えています。みんな刺激的でしたからね。

新卒で働いたANA時代も覚えている。同期と駆け走った時代だから、お互いのことを良く覚えている。


INSEAD時代も結構覚えているあたり、同志がいる時代は覚えているものなのでしょう。


NY、ロンドンの銀行時代もまあまあ。でも具体的に、自分がどんな容姿だったか、ヘアスタイルだったか、もう覚えていません。写真の有る無しで、記憶の鮮度が変わるのかも。


そして結婚し、子育てしてきた、この15年近く。

この期間の、自分というものの記憶が殆どない!
子猿たちのことは良く覚えているけれど、夫はその枠組みの中で覚えているけれど、自分のことは思い出せない。
ご飯を作って、家族が喜んでいる顔は思い出せるけれど、料理を作っている自分とか、食べている自分が思い出せません。
よく、出産にまつわるエピソードが話のネタになることがありますが、その時に自分はどんな様子だったか、時にはあの痛みすら思い出せない。

美化するわけではありませんが、それくらい、母親というのは、家族のことで頭が一杯なんだろうな、と思う。

そして、それくらい、幸せなんだと思う。

でもね、やっぱり、自分のこともちゃんと見てあげないとね、とも思う。

ボロ雑巾のようになって老婆になるのは、私も家族も望んでいないことですし、大体、「私の人生」に失礼だと思う。

そんなこんなで、女ってさ、と考える今日この頃。


最近の、ブルドーザーのように24時間を押し切る、そんな日々を反省し、
こんな本を書きました。
フランスで見聞した暮しの美学について綴っています。

もし、ご友人などで、こういう話にご興味がある方をご存じでしたら、この本をご紹介頂けると幸甚です。
プレゼントにも程よいサイズ・お値段かと。

なんて、最後は宣伝で恐縮です。
何卒ごひいきにお願いいたします。

「フランス伯爵夫人に学ぶ 美しく、上質に暮らす45のルール」

ドメストル美紀著
 出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン 定価1620円


2018年5月15日火曜日

伯爵夫人のマナーブック「フランス人を家に招く その1」



以前別の媒体で掲載された「伯爵夫人のマナーブック」というコミカルな指南書を、隔週にて、エトランゼ♪ブログで再放送しております。
フランスのコンテスと日本人嫁のやり取りを通して上流階級のエチケットについてご指導してもらおう、という趣旨の文章です。100%フィクションです。

ウィットに富んだイラストは、小川健一(インスタやFBは Kenichi Ogawa )画伯作。
お時間あるときにでも!


3章 フランス人を家に招く その1

 先日は慌てましたあ。というのも、コンテスが「主導」するディナーを「私」が拙宅にて主催する羽目になったのです!

 どうしてこんなことになったかというと、コンテスは日本人のBelle fille(ベル・フィーユ:嫁)を持ったことがうれしくてしょうがないよう。「かわいい」とか「自慢」とは違うのです。「ねぇねぇ、ちょっと珍しいものがあるの! 」ってなニュアンスかと。
 それはそれで良しとしましょう。ただねぇ、勝手にうちに人を招くのはやめてほしいと思うのです。それも結婚式以来会ったことのない大叔母とか、自分の友達とか……。「だって、アナタ、みんな行ったことのない家を見てみたいのよ。みんな年寄りでしょう。楽しみがないんだから、シュン……」と都合が良いときだけ年寄りぶるコンテス。
 ま、起きてしまったことはしょうがない。今回は、そのときにコンテスより叩き込まれた学んだフランス人を自宅に招く際の注意点を皆様とシェアしたいと思います。

ディナーには何人招くべきか
 コンテスいわくディナーの頭数は、
 「8人がベストなの。それ以下なら6人は最低必要。4人? ダメダ~メ! 4人なんて、会話がディープにならざるを得ないでしょ。アナタ、ゲストの生い立ちから全て聞いてどうするの。社交はね、その人の一面を知るだけでいいの。全部知っちゃったらがっかりするだけよ」
とのこと。
 ふむ、そういうものかしらね。意外とドライなコンテスです。

テーマを決める
 「そんな大それた料理を出すわけでもないし、招待状なんて必要ないかな」と考えていたら、すでにコンテスが送っていたようです。こういう社交的な事務に関するコンテスの早業には舌を巻きますデス。
 「大丈夫よ。『La soiree de Marco Paulo(マルコ・ポーロの宴)』というテーマのカードを出したわ。RSVP(折り返しの返信)はアナタ宛にしておきましたから」
 ……何、そのテーマって?
 「あら、こういうディナーはテーマがあった方がいいのよ。マルコ・ポーロについての本について語ったり、その時代の歴史について語ったり、装いも芸者風なコスチュームにしたりするの。共通の話題があった方が盛り上がりやすいでしょ? 食事はもちろん、ジパングな感じでお願いね」
 ……えっ? ジパング? ナニそれ~?!



献立の掟
 日本人として困るのは、拙宅に来る人は得てして和食を期待していることです。でも和食って、新鮮さがキーでしょう。そうするとホステス(女主人)が台所に入りっぱなしになってしまう。コンテスによると、これはホステス失格らしいのです。ホステスとは、お客様がくつろげるように、会話を盛り立て、おもてなしするのがお仕事。台所に引っ込んでる場合じゃないということなのです。そうなると献立の方は、揚げたてがおいしい天ぷらはダメ、蕎麦は伸びてしまうし。お寿司もねぇ。また、焼き魚は匂いが強いからダメ、煮魚・煮物は地味だし……。コンテス日く、人を呼んだときには「あっと驚かせるような一皿」が必要だとか。家庭料理しか作ったことがないワタクシメに多大な要求をするコンテスなのです。
 そこで見つけた逃げ道は、前菜か主菜のどちらかは、和風にこだわらず、作り置きが利く一皿にすることです。例えば、マグロのわさびしょうゆタルタル風(レモンでマリネして臭みを一切残さないことがコツ)を前菜にしたら、メインは、子牛のロティ(ロースト)でも、魚のオーブン焼でもいいのです。また、逆に前菜を洋風にしたのなら、主菜のローストビーフはソースだけ和風にするなど、ちょっと「ジパング(ちがうか)」な感じにすればよいかと。全然「あっと驚く」一皿じゃないって? そうなのですが、あとは漆器や和皿を使って「ジパング」を演出すれば、まぁ何とかお茶を濁せます。
 そうそう、以前、ディナーに豚の角煮を出したことがあります。味付けがしっかりしているし、醤油味だけど、フランス人も食べやすい一品だろうし、煮込んでおけばあとは出す前に温めるだけでOKですからおもてなしにピッタリ、と思ったのです。果たしてお客様には大好評でした。

 ……が! 後でコンテスに叱られたのです。なぜか、おもてなし料理に豚肉はダメだというのです。別に宗教上の理由で食べられない人がいたわけでもないのに、「変!」と抗議しましたが、「Cest comme ca(こういう決まりなの)」 とコンテス。そのときは憤慨しましたが、確かに、他のお宅に招かれたときに出てきたことがないのです、豚料理。どうやら豚料理は「都会の街、パリ」でのディナーにふさわしくないというのは本当らしい。理由? 誰も明言してくれませんが、察するに、まずハム、サラミ、パテなどシャルキュトリ(豚肉加工食品)として日常的に多く食べていること、そして食材として他の肉より安いことがお客様を「手厚くもてなす」のにふさわしくない理由なのではないでしょうか。要はちょっと気取った食事の席にアジの干物が出てくるようなものかと。豚さん、かわいそうにね、差別されちゃって。

 その他、フランス人を食事に招くときに気をつける点としては……
① ニンニク、カレーなど匂いが強いものを使うときは少量で。
② 玉ねぎは好まない人が多いようです。フランスのたまねぎは日本のより強いから胸焼けするのでしょうか? それとも口臭が残るからかしら。
③ 郷に入っては郷に従え、です。フランス人にとって食習慣を変えることは難しいようですので、和食メニューであっても、前菜、主菜、サラダ、チーズ、フルーツ、デザートというフランス式の流れに沿った献立が喜ばれるかと思います。

 とにかく、完璧な和食を作ろうなどと意気込むのは危険かと。適当に肩の力を抜いて挑んでくださいね。

 ワインの選び方、席順、テーブルセッティング、そしていよいよお客様登場の際の歓迎の仕方など、コンテスのマナーレッスンはまだまだ続くのですが……疲れましたね。
 ここらで一服しましょうか。続きはまた次回ということで、A bientot!


2018年5月4日金曜日

記憶ってなんだろう

兄猿が、藤棚の下を通ったときに、「これ、日本の匂いだ」と。
確かに甘すぎず、きつすぎず、強すぎず、
それなのにしっかりとした香りがあって日本なのかもしれない
新緑のベルサイユからお便りします。
今日は見事な快晴で、空気も澄んでいること! 晴れた高原のように、真っ直ぐな陽の光です。紫外線要注意ですね。

こちらフランスでは、4月後半に春休みがあり、そのまま、飛び石連休が続く5月を迎えています。ちなみに、フランス語では、「飛び石」ではなく「橋で繋がれた」連休ということで、Pont ポン (橋)と表現されるんですよ。

リラックスするのが上手なチビ猿
そんな休みの間に、久しぶりに本を読みました。
一冊は、ノーベル賞作家となった、カズオ・イシグロ氏の「忘れられた巨人 The Buried Giant」。この本は、「記憶」というものがテーマです。

村の向こうに閉じ込められた鬼が人々の記憶を食べているので、みんな昔のことを忘れてしまって、頭の靄(もや)が掛かったような、そんな状態で暮らしている。平和といえば平和だが・・・・・・という話。

記憶といえば・・・・・・
私のように海外で暮らして長い人は、記憶にある、今はもうない日本を恋しがり、夢見ているところがあるのではないかしら。
そして帰省する度に、変わったところ、変わってないところを指折り数え、変わったところは、かき消された思い出に胸がずきっと痛むことに気づかぬふりをして、新たに頭のコンピューターに上書き保存する。
そうしないと、ある日、完全なる浦島太郎となって、ふるさと日本に馴染めなくなってしまいますからね。
そうなんですが、
でもあるときふっと、遠い昔の記憶の中の日本が蘇るときがある。
そんなときは、今の日本、昔の日本、今の自分、昔の自分、そして今はここにいて、と、それこそ記憶の靄(もや)からポンと出てきてしまったような不思議な感覚に陥ります。
そんなことありませんか?

宮殿へ繋がる大通り。
街路樹が緑の壁のようなのです
記憶って宝物。デジカメで撮った写真のフォルダーを見るとき、もしこれが全部消えてしまったらどうしよう、と不安になります。ずっと、あの瞬間の兄猿、この瞬間ちび猿を覚えていられるかしらって。

イシグロ氏の本では子どもがいたときの記憶を取り戻そうとする老夫婦の旅路を、哀しみたっぷりに描いていて、たとえ幸せなシーンでも涙がに滲んでしまいました。

緑、緑、緑の五月

「記憶」で思い出す小説に、山田太一氏の「異人達との夏」があります。
子どもの頃に亡くなった両親に、大人となった主人公が再会し、一夏だけ、一家団らんの時を持つというファンタジー。
ページを繰る度に、サンマを焼く匂いがしてきそうな、そんな昭和な雰囲気が懐かしく、庶民の暮らしぶりが愛らしく、そして哀しくて、と、そんな小説でしたっけ。

記憶というのは、どうやら哀しみと同意語なのかな。
どんな幸せな記憶も、過ぎてしまっているし、もう二度と戻らないんだものね。


最後にもう一冊、「記憶」で連想した本、ジンジャーツリーについて。
この本は、戦前に日本に生まれ育ったスコットランド人のワインド氏による作品です。

ふとした出会いから、明治時代の日本に住み着くことになったスコットランド人女性の半生を描いています。
著者のワインド氏は、英国兵として出征し、第二の故郷である日本の軍隊に囚われ非情に辛い体験をしています。それでも、日本を切り捨てきれなかったのでしょう、そんなビタースィートな想いが、この小説に反映されています。

小説では、東京暮らしを経たヒロインが、後年、横浜に移ります。ブラフ界隈・・・・・・まさに、子猿たちが通っていたインターナショナルスクールや、私達家族が住んでいた辺りが話に出てきて、その場面が目に浮かぶようでした。
横浜は昔の記憶を上手に残した街造りをしているので、
記憶がぶつ切りなることがなくて好き。
優しい街なんだと思います。

ワイルド氏は、戦後日本を訪れることはなかったそう。
記憶の日本に、今の日本を上書きしたくなかったのでしょう。

横浜といえば氷川丸!
初めに戻ってイシグロ氏。
あるインタビューで、
”小説を書くということは、真実を伝えること。
「事実」ではなく「真実」を、どう伝えるか。”
と話されていました。
そして、今回の小説は、記憶がテーマ。
事実と真実の間に記憶があるのかな、とそんな気がしました。

とにもかくにも、将来も記憶を持ち続けていられるように、これからウォーキングに行ってきます。酸素運動し、脳の活性化させないと!

皆さんも、どうぞ良い週末を!

2018年4月10日火曜日

伯爵夫人のマナーブック「装いの掟」

イラストは、小川けんいち画伯
Instagram@ kenichi_ogawa

 前回に引き続き、以前別の媒体で掲載された「伯爵夫人のマナーブック」というコミカルな指南書を、隔週にて、エトランゼ♪ブログで再放送しております。
フランスのコンテスと日本人嫁のやり取りを通して上流階級のエチケットについてご指導してもらおう、という趣旨の文章です。100%フィクションです・
お時間あるときにでも!

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前回のソワレについての手ほどきでも見られるように、装いに関してカジュアル化が進んでいるフランスです。
 では現代において装いのプロトコールはないのか? とコンテスに聞いたところ、
 「いいえ、あります」 ときっぱり!
 コンテスは年甲斐もなく、ミニスカートははくし、遊び心満載なファッションも好きだし、年相応、もしくはTPOという語彙は「コンテスの辞書にはな~い! 」のだろう、と思っていたから、この返答には内心びっくり。
 「では、どのような決まりでしょう?」
と問うと、一言、
 「貧乏くさくない格好」
という、実に高飛車かつ明快な回答を頂きました。
 そう言われればコンテスは、「遊び心」を纏わないときは、シャネルスーツや色鮮やかな服を好み、カバンはプラダやエルメスなど高級品ということが一目瞭然の物を持ちます。そしてその上、「肩、凝らないかしら」と思うほどたくさんのジュエリーを細い首に巻き付け、指には華奢な手に不釣り合いなほど大きな石の指輪を何個も付けます。地味好きな私は、正直「やり過ぎ」と思っていました。

見掛けで判断するフランス人
 そんな疑問を投げかけると、義母は急にコンテス顔になり、
「アナタね、『人は見掛けによる』といってね、外見が大切なの。社交の場では、見下されることがないよう、誰が見ても高級品と分かるものを着るべきです」
と言うのです。
「で、でも、お義母さま、日本には清貧が美徳とされていましてね……」
などと口答えすると、
「『清貧』? フランスにもあったわねぇ、そういう言葉。まっ、心の中に秘めていればよござます」
と先人の知恵をあっさり切り捨てます。
「で、でもですね、私の育った東京には『江戸っ子』文化というのがあって、これ見よがしなのは『野暮』って言ってですね、どういうことかというと……」
と食い下がろうものなら、
「アナタはいつも何が言いたいのか分かりません! さぁ、ワードローブ、そして持っている限りのジュエリーをお見せなさい!」
……ってなもんで、私の趣向などお構いなしです。

大和男子たちよ、目標とすべきはチャールズ皇太子ですと
 愚痴はこのくらいにして、まず「装いの掟、服装編」、行きましょうか。
 コンテスの毒舌名言を引き続きシェアさせて頂きますと、

 一つ、「ドレスアップ、アップし過ぎることはない」.
 「アナタねぇ、『着崩す』というのはワタクシくらい歳と経験を重ね、Savoir Vivre(サヴォア・ヴィーヴル、マナーや生活美の知識)を理解する粋人だけの特権ですよ。アナタのような(と見下した視線を向け)のは、ちょっと堅苦しい、やり過ぎくらいの方が無難です」 というのです。
 例えば、昨今のレセプション・パーティなどでは、フラットシューズやサンダル履きの人、またジャケットを着用しない人も見掛けます。
 でもコンテスは、「ヒールを履きなさい、スーツを着なさい」 と言います。気を抜いてはダメ、ということのようです。

 また、男性に関しては、スーツ姿の日本男子を見掛けるたびに
 「アナタの国には仕立て屋がいないの? 」
と辛辣に批判します。
 曰く、「目標は高く、チャールズ皇太子を目指すべき」
とのことです。
「男性たるもの、チャールズ皇太子のように身体にフィットしたスーツ、品のあるネクタイに投資すべき。男性は、装いで目を引くべきではない、自分が醸し出すオーラ、存在感で注目されるべき。ですから、洋服が目立たず、自分が引き立つようなしっかりした仕立て、そしてシックな色を選ぶべきです。その点、チャールズは(と殿下を呼び捨てするコンテス)完璧ざます。いつもジャケットがしんなりとフィットしていて、ネクタイなんて、どんなのをしているか、思い出せないでしょう? でも改めて見てみると、実に粋な色、柄なんですよ。日本男子の『あ、アルマーニが歩いている』『エルメスのネクタイが踊っている』というは失格も失格、大失格です!」
というのがラ・コンテスのご意見です。

 あと、そうそう! 忘れてはならないのが靴。コンテス曰く、日本の女性は歩き方で分かるとのことです。上手に歩けないのなら、無理してピン・ヒールやファッション最先端に走らなくてよいから、「自然に歩ける靴、そして足元を目立たせない靴を選びなさい」 とのこと。「注目されるべきはアナタの顔でしょ? 靴が目立つのはそれこそ野暮」、だそうです。

 また男性は逆に、歩きやすさ重視の靴を選ぶ傾向があるけれど、
「目標はチャールズ皇太子であることを忘れてはいけません。少なくとも一足は質の良い革靴に投資すること。そして出掛ける前に磨くこと!」ですって。
読んでいるだけで靴擦れしそう?
まだまだ続きますよ~。

ジュエリーの掟
 お次はジュエリー。
 平民も平民、ド平民出身のワタシ、当然大したジュエリーは持っていません。
 その中で、唯一の宝物は日本が誇る養殖真珠のネックレスでした。
 それを見てコンテスは、
 「あら、よく光るわね。……でも粒が小さいこと! 」
とのたまいます。
 コンテスいわく、宝石類はある程度のクオリティーをクリアしていれば、あとはサイズがモノを言う、というのです。コンテスの南洋真珠、確かに粒は大きい。でも、もしかしたら値段は私のとそう変わらないのかもしれません。


 「いい? どんなに高品質なダイヤでも、くずダイヤは『くず』なのよ」
乱暴な発言を続けるコンテス。
 ふとご本人の指を見ると、
すさまじい大きさのダイヤの指輪を着けています。目が離せないでいる私の様子に、
「これ、すごいでしょう? 何カラットあると思う?」
といたずらっぽく微笑みます。
「見当もつきません」と降参すると
「アッハッハー! 」
と水戸黄門のように笑うコンテス。
「これ、ジルコニア(人工ダイヤ)よ! 」だって!
唖然とする私に、
「こんなの本物のはずないの、識者には一目瞭然よ。遊び心ってやつね。でも華やかでいいでしょう? この小指のはもちろん、本物のサファイアよ。このルビーもね。この本物の方はカジュアルに重ねて小指に着ける、これが粋なのよ」
とコンテスのか細い小指が隠れそうな大粒のサファイアとルビーを見せます。
そ、そんな、重ねてつけて傷はつかないのだろうか、と心配する平民の私。
 「いいこと、どんなに高級な宝石でも、人に見てもらわなければ意味なーし! 」
 ハハーッ、コンテス様! とひれ伏したくなる私なのです。

見せ所は見せる!
 そしてコンテスは続けます。
 「アナタはねぇ、もっとデコルテの服を着て、鎖骨付近にぶら下がるペンダントをすべき」
 え~ぇ! 私、貧相な胸だし、そんなの、首元がスースーして風邪引きそう、と拒否すると、
 「アナタね、他に何をアピールしたいの? (と頭のてっぺんから足元までじろり)足がきれいな人は足を見せる(この日もコンテスはミニスカです)、首がきれいな人は髪をアップにまとめてうなじを見せる、グラマーな人はボディーコンシャスな服を着る。そういうものです」
 コンテスいわく、アジアの女性は肌がきれいなのだからそれを見せるべきだ、と言うのです。
 確かにねぇ、地中海焼けしてソバカスが目立つフランス人よりはシミも少ないかな。

いざ実践!
 さて、コンテスに言われた通り実践してみると、悔しいかな、どんな場面でも安心して振る舞える自分に気付きます。早速コンテスに「行ってらっしゃい~」と背中を押されながら、例のレセプション・パーティに行ってきたのです。初めて会う方と「ボンソワール、マダム」とあいさつを交わすと……そう言えば、 「初対面のときの挨拶は、『Enchante アンシャンテ、はじめまして』という」、と語学本にありますが、コンテスによると、それは「庶民の習慣です。アンシャンテなんて田舎くさいことは言わなくてよろしい。 Bonsoir Madame, Monsieurだけでよし! 」とのことです。
 ……さて、元に戻りますね。
 レセプション・パーティ、他の出席者とご挨拶を交わしたら、毎度がごとく、皆さん、私の頭から爪先まで鷲のような目でCTスキャンをかけてきます。これが結構露骨なのです。
 でも、もう私は揺るがない。
 一張羅のスーツに、これしか持っていないハイヒール、そして鎖骨にぶら下がるは一粒だけど大粒真珠。指には「給料3カ月分」のエンゲージリングをつけ、腕には若いころの病で買ったブランド・バックで鎧を固めていますもの。ええぃ、どうだ!
 お、どうやら無事マダム達のご承認を受けたようです。皆さん私を見る目線が柔らかくなりましたもの。
 そして少し話をしたところで、
 「あぁ、アナタ、マダム・ラ・コンテスの義理の娘さんなのね、やっぱり!」
 やっぱり?

 これはどう受け止めたらよいのでしょうか?! フクザツです。

2018年3月27日火曜日

伯爵夫人のマナーブック、ソワレの掟

イラストは、小川けんいち画伯
Instagram@ kenichi_ogawa

唐突に、伯爵夫人??と驚かせてしまいましたでしょうか。
時折、昔書いた文章を再掲載することにしました。
フランス上流階級のサヴォア・フェールについて書いたものです。
いつもの「エトランゼ」と異なった文調ですが、お時間あるときにでもご笑読くださいませ。

1 ソワレの掟

 フランスに来て10年以上経ちますが、いまだに苦手なのはソワレというやつです。 最近では、日本の雑誌などにあるローブ・デコルテを着るようなクラシックなソワレは少なく、女性は膝丈のワンピースとかシャネルスーツのような少しデコラティブなツーピース、男性はビジネススーツにて歓談を楽しむカクテル・パーティーが主流です。義母(以下コンテス)曰く、最早ロングドレスを着て、ワルツを踊るソワレは「デモデ(demode、流行遅れ)」とか。

 このようにカジュアル化している昨今のソワレですが、それでもやはり気が重い。
 なぜか。

ソワレは宵っ張り
 まず、パリのソワレは始まりが夜9時ごろなのでお開きになるのも遅い。大抵、真夜中過ぎまで続きます。
 昔のように仕事はせず、資産に頼って暮らしていたころはこれでよかったのでしょうが、今や旧貴族たちも普通のサラリーマンがほとんど。翌日を思うとつらい!
 せめて金曜の夜ならよいのですが、このソサエティーの多くは、金曜の夜から田舎のウィークエンド用の邸宅に向かうので、ソワレは得てして週の中盤に開かれるのです。


社交下手なフランス人
 夜が遅いのは辛いけど、これくらいはしょうがない。
 ソワレで何が最も辛いかといえば、社交です!
 フランスは社交の国と思われている節がありますが、実はフランス人って社交下手! 仕事やPTAの集まりなどで、普段顔を合わせることのない人も集うような場、ネットワークを広げるような場でも、フランス人は知っている者同士で固まっていることが多いのです。そして旧貴族層ではこの傾向がさらに強い。見知らぬ人に対して警戒心が強いのか、人見知りするのか、それともただ単に好奇心が弱いのか……。
 パーティというのは新しき出会いを楽しむ場。アメリカ人みたいに気軽に話し掛け、気の利いたジョークを飛ばして、「お会いできて良かったわ、またね」とさらっと去る、というのがスマートだと思うのですが、旧貴族層のソワレはこういったパーティとは勝手が違うよう。ソワレは旧知の仲間が集まる場であり、私のような一見さんプラス外国人には興味はなく……いや、実は興味津々なのかもしれませんが、そういう素振りは見せない、ひどい時は、見下したようにじろじろ見られることすらあります。

面倒見の悪いフランス人
 
 そして、こういうソワレの主催者であるホスト・ホステスも面倒見が悪いことが多いと来ます。
 大概、ソワレの会場宅に到着し、玄関で手土産などを渡しつつ、
Bonsoir Madame(今晩は)」「Ca va? (元気? )」
とか、
「久しぶりね」「Entrez(どうぞ中へ)」
とか、短いあいさつを交わすでしょ。すると、その後はもうお構いなしなのです。
 これがアメリカ人だと、「ほら、あなたにこの方を紹介したかったのよ! 」と一見さんを人の輪に押し込んでくれたりするけれど、フランス式ソワレではそういうことない。客は自らサロンに進み、先客の中に知った顔を見つけ、その輪に加わっていく・・・・・・。たくさん人を知っている人は社交上手として崇められ(=コンテス)、そうでない新参者で言葉もままならない私は、一人所在なく佇むことになるという……。

それでも社交を試みる
 そして、こんな風に壁の花となっているところをコンテスに見つかろうものなら! こういうソーシャル・クラスは家族ぐるみの付き合いが多く、ソワレでコンテスに遭遇しないことの方が少ないのです。

コンテス
「アナタ、何しているの? (と言いながら、目は私の装いチェックをしています。カジュアルすぎる格好だったり、ジュエリーを忘れた日にゃその場で容赦なく、そして厳しく批判されます)ソワレは社交するところよ」
で、でも」
コンテス
「ぼーっと一人で突っ立っていたらみっともないでしょ」
「はぁ」
コンテス
「あぁもう! いらっしゃい!」
と、イライラを前面に出して、私の手を引っ張り、独り幸せそうにシャンパンをすすっているおじいさまのところなどに私を差し出します。
コンテス
「アンリ、あなた日本に行ったことあるって言ってたわね」
アンリさん
「おお、君かい、久しぶりだね。おお、この愛らしいマダムはどなたかね? 君の義理のお嬢さん? なるほど。日本からからきたのだね。ウイー、わしゃ天皇ヒロヒトに会ったことがあるぞ」
とか言いながら、ベーズマン(baise-main)という、よく映画などで騎士が女王様の手の甲にキスする、アレをしてくださいます。

 このベーズマン、相手が頭を下げると私などは反射的にお辞儀を返したくなるのですが、そのせいで何度コンテスに足を蹴られたことか。コンテスいわく、そんなにぺこぺこせず、女性は堂々と自然体でいればいいとのこと。そうは言っても、もう頭下げるのは習慣ですからねぇ。
 また、このように初めて会う方だと、相手の爵位が分からず困りそうでしょ? 皆さん顔に、「伯爵」とか「男爵」とか書いてあるわけではありませんからね。でもそんなに心配しなくても良いのです。対面しての呼びかけ方は、Duc(公爵)は「Monsieur le Duc/Madame la Duchesse」、それ以下はComte(伯爵)でもBaron(男爵)でもMonsieur(ムッシュー)、その夫人らはMadame(マダム)でよし。広いフランス、星の数ほどいる貴族の中で、Duc/Duchesse(公爵、公爵夫人)の爵位を持つ方は実に限られているので、多くの場合は、ムッシュ、マダムでOKなのです。
 ほかは、と。そうですね、海外に住む方でしたら、外交官への呼び方は知っていた方がいいかな? 「Monsieur/Madame lAmbassadeur」となります。
 文書においては別の決まりがありますが、それはまた追々。聖職者に対してはまた別の決まりがありますが、まぁ、これもここではいいでしょう。

ソワレでの孤独対策
 さて、もしソワレで独りぼっちになってしまったら、どうするか。私が今までにやったことがあるのは、

     あまりにも手持ち無沙汰で身の置き場に困ったときは、そっと外に出て散歩をし、20分に一回ほど、会場に顔を出す。結構誰も気付かないものです。外に出てみると、何人かの招待客が同様に外に出て、携帯いじっていたり、タバコ吸っていたりするので、社交が苦手なのは私だけではないんだな、とほっとしましたっけ。
……でもちょっと内向的すぎるかしらね、こんなアドバイス。

② そうでなければ、自分と同様に独りぼっちの人を見つけ話し掛ける。私のようにフランス語が苦手な方でしたら、狙い目はアラフォー、アラフィフ世代です。この世代でしたらフランス語・英語ちゃんぽんの会話でも何とかついてきてくれます。

③ 食い気に走る。……なんて、これはもちろんX! オードブルなどは薦められたら1つだけ取る。その際はカクテル・ナプキンを添えて、ね。
  また、飲み物、特にアルコール類は、女性自ら注がない、求めないという前時代のルールがいまだに生きいます。何か飲みたいときは、パートナーにお願いして持ってきてもらうか、ボーイさんに目配せを送り、シャンパンを持ってこさせます!
ええい、お代わりじゃ!

立つ鳥跡を濁さず
 さて、先刻のアンリさんと昭和天皇について話しながら、心の中では「あぁ、帰りたい」とひたすら願う私なのですが、ぐっと我慢です。パーティーブレーカーとなることは無礼とされていますからね。帰るときはそーっと、そーっと。……そうですね、お客さんが3人ほど帰ったころが行動開始の目安でしょうか。この帰り支度は、ムササビのようにさささっと動くことがキーです。
 まず主催者が1人でいる瞬間を狙い、「お招きありがとうございます」とお礼を伝え、知人らには静かに「おやすみ」を告げ、そそくさと立ち去る。素早くしないと、もうあちらこちらで取り留めのない話に巻き込まれ、その上コンテスにつかまったりしたら大変ですからね。

そして〆は
 まだ終わりではないですよ。翌日には主催者への御礼状をお忘れなく。メールじゃだめ? もし親しい仲で、メールにて招待されたのならいいかもしれませんが、目上の方や、書面にて招待状をいただいたのならこちらも文書で返事しましょう。書き方? それはまた今度にしましょうか。

 初回から肩凝りましたね。お疲れ様でした!

アンコール! 伯爵夫人のマナーブック プレリュード

イラストは、小川けんいち画伯です。
小川さんのイラストは技巧的に秀逸しているだけでなく、
愛や優しさを感じるんだなぁ。
Instagram@ kenichi_ogawa
皆様、突然の伯爵夫人の登場に驚かれたことでしょう。

これを書いていたのは、何年前になるのかしら。五年前に買ったノートパソコンが一杯一杯になってきたので整理していたら、原稿が出てきました。
このままだとなくしてしまいそうので、これからこちらエトランゼ・ブログにて毎週(国会ニュースが飛び込んできたときは隔週)火曜日に「再放送」することにしました。

この「伯爵夫人のマナーブック」は、東京の片隅で育ったフツーの現代人である私が、ひょんな縁でフランスの旧家出身の夫と恋に落ち、ただでさえプロトコールだらけのフランスで、さらに「伯爵家のマナー」を義母にたたき込まれることとなった、とそういうプロットで書きました。

でもこれはもちろん、盛りに盛っていて、実話ではありません。フィクションですので、どうぞご安心してお読みくださいませ。
現代のコンテスはまさにこう。

本物の義母は、確かに、姿・声・歩き方、どれ1つとっても絵に描いたような「La Comtesseラ・コンテス」で、「うわあ」って感じですが、一方で、とても優しくてオープン・マインドな方です。
ではいざ、気を引き締めて参りましょうか・・・・・・と思いましたが、長くなったので一端切ります。

第一弾は、社交、ソワレの掟です!


2018年3月20日火曜日

リセットの春

それでも春は来る

残雪が光る今朝のベルサイユです。

春分の日まであと少しだというのに、先週末は雪が降りました。
東京、横浜はいかがでしょう。
この冬は、パリ/ベルサイユと東京/横浜の天気が面白いほど似ていて、あちらが寒波だと聞くと、こっちも来るな、と覚悟し、こっちが雪だと、「そっちも降るかもよ」と東京にいる母に警告しています。


先週まではこんなに春爛漫でした

最近、わが家の話題といえば、家のリフォームです。
ボロボロの家に住んでいるのですが、今年は思い切って大改造をすることにしました。
フランスでは、日本のように建て替えることは稀で、古い家をリフォームして住み続けるのがスタンダードです。
よってデマンドは高いのに、それでもリフォーム業者は切磋琢磨せず、サービスはすこぶる悪い。昔からの職人など滅多にいなく、訓練されていない人ばかり。「お金だけ貰ったらトンズラした」「間違った資材を使われた」などなど、恐ろしい体験談をよく聞きます。

日本であれば、多分二、三か月で終わる工事なのでしょうが、
ここはフランス。倍くらいかな、と思いきや、
「半年? マダム、ご冗談でしょう。一年は見た方がいいですよ」
とは、建築家さん。鼻高々に笑顔でそう通達されて、私は一瞬気絶するかと思いました。


リフォームしたらこうなる予定。
私の妄想で終わりませぬよう…・

これは一つの例でして、
フランスで暮らしていると、こんな感じで、コトが進まない、予定が立てられない、思い通りにならないことばかりです。仕事でも、銀行でも、学校でもそう。
「では、近日中にご連絡しますので」
と言われて電話が掛かってきたためしがありません。
いつもこちらからプッシュしないとことが運ばない。こちらがお金を払う側なのに、でもです。
コミュニケーションもほころびだらけで、正確なところが分からず終いなことが多い。

そんな日々が続くと、時々倦怠感のようなものに襲われます。
落ち込んだときは、このドリームハウスの写真をみます。
昨年の夏訪れた、中禅寺湖畔にある旧イタリア大使別荘
人と言うものは、心のどこかで新しい展開を望んでいるところがある。
家のリノベーションや引っ越しというのもそうだし、転職もそう。もっと気軽なところでは、旅に出るとか、新しい本を読むとかもそう。

私の憂鬱の理由の一つは、フランスでは、こういう新しい展開が展開されないところ!仕事を探すにも、社会システムがためにポストが少ない。引っ越しするにも、これ、という物件が少ないこと! 家の売買に伴う手続きとコストがために余程のことがないと踏み切れないようです。本だって、新しいものにチャレンジしてイマイチだったことが続きすぎて、勇気が出ずにいます。旅に出るには拘束が多いし・・・・・・。

愚痴が多いですって? そう、憂鬱のもう一つ大きな理由は、アラフィフという年齢でもあるのだと思う。
能天気に、ずっとずっと夢見がちに生きてきたけれど、もうすぐお年寄りになってしまう。それなのに何も成し遂げられていないと言う衝撃の現実。参ったなぁ。落ち込むなぁ、という......。これが色々なことをポジティブに流せない理由の根底にあるのかも。

でも、ね。Life goes on ですからね。
時には憂鬱を受け入れてあげることも大切だけど、そろそろリセット。

一日一日一喜一憂、二歩進んだと思ったら一歩下がる、
そういうものだと腹をくくって淡々と暮らすしかないんだな、という、覚悟のようなものが出来つつあるこの頃。

ついでに。
これはドリーム邸宅の縁側から見える中禅寺湖
ため息……
日本でも不動に見えた政権がようやく揺らいできましたし、腐敗していると思ったメディアもゾンビのように生き返ってきましたし、待っていれば、コトは起きる。

私も大人ですから、がっかりシリーズなどにマケズ、ジッと待てというのであればキれずに待とうじゃありませんか。

雪を被っても、明日はきっとまたふんわりと咲き続けるだろう野花のように、むんずと踏ん張って、毎日リセット、毎日再スタート。

皆様も、季節の変わり目、どうぞご自愛くださいませ。
また行きます!