2014年5月28日水曜日

ババロアの想い出

昨日はお客様をお招きしました。
ワイングラスがないって?
そりゃそう。
お客様は未成年も未成年、7歳児と8歳児ですから。
マキシム君は兄猿のMec(ダチ?)、マテオ君はちび猿のバディ
メニューは至ってシンプル。
焼き鳥もどきと、実は人参の細切れが詰まったつくねもどき

男子4人、午餐会です。
フランスでは、学校給食がマストではなく、家でご飯を食べさせても良いというチョイスがあることはもうお伝えしましたっけ。

昨日は家でお昼の日だったので、兄弟猿の友達を招いたのでした。

……と、雑穀米、ドジョウいんげんのバタ和え
みんな可愛いんだけど、年上組がちび組をコケにし、ちび組が荒々しい反撃に出るという、余り和やかではない会話が飛び交ってました。(sigh……)
おいしそうでしょ?
超即席アイスケーキ。スポンジはイースターで残ったチョコレートで作りました。
この午餐会の準備をしながら、昔々、兄のお友達をティータイムに招いたときのことを思い出していました。
ティータイムというのは大げさでしたね。日本ですから、おやつと言った方がいいのかもしれません。

でも、その時は、母が、アメリカかイギリス駐在時代に買い込んだ、様々な形をしたタッパーウエアの中で、まさに「これはババロアを作るためにあるのでしょう!」というものに、もちろんババロアを仕込み、それを大皿にひっくり返してケーキみたいにしたのを、みんなで「ダイニングキッチン」と呼ぶには多少狭苦しかったけれど、そんな台所の丸テーブルにランチョンマットを敷いて食べたのですから、ちょっと「ティータイム」っぽかったのです。

きっと、あの時の母は、昨日の私のように、引っ込み思案の息子に、友達ができたことが嬉しくって、少し張り切らなくちゃ、と頑張ったのでしょう。

ランチョンマットは、イギリス時代に使っていた、オリーブグリーンでビニールコーティングしてあったもの。お茶などはカフェインがあるからと飲ませてもらえなかったはずだから、何と食べたのでしょう、ババロア。

記憶の断片を繋げたい。でも全部は思い出せないな。
あぁ、こんな想い出をありがとう。
でも、照れて言えない。
でも、知ってると思う。
みんなもそうだったりしない?

……お昼のあと、学校に送り返す帰り道は、
路上でますますエスカレートする8歳児組 VS 7歳児のバトル。
幼い4つの命を守るのに必死だった母猿でした、の巻なり。
トホホ。


2014年5月26日月曜日

人、人、人、そして街、街、街!

この1、2週間は、たくさんの友人に会い、たくさんの場所を訪れています。
普段は出不精だからリズムが狂う狂う。
夜も、いつになく高揚した日中を過ごしているせいか、寝つきが悪いこと。
年々内向きな性格になりつつあると思ってはいたけれど、本当にそう。

私をご存じの方は、「やだ、何言ってんの!」とお笑いになることでしょう。そのくらい社交的ではあるのです。
私の内向きというは、社交するとエネルギーを燃焼してしまう性質という意味。社交によってエネルギーを充電できる人もいるでしょ? そういう方は外向きの人だと思うの。

そんな自分にムチを打ってでもたくさんに人に会っておきたい。いろんなところを見ておきたい、子猿たちに見せてあげたい。
なんてったって、しばらくお別れですからね、パリ。
バガテル庭園で春を愛でたり……
サンモール市中世祭りにも連れてって頂き……
ちび猿も騎士に変身!(それともカリメロ)?
普段は行くことがないお洒落な町、7区まで行って、お洒落なブランチもした
(Coutume Cafe)
ブローニュの新しい公園にも行った!
チェス大会(15区)にも行った!
拙宅で何年かぶりの再会も祝い……
昨日はHope and Loveが主催する、
東北震災とフィリピンの台風による被災者のための
チャリティー・バザー(11区)にて子猿たちが作ったうちわ。
フランスでは風化しつつある震災。それでも被災者への想いを灯し続ける……
主催者・参画者の方々、シャポー!お疲れ様です、そして感謝です。
どうですか、活動的でしょう?
この5年間にお世話になった人々、場所場所に御礼と再会の約束をしたいと思ったら、メトロに乗ってパリ+近郊を東西南北に移動する結果となりました。

地味に過ごしていたつもりだったけど、それでも多くの人と関わり合い、多くの場所に出かけているものなのですね、人というものは。

今日はちょっと小休止の予定。
いやいや、引っ越し準備を進めなくては、か。

皆様も、どうぞよい一週間をお迎えください。

2014年5月16日金曜日

引っ越し準備真っ最中……のはずが目下乱読中

昨日行った7区はCoutume cafeのカプチーノ。
待っている間に読んだのは、久々の椎名誠。
笑いを堪えニヤニヤする不気味な人になっていました。
現在引っ越し準備中の我が家。
順調に……とあるべきところですが、まだ実感が湧かずにいます。

まず手を付けたのは、パリのアパルトマンだったら大抵付いている、地下のカーブ(物置)の整理です。
うちの場合は、地下3階にあり、6㎡くらいあるのかな、セメントむき出しの一室です。

先日は、この地下3階に下りていくと、いつもは真っ暗で、ネズミ取りがそこらに置いてあるおどろおどろしい通路に、温かい灯りが燈っている。なんだろう、と思ったら、偶然隣人がご自身のカーブを整理中だったのです。中を見せていただくと、なんと整然としていること!まるで、小さなお部屋のようにデコレーションされ、壁には棚が設置されてて、工具やワインも貯蔵されている。灯りもウチのみたいな裸電球ではなく、こじゃれたランプが設置されていました。


ウチのは、もう段ボールの山です。それも10年ほど放置しているため、箱が崩壊しかかっている。そこで、段ボール箱の入れ替えという余り意味のない作業をしています。


箱の中からは、出てくる出てくる、懐かしい本。

グラハム・グリーン、Morris West、アガサ・クリスティー、井上靖全集、モンテクリスト、先日読んだ中島さおりさんによる翻訳本に出てくるBelle du Seigneur……。

嫌になるのは、同じ本が出てくること。バカみたいですよねぇ。


とにかくパラパラやり始めたらもうおしまい。段ボールを投げだし、コーヒー片手に読書タイムになってしまうのです。


世界には色々な作家がいて、星の数ほどのストーリーを生み出しているんだな、って、今更ながらに感銘を受けます。そして自分の知らない世界観を持つストーリーに共鳴できることがまた不思議。


中でも一番嬉しい「再会」は、井上靖の「星と祭」という新聞小説でした。いつ買ったんだっけな、この本。


そもそも新聞小説って好き。
プロット・構成等は連載開始前に決まっているのでしょうが、それでも長い連載期間中に作家が辿った心のジャーニーみたいなものが垣間見られる。時には、ちょっと寄り道したり、道に迷いかけたり、という思考の遍歴に親近感を感じるのだと思います。

さて、「星と祭」のあらすじは、

「愛する娘を湖で失った会社社長架山は、悲しみを癒すべくヒマラヤで月を観、娘と共に死んだ青年の父親に誘われ琵琶湖周辺の古寺を巡った。--・死・を深く観照した香り高い名作。」

とあります。これは角川書店の創立者である角川源義氏が書いたのかな?……この角川氏はあとがきを書かれていて、これにも胸が詰まされるものがありました。

小説は主人公架山が、娘の死後7年経ち、その悲しみに向きあう様子が描かれています。非常に悲しい話ですが、井上靖の淡々とした文章に救われ、感情に流されずに読み進むことができます。

架山は仲間からの誘いを受け、ヒマラヤで月を観るという会に参加することになります。月を観ながら娘のことを静かに考えようと思ったのです。
このヒマラヤ旅行記の箇所がいいの!
井上靖もヒマラヤに行かれたそうですから、そこで感じられたことなのでしょう。

チベットの厳しい環境下で生きる村民たちをみて、
「どんなに生きにくい条件があっても、なおそこから離れないで、そこに定着している人間があるということを知った。生きにくい条件の中で、神に祈って生きている。」
という下りがあります。

この部分で、ふと、日本にいる家族・友人らのことへ想いが飛びました。
日本ってチベットなどと比べ物にならないほど物質的には豊かな環境だけど、とても「生きにくい」社会。私のようにそこから逃げるのではなく、生きにくくても踏ん張ってがんばって暮らすみんな。
そんな皆を愛しく思うのでした。

また月明かりの下、山のふもとのラマ教の僧院を見て、
「あそこには生きることについて真摯に考えている人たちがいる」
と感じます。
そうだよね、聖職者って、そういうことだよね。

その他、架山氏が娘が溺死した琵琶湖周辺の十一面観音像を拝みたい、と思う気持ちが「これは信仰ではない。お顔を拝見していると心が安まる、それだけのこと」というところも共感するものがあったり。

先日は画家のミレーが夜空を描いた作品を、ウエブ上ですが観てうっとりしました。
星と月と夜。
なんて静かで落ち着くのでしょう。
ミレーといえば、友人が興味深い本を出版されました。
ミレーの夜(黄昏)好き、冬(雪)好きは、当時のフランスの画家ではちょっと珍しいそう。

……いかんいかん。完全に現実逃避していますね。
軍手はめて、地下にもぐり、荷造りに励むことにします。

どうぞ良い週末を!

2014年5月12日月曜日

チョコレート・プディングとナツメヤシのケーキ

前回のエントリーより、少し間が空いてしまいました。

まもなく引っ越しすることが決まった我が家。

ようやく少しずつ片づけを始めたのはよいけれど、ずっとカーブ(地下の物置)に入れられたまま忘れていた本を見つけては読み耽ってしまって、中々仕事が捗りません。

週末は、台所の片づけを少し。
フランスを発つと思うと、棚に転がっているチョコレートや、我が家ではそんなに消費量が多くないバターなども、別れ難く。
そこで、残り物整理を兼ね、いつになくお菓子作りに励みました。

まずはイギリス風チョコレート・プディング。
子猿たちが食べてくれるように、とフォンダン
(粉砂糖を水少量で解いたもの。ここでは色づけに醤油を垂らしてみました)
を掛けるという戦略がバッチリ。3時間後には100°分しか残っていなかった!
 おいしくできたので、レシピもご紹介します。
・玉子3コ
・砂糖、バター(有塩、というのがキー)、小麦粉、ダークチョコ、それぞれ125g

まず、卵白を固く泡立て、別途、卵黄は砂糖を加えて白っぽくなるまで泡立て、バターとダークチョコを溶かしたもの(牛乳を大匙3程加えました)を加え、次に小麦粉も加え(レシピにはなかったけれど、不安だったのでベーキングパウダーを小さじ1杯弱加えました)、最後に卵白を混ぜて、型に流し入れる。予熱炊きした190度のオーブンで30~40分程焼きました。


このケーキはたとえ中が生っぽくても美味しいので、焼き過ぎないよう気をつけてください。


こんなに大きなチョコレートケーキ焼いておいて、何を言う!と思われるかもしれませんが、私が本当に食べたかったのはフルーツケーキでした。


ブランデーの香りが利いてて、ドライフルーツがたくさん入っているアレです。

それを濃く淹れたミルクティーと食べたい、と思いつつ早何ヵ月。

未練を残してはいけない、食材が豊かで美味しいフランスにいる間に楽しむべし、と思い、こんなケーキも作った!

ナツメヤシ、って食べたことありますか?私はカタールで知った果物です。
ヤシの木にブドウみたいに生ってて、自然にして羊羹のような食感、甘さでして
糖分以外の栄養価も高いとか。
写真のはチュニジア産だと思うけれど、中東のはもっと大きくて肉厚で柔らかくておいしいのです。
上のナツメヤシ、その他干し杏、手作りのビターマーマレード、そして
アルマニャックを混ぜ……
さらに豪華、ヘーゼルナッツと松の実(が何故か手元にあったので)を
軽くオーブンでローストし、上のドライフルーツに混ぜ、
ケーキに焼き込みました。
ケーキは、
玉子3個、バター、砂糖、小麦粉各々125グラムを
先ほどのチョコレート・ケーキと同じ要領で作り、
最後にフルーツ・ナッツを混ぜて、185℃のオーブンで
焼きます。
(ケーキ型が小さかったので30分ほど、大きい場合は調整してください)

中身はこんなに具がぎっしり。
フルーツ類が甘いので、砂糖の量を減らしても良かったかも。

そして茶砂糖があればもっと良かった。
(……そしてアルマニャックの量を増やしても良かったかも。え~い、上から振り掛けちゃえ!)
天気がものすごく不安定だった今週末のパリ。
午後はこのナツメヤシケーキを持って義理の両親のお宅にお邪魔しました。
もうすぐ発つことを寂しがってくださってて、「よかった、好かれてたんだ」と有難く思うと同時に、こんなに存在感ある人が近くにいなくなることに私も寂しさを感じました。
「2年なんてあっという間ですよ」
「そうね、そうは言うけれどね」
転勤って、これがね。
「しばしの別れ」とわかっていても、歳ともに、人生何でもアリ、というものわかってきたから、「しばし」でも別れはこわい。
「すぐ戻ってきますし、バカンスにも戻ってきますし」
「そうね、そうね」

そんなにおセンチにさせてしまったのに何ですが、伯爵夫人のマナーブックがアップされました。
お題は、「会話の掟」です。
お時間あるときにでも、コチラもご笑読くださいませ。(※あくまでもフィクションですからね~)

フランスも明日からの2週間は久しぶりに祝日が混じらない真っ当な2週間。
飛び石連休でだらけた身体にムチを打たねば。

どうぞ良い月曜日を~!

2014年4月25日金曜日

満ちて来るのは何?

野生のオーキッド
一昨夜、今度はサルト地方よりパリに戻ってきました。
先週のブルターニュを加えると延べ一週間の義理両親との滞在は、若干の山も谷もありましたが、夫の仕事の都合で、急遽予定より早く滞在を切り上げることになったのはよかった。
ちょっと「腹八分目」くらいででバカンスを終了する方がいいものよね。これくらいの方が、私もココロが後でガザガサにならないし、みんな再会が楽し待ち遠しくなるってもの。(ホント~?)
野原はパクレット(この白い小花)で緑と白の絨毯みたいでしょ?
パリに向かって出発したのは夜8時過ぎでした。
春分の日以来、フランスの陽はずんずん伸びていて、8時過ぎてもまだ夕暮れ。日没寸前の、田園の緑が冷んやりとした蒼い空気に包まれていて、自然と落ち着いた気持ちになれるひと時です。
こんなときは、会話よりも、静かにしていること一番自然。
車の中、子猿たちも窓の外を見ながら、珍しく一言も発しません。

そんな中、私はさっき読み終わった、井上靖の「満ちて来る潮」について考えていました。
井上靖は歴史小説や自伝的小説で知られていますが、結構な量の現代モノも書いている。その一つがこの「満ちて来る潮」。

この要約が合っているとも思わないのですが、あらすじはこのリンクをご参照ください。

リンクに行くのがメンドクサイ方のために、この500ページ近い長編を超短くまとめると……

背景は高度成長期の50年代後半。
ゆとりある中流階級で育った美しい苑子は、見合い結婚で開業医の妻として暮らしているが、何か満ち足りないものを感じている。そんなとき、偶然知り合ったダム建設に情熱を燃やす紺野と道ならぬ恋に落ちるが、紺野が最後になって躊躇し、別れることに……。苑子は絶望して自殺未遂を図る。ラストシーンでは一命を取り留めた苑子が意識を取り戻す中、自分の中に潮が満ちてくるのを実感して終わる。

初めて読んだときは、「なんだ、不倫の話か」と思ったのですが、今回読み直してみて、もっと深い話だと思いました。

苑子という女性は「目覚める」機会なく大人になったが、持って生まれた知性のせいか、何かが違う、と直感的に感じている、まだ自分の人生を歩んでいない、と知っている。
それが紺野に恋することで、目覚め、別れることで、絶望を知り、「この悲しみは私だけのもの。誰も知らない、わからない」と考えるうちに、底知れない「孤独」というものを知った。それで、ついつい、死ぬという道に誘われたが、意識を取り戻す。

「孤独」を知ったことで、初めて「生きる」ことが可能になる、これから苑子は本当の意味で自分の人生を生きることになる……そういう風に解釈したのです。

読み終わったときは、ラストシーンの「苑子は自分の中に潮が満ちてくるのを感じて涙流す」というくだりが、苑子がこれから充実した人生を始めることを表しているのか、逆に人生の意味を悟って死ぬということなのか、わかりませんでしたが、車が薄暗い緑のトンネルをくぐる中、ふと、パズルの最後のピースをはめ込んだ時のように、全てが見えたのでした。

井上靖の小説全てに通じるのはこの「孤独」だと思います。
「孤独を背負って生きるのが人の宿命ならば、めそめそせずに、爽やかに、厳格に、ときには繊細に生きようぞ」
という、そんなヒーロー、ヒロインの生きざまストーリを聴かせてくれる作家さんだったのだと思います。

……すごーくどうでもいいことですが、この手の精神的自立を歌ったと思われる、ホィットニー・ヒューストンの「The Greatest Love of all」、大学生の時に何回も聴いたナ。
この歌を見事に歌い上げた彼女が薄倖な死を迎えたことは何という残酷な現実なのでしょうネ。


イースターを祝うテーブルセッティング、by義母
義母のイースターに関して、伯爵夫人のマナーブックにアップしています。

こんな風に、自由に想いを巡らせていると、「そういえば」と自分のことを思い出します。

初めて、「人って一人なんだぁ」と認識したのは、思春期たけなわの頃でした。
ある午後、家で窓をみながら、突然、そんなことに気付いたのです。
別に本を読んでいたわけでも、引き金になる事件があったわけでもないのですがね。
ふと、
「……ってことはサ、人って『一人』なんじゃん。親がいても、結婚したとしても詰まるところは一人なんだ」って気づいて、知らぬ間に涙がぽろぽろ流れ落ちていました。

きっと何かのコンテクストがあって、こういう結論にふっ、と辿り着いたのだと思うけれど、残念ながら詳細は思い出せません。

そのあと……
これが私のいいところでも悪いところでもあるのですが、あんまりこのことを考えていると身体によくない、と思って(たぶん、メンドクサカッタのだと思う)突然、考えるのをやめました。その先に、まだ解かなくてはならない問題があるように思えなかった、というのも理由の一つです。
これが私が哲学者ではなく、一介の読書好きの主婦である所以なのでしょう。

その後、大学生になり、CAになった20代は、折角「一人なんだ」という事実に気づいたのに、残念なことに「颯爽と生きる」ことなく、逆に孤独病というか、さびしん坊に憑りつかれました。
これが結婚願望というのに繋がって、若い身空で生涯の伴侶を求めたという……。
折角気の合うボーイフレンドができても、「この人とは生涯を共にできないと思う」という、ホント、良く分からない理由で別れたり。

若かったんだから、もっと自由な気持ちでたくさん恋愛すればよかったな~。
今の私は、家族ができて、孤独の意味を忘れかけている。
「ちょっとだらしないじゃなかいか、君!」
ってね、井上靖読むたびに喝を入れてもらってる感じ
……などと、どうでもいいこと考えて、ふと我に返ると、車の中では、ちび猿は既に後部座席で眠りに落ちていました。兄猿は退屈してきたよう。音楽を所望しましたが、夫は聞こえないふりをしていました。

もうすこしだけ、静かにしてよっか。

道も空いてたし、気持ちのよいバカンスの終わりでした。
今年のイースターチョコは、George Larnicolの
カリメロもどき。子猿たちは頭をガブリ。

遅まきながら、Joyeuses Paques!








2014年4月17日木曜日

モンパルナス駅のストリート・ピアノ

ブルターニュより戻りました。
先週、子猿2匹とその従兄弟1人を連れて、パリのモンパルナス駅よりTGVに乗って行ったのですよ。義理の両親とまったりの数日。やっぱり難しい人たちだわ、と再々々々々…確認でした。ま、それはいいか。

ところで、このモンパルナス駅のTGV待合エリアに、ちょっと前よりアップライトのピアノが置かれるようになったのは報告しましたっけ。
製造元は世界に誇るKAWAI。ふんふんふん、と同国企業の文化的貢献に少し誇らしくなってしまう。
出発までの時間つぶしに、音楽でもどうぞ、という粋な計らいです。

どんな感じかと言うと、こんな感じ・画像はコチラを見てみてください。

ブルターニュに向かった日も、中年のムシュウがジャズ風のメロディを奏でていました。音楽音痴の母猿には、ものすごく上手に聴こえますので、ピアノを習っている子猿+1を呼び寄せます。兄猿が興味津々な様子。

もう一人、アラブ系とみられる太っちょの少年も食い入るように聴いています。12歳くらいかなぁ。

ムシュウが一休みすると、「Bravo!」と拍手喝采です。本当に素晴らしかった。

そしてこの太っちょ少年が、これはチャンスと乗り出します。ムシューが「お、弾いてみるか?」と席を譲ります。

坊主、何弾くんだろう、と余り関心なく待っていると、これがすごかった。兄猿曰く、モーツァルトらしいけれど私は知らない、よく聴くメロディですごくテンポが速い曲を、びっくりの巧さで弾くのですよ。指の動きも美しくって、もう感激でした。

それまでは兄猿が少し弾きたそうなのは感じていたけれど、こんなに上手なお兄ちゃんのあとじゃぁね。

と思っていたら、お兄ちゃんが終わって、皆よりブラボーの喝采を受けているときに、
「ママ、リュック持って」
と荷物を降ろし、自らピアノに向かったのです。

兄猿、6月の発表会向けに、先生が苦労して探してくださったモーツァルトのピアノ・コンツェルト8番https://www.youtube.com/watch?v=OsyFo5zMgT4を子供用にシンプル化したものを弾かせていただけることになっていて、モーツァルトが大好きな兄猿はこのところ、暇があれば練習していました。 

うちの中古落ちの電子ピアノで練習しているし、まだ幼いので指の力が弱くて良く聴こえなかったけれど、そして「弾く」というテクニックだけに集中した表現性のない空っぽの音だったけれど、兄猿は弾いた!
お優しい観衆の方々は「ブラボー!」って拍手してくださって、兄猿ったらお辞儀もせずに恥ずかしそうに戻ってきて、「ちょっとTimid(小心)だったから巧く弾けなかった」と言い訳しながらも、嬉しそう。
ピンボケでゴメンナサイ!
なにが「小心」ですかね。とっても巧い大人と子供の後に、図々しく名乗りを上げるなんて、大胆不敵じゃない、ねぇ? 

兄猿としては、「僕だって弾ける」という、実力が見えてない故の虚栄心、「ピアノがあるなら弾きたい」という純心さ、「きれいな曲だから皆も聴きたいだろう」という自分中心ながらも少しだけ善意もある思考、「皆の前で弾いてみたい」という大胆不敵なパフォーマンス欲、などなどが混ざっていたのでしょうか。

兄猿の知らない一面、ふてぶてしさともいえるし、積極的ともいえる一面に遭遇して、びっくりした母猿でした。ちなみにちび猿からは「よくやった」と労われていてこれも笑えた。
でも、ほんとほんと、よくやったよ。

彼の後、やはりアラブ系の若者が素晴らしい腕前を披露してくださって、そのあとで先ほどの中年ムシュウと即興で連弾をすることに……。人間の指があんなに鍵盤の上を踊る、協和することに、音楽が乗り移ったかのように次々とメロディーとリズムを生み出す、その創造性に感動してしまいました。
すごいよね、人間って。

あぁ、それにしても驚いた驚いた、兄猿には、の巻でした。

2014年4月14日月曜日

ありのままでいいじゃん

今週末より、パリは春休みに入りました。
間にはイースターもあるし、今後2週間は子猿サービスに励むことになりそうです。

休み前の最後の一人時間、と楽しみにしていた金曜日には、ぞっとすることがありました。
私の個人メールより、多くの人に迷惑メールが送られてしまったのです。
「For your review」という件名のメールが私より行っているようでしたら、大変申し訳ございません、すぐに削除し、念のためにメルアドをパスワードも変更してください。

特に、変なウエブサイトに行ったり、変なメールを受け取った覚えもなかったのに、このような被害・加害してしまって、ネットワールドの恐ろしさを認識することになりました。

気を取り直して、昨日土曜日は近所散策を。
先月からのハウス・ハンティング(転勤することになったのでしばらく保留です)で見かけた公園に行ってみました。うちから車で10分ほど行ったところなのですが、これが素晴らしい公園だったのです。Parc de Boulogne Edmond Rothschildという公園、カメラを持っていかなかったので、このリンクをクリックしてみてみてください。
いつかこの辺りに住んで、朝靄のなか散歩したり、少し大きくなった子猿たちが本(マンガの可能性高)を持って、一人になりに来たり、なんていいなぁ、って想像しちゃいました。

それしても自分は歳とってきたなぁと思う今日この頃です。
こんなに緑を求めるようになるなんて、若いころは思いもしませんでした。元々都会にこだわっていたわけではありませんが、便利さを優先して選んできた結果、都会ばかりに住んできました。

それが今は少し不便になったとしても緑が多いところに行きたいと思うようになってきた。きっと私は前世は森に住んでいた動物だったのかも。昔から森とか深緑の木々を想うと落ち着くところがありましたから。

歳と言えば、食べ物の趣向も変わりました。健康嗜好ということ以前に、白米よりも雑穀米がおいしく感じられ、あっまいお菓子よりも、柔らかな甘味を好むようになり、ビールや発泡酒よりも、ワインなどが好きになり、ワインも、どっしりとしたボルドーより、軽めの、ブルゴーニュ(ものによりますが)やシノンの方を選ぶようになりました。コーヒーの量も減ったなぁ、そういえば。

洋服も、もう無理してピチピチのジーンズやハイヒールなぞ、履こうとも思わない。肌に優しくて楽な服ばかり着ています。

こんな自分の変化が嬉しいです。若い頃の様々な呪縛……人の評価に縛られるとか、本当よりきれいに見せたいとか、本当の食欲なのかも分からないものを抑えるとか、流行りに遅れたくないとか、ブランド物欲しいとか、そういう「ストレス要因」から解放されつつあることが嬉しいのです。
ありのままでいいじゃん、それしかできないし、って自然に思えるようになってきたのです。

今、自分の将来を想像すると、私はぼうぼうと草茂る庭で破けかけた麦わら帽子を被ったおばあさんです。そして願わくば、年取ったときには、うちの母のように、前向きでかわいくてこざっぱりした性格のおばあさんでありたい。

そんなことを考えた週末でしたから、結構のんびり過ごしたようです。

さて明日からの一週間、頑張りましょうね!


ご無沙汰してしまったコンテスのマナーブック。

今回は旬な話題ということでコンテス的イースターの過ごし方について書いております。イラストは毎度お世話にになっておりまKenichi Ogawa画伯!
お時間あるときにでも覘いてみてくださいませ。

PS.ちょっとネタ切れでもあり。こんなマナーや仕来りについて知りたい!
というのがありましたらどしどしご要望をくださいまし。

「伯爵夫人のマナーブック 第15回 コンテスの復活祭」
http://www.newsdigest.fr/newsfr/colonne/madame-est-servie.html