2017年1月30日月曜日

社交界の終焉

皆さま、新年明けての一か月、いかがお過ごしでしたか?
こちらフランスは寒波に襲われたり、雨降りだったり、と、欧州の長い冬真っ最中。
冬至を過ぎた今も、日の出は8時半ごろです。
下の動画は、パリ市の西南をセーヌ側に沿って走るトラムから取った風景です。


そんな中、家族一同、インフルエンザにもかからずに元気に過ごしています。
そして今年の一月は、イベントも多くて忙しく過ごしていました。

まず新学期が3日にスタート!
……と思って兄猿・ちび猿を学校に送り込んだら、兄猿は翌日スタートだったー! という初笑い。「なんか静かだな~、と思って廊下で一人で遊んでいたら、先生が『アナタ何してんの、今日は先生たちだけよ』だって」って。
私の疑問は、それなら何で帰って来たのが11時近かったのか、ということ。それまで気づかなかったの???

兄猿は、その翌週にはこちらに来て初めてのお泊り誕生日パーティに招かれ大喜びでした。
現在11歳。
身体も大きくなって、ティーンへの道を着々と歩んでいます。

こちらは妙に真面目に見えるちび猿。
普段は相変わらずお茶らけキャラの典型的次男坊
後述のパーティにて、「スターウォーズ」のテーマを演奏中
そして、14日には、義理の両親の金婚式パーティがありました。
会場はシャンゼリゼの袂にる、Le Jockey club。プルーストの「失われた時を求めて」にも登場する由緒正しき紳士クラブです。
そこに総勢80名余りの、家族、親戚、友達を招いてのパーティ。
「最近のフランスは、暗いし、不景気だし、明るい気持ちになることをしたくって」
と義母がオーガナイズしました。
「楽しく楽しく、とにかく楽しく」をモットーに、孫たちがエンターテイメントを託され、男性は何年ぶりかにタキシードを着せられ、女性たちは久々にドレスアップすることを求められ、と大騒ぎ。

わが家でも年末から子供たちにピアノを練習させ、夫は何回もスピーチを書き直し、私は子供+夫のズボンの丈を出したり、アイロン掛けたり、そして自分は新しいドレス(それも背中が開いたデザイン!)を新調したり(😊)。

こういう宴では、円卓が幾つか設置され、夫婦はバラバラに着席です。
よって、毎回、お隣にアサインされた見知らぬ紳士と会話しなくてはならなく、未だに言葉に自信がありませんし、そうでなくても会話力も低いので、これがとても辛いというか、申し訳ないというか、恐怖なのですが、今回は義母が色々配慮して下さり、
「会話に困ったらシグナル出して、そしたら助けるから」という、気さくなニコラ、
「Miki, I speak English」と申し出てくれる義理姪のエレノアなどが周りを固めてくれたので、お隣の老紳士との会話にも大船に乗った気持ちで挑め、楽しいとすら思えたのです。


だた、ふとテーブルの他の方に目を向けると、あらあら。皆さん、もう会話もなく、手持ち無沙汰で疲れ顔です。食事の始まる頃は、「初めまして、誰々の娘の婿です」「わたくしは、誰々の何々時代の友です」って挨拶しあっていて、「さすが、社交慣れしている人はスムーズだわ」と感心していたのですが、そんなことなかったみたい。共通のトピックを見つけ、興味深い話に繋げる、ときおりジョークを交えて、という神業はどこへ行った。

そしてあらためて観察すると、女性の中には、「それは日中の、それも仕事のシーンで着る服では?」みたいな方もチラホラ。相方がタキシードなのに不思議な装いです。そのタキシードも、「十年ぶりに着たらお腹がキツくて」とか、「父のを借りた」とか。確かにズボンのラインが一昔前風だったり。靴やシャツがちょっと違う人もいたかな。
いわゆる上流階級の方達も、ドレスアップする機会が少ないのかな。

また、食事の前後のカクテルタイムも、ぎこちなさそうな人が結構いらっしゃる。
会の終わりの方では、ついに力尽きたように、無表情でだらしなく座っている人もいる。

そんなこんなで思ったのは、もはやフランスの社交界というのは終わっているのではないか、ということです。
超富裕層やセレブ、そして引退組の方たちは別として、
30~50代の現役世代とって社交界は存在しない。

少し前までだったら、たとえ現役組でも、ドレスアップしてソワレに行き、軽く知っている人達で集まって、軽いジョークを交えた軽い会話を楽しむ、という余裕があったのでしょうが、時代は変わり、仕事の比重が大きくなり、社交する体力など残っていないのかもしれません。

今は、皆、仕事だなんだでクタクタに疲れていて、顔見知り程度の知人が集うパーティで、意味のない会話を楽しむなど勘弁してくれ。
それよりは早く退社できる日は家族で団らんするか、落ち着くレストランで親しい友人と大切な話したい、そういう時代なのではないか、と思ったのです。

そんな一シーンもありましたが、総じてとても素敵なソワレでした。
義理の両親よ、次回は、ダイアモンド婚式パーティを待っていますぞ!


マエストロも外出を始めました












2017年1月2日月曜日

明けましておめでとうございます!


皆様、
粉雪散らつくヴェルサイユより、明けましておめでとうございます。
今年もどうぞお付き合いのほど、宜しくお願いいたします。


宮殿庭園の運河も凍てつかんばかり...
このクリスマス休暇、2年ぶりにフランスで過ごしたわけですが、パーティだ、コンサートだ、と行事が多く、土壇場で、今までは夫に任せていたサンタの役が、彼があまりに忙しいため、私に降りかかってきて、さあ大変。加えて、久々に何日にも渡って夫の家族と過ごすこともプレッシャーで、マラソンランナーのように、寡黙に走り続ける、そんな年末を過ごしました。
今、無事にゴールし、シャンパン片手にほっとしているところです。

新年のご挨拶の代わりに、
クリスマスに、義理両親のメゾン・ドゥ・カンパーニュで撮った写真が意外ときれいだったので、Allez、フォトログ行きます。
義母、オランジュリーにて。
その昔、ビニールならぬ、ガラスハウスで

オレンジなどの温かい気候の植物を育てるために建てられたオランジュリー。
オレンジはすでに収穫され、マーマレードになっていました。
今年は柑橘類が豊作だったそうです。
見ているだけで、ビタミンが湧いてきそうではありませんか?
冬至は過ぎましたが、朝9時近くまで薄暗いフランスです。
田舎は、毎朝、霜が降りて雪景色かのよう。
ほら、真っ白!
ノエル、大人達のテーブル。
ご馳走の写真は撮りそびれましたが、素晴らしかったです。
愛猫マエストロもロティのお裾分けを頂いて、大満足。


翌日は、私がお昼を担当。
……と言っても、調理なしなのですが!
Mont d'or(モンドール)と呼ばれるチーズをオーブンに入れただけの、チーズ・フォンデュにしました。
モンドールは、チーズの周りをモミの木の皮で囲っていて、森の匂いがする、この季節ならではのチーズ。
普通はカマンベールの2倍くらい、この写真の何分の一かというサイズですが、今回は大人7名、食べ盛りの子供8名ですので、豪華に大きなモンドール2つ! 
一つ当り、3キロ弱、計5キロ強。やりすぎかな~、と危惧したけれど、侮ることなかれ。フランス人のチーズ力はスゴイのです。殆どきれいになくなりました。

こうやって食べます。
フォンデュで大興奮のあと、ちび猿、風邪でダウン。
この冬休みの読書は、何故か引き寄せられて手に取った村上春樹氏の「アンダーグラウンド」。
サリン事件の被害者62名にインタビューしたルポルタージュです。

風化させてはいけない、という思いで書かれたとのこと。
その時代に居たくせに、あの恐ろしい事件の詳細を忘れていた自分がいました。本として形に残しておけば、こうして私のような気まぐれな読者が現れるのですから、正しいことをされたと思います。
フィクションに関してはアンチ村上な私ですが、この本に関しては、頭を下げて御礼を言いたいです。
テロは許せない。この事件は忘れてはいけない。

それはそれとして、この分厚い本を途中放棄することなく読み終えてしまったのは、一人一人のインタビューが良く聞き出されていたからだと思います。
もちろん、それぞれのサリン事件に巻き込まれた様子について語ってるのですが、その語り口からは、彼ら自身の「物語」というか、その方の性格やサリン前、サリン後、どのように生きてきたか、オウムが誕生するようなねじれまくった日本で、どうやって折り合い付けて生きてきたのか、ということが透かし見え、62名の皆さんの生き様に引き込まれて読んでしまったところがあります。
冬景色が実は一番好きかも・・・
お一人お一人の話が、
地下鉄を使って生きているというだけで、
小学高学年から地下鉄に乗って通学していた自分、
「アンダーグラウンド」で、毎日24時間のうちの約3時間を過ごしていた若き日の自分の話のように感じられ、なんともエンパシーだったのです。


寒いけれど、空気が澄んでいるので、ほら、夕焼けがすごいの!

2017年はどんな年になるのでしょう。

友人の占いによると、いい年になるらしい。
今年は何故か、それを素直に信じたい。

大切な人、家族と共に過ごされる時間が少しでも長い、そんな一年でありますように、心より祈っております。

今年もどうぞよろしく!





2016年12月9日金曜日

私のフランス観

ヴェルサイユ宮殿の厩舎
長いこと書きたいな~、でもうまく書けない、と思っていたこと。それは私の目からみたフランスの実情です。毎回チャレンジする度に、長過ぎ、そしてネガティブ、プラス知識も少ないので、途中でも「もういいや」と投げだしていました。

でも、いい加減、言い切ってみたい!、これ以上、胸に留めているのもイヤだ!と思ったので、2016年のうちにアップロードしたいと思います。

やっぱり、長くて、そしてかなりネガティブになってしまったけど、もっとフランスが好きになりたいのに、中々そうさせてもらえない、そんな苛立ちから来た愚痴だと思ってください。

また誤った解釈もきっとあると思いますので、もしご指摘頂ければ有難く。

この8月に、2年の日本滞在を終え、フランスに戻ってきました。

戻ってくる前から危惧していたけれど、思ってた通り、フランス、クラい。

パリ、街が汚れています。

清掃の予算がないのでは、と気になるほど、道やメトロが汚れています。
物乞いの数がより増えました。
新しい建築も幾つか見かけましたが、古いSF映画風のものだったり、どことなくアラブ風だったりで、私のテイストにそぐわないものばかり。

そして、殆どの建物に、鉄格子で囲いがしてある。テロ・犯罪の脅威から守らなくてはならないのはわかるけれど、だったら、こういうところでこそ、おフランスなんだから鉄格子も芸術的なデザインにできなかったのか、それとも警告という意味で鉄格子でなくてはいけないのか。

いずれにせよ、寒々とする光景です。
鉄格子は役に立つのだろうか……

フランスといえば、仕事が遅いことで有名ですが、それも拍車がかかったかな?

例えばパリの中心、シャトレ駅はメトロが何本も停まり、郊外電車とも乗り継げるので地下に大きな構内があります。日本に発つ2年前も、構内が工事中でしたが、2年経った今ももちろん工事中。天井のパネルが外されて工事現場状態。
天井からメデューサの髪が如く太いケーブルがぶら下がっていて、SF映画風。


民よ、ああ、民よ
人も良くなくなったと思います。
夫曰く、会社の雰囲気がすごく悪いそう。不景気が続いていて、皆、煮詰まっているらしい。
先日の話はそれを象徴するような笑い話(?!?)がありました。

夫、他部署の人4人とクライントとのミーティングのため、出張に行くことなりました、と。
そこで秘書に航空券の手配を頼みます。提携している代理店に電話するだけの任務です。
やがて、秘書から、「予約できたそうです」と報告があり、「おお、4人ともOKですか、ありがとう!」というと、
「はあ? 他の人のことは知らないわ。それはその人たちの秘書がやればいいでしょ」と返されたそうです。4人で行く、夫一人が行ってもミーティングが成り立たないことはバカでもわかる。そして4人の秘書がそれぞれに手配したら、もっと面倒くさいし時間の無駄もわかっている。会社全体としたら、コスト無駄にしていることもわかる。
でも「Je m'en fiche, 知らんわ、そんなこと」なのです。

もう一つ秘書ネタで行くと、その出張で同行する人が会社携帯をオーダーしていたそう。

「携帯が準備できているけれど引き取りに来ない」とIT部の人から言われ、夫は、当該の人に内線したら、今日は休みらしい。「彼、明後日の出発までに引き取れるのかな」とその人の秘書に聞くと、条件反射的に、
「Ce n'est pas mon probleme! 知ったことじゃない」と言われたそう。

笑っちゃいました。(夫は笑えなかったらしいけれど!)


でもね、全てがこんな感じなの。小さなことから大きな事まで。

何でそんなに怒っているの? と聞きたくなるほど、皆がイライラしているのです。

皆ぎりぎりで一触即発、そんな印象です。

 地獄の門(ロダン作) 
その原因の一つは政治だと思う。

2012年に現在の社会党政権となって、初めて社会主義とは何か、を知ったような気がします。

以前は、日本も政治的には社会民主主義ですし、社会保障制度がそれなりあるけど、結局は資本主義政策取ってるってことなんでしょ、と思っていました。
シラク、そしてサルコジ時代は、日本もフランスもそう変わらないなぁ、と。
世代的にもうイデオロギーとか、そういうのとは無縁の政治音痴だったのです。

でも、今は社会主義を
肌で感じるようになりました。

まずは税金。 社会主義国は保障がある分税金が高い。これは前から。でも社会党政権になってから税金がすごく増えました。

ある日、ぺらーっと税金徴収が来る、額が昨年度より異様に上がっている、また、今まで存在していなかった税金が生まれていたりする。上がる上がると聞いていたけれど、こんなに~?
もちろん、これは社会党でなくても増税はあったかもしれないけれど、やり方が感じ悪い。

ミドルクラスの私たちでこれなら、富裕層がフランス国外に出る気持ちはよくわかります。誰のために働いているのだろう、という気持ちになるでしょう。

フランス籍の大企業も徴税に絶えきれず、次々と拠点をフランス外に移しています。

最近よく聞くフレーズは、「この国はたくさんのレシピエント(受け取り手)と少数のドナーで成り立っている」というもの。


そして、皆がどうやって社会保障システムの恩恵を享受するか、トリックを模索している。

「不景気だから仕事詰まらない。だから首になりたい、そしたら失業保険が2年もらえるし、会社からパッケージもくる」
というのは、耳にタコができるほどよく聞くセリフ。

時には「それは悪用ではないのか、不正直ではないのか」と思う行為もあり、でもそれももはや、当然の権利とされている節あり。


社会保障は、平等性の基に作られたプールだと思うんだけど、多くの人がこのパイからできるだけ分捕れ~、とタカっている感じがします。

ここら辺は今の政権がゆえ、というより、長年フランスを巣くっている「甘えの精神」みたいなのから来る病んだ思考だと思います。
そして教育も変になりつつある気がする!

昨今教育改革があり大論争となっていました。
今までの体制は、エリート優遇の制度だったから、そのエリート(≒優秀な生徒のポテンシャルを伸ばすための)向けクラスを廃止するそう。
不平等だから、できるところを切って均すんじゃ、国全体の教育水準下がっちゃうじゃない? そうでなくて、ドロップアウトする子たちを、もっとプロアクティブに救うことを考えようよ。

歴史に関しても手が入り、歴史はフランス革命以降に重きが置かれ、それ以前の過去に関しては、書き換えが多々。例えばイエス・キリストは歴史上存在しないことになりました。現政権の宗教嫌いと無縁な決断とは思えません。


考えちゃうよな~。
今の政権から感じるのは、家族とか、宗教とか嫌いなのかな、ということ。
そう思わせられる法案や制度ばかり打ち出しているのです。
家族、とか宗教という共同体の絆を取り払おうとする。
国民は皆、共和国の一員である。ここにあるのは個人と国、それだけ。
だから、親とか、宗教とか黙っててほしい、みたいな。

フランスの「ライシテ」という政教分離主義は、さらに踏み込み、宗教否定しているのでは、と思うことがあります。

もう一つ感じるのは、「怒り」
既存のものに対する、妬みのようなものを感じる。
現政権の皆さん、エリートだったし、多くは恵まれた環境にいて、まさに既存のシステムから享受してきた人達なのに、何故そんなにひねくれている? 

そして感じないのは、イデオロギー。
色々論争を起こすことをしでかしているのに、彼らの思想、そして目指しているところが見えない。
単に現存するシステムに対して反動的なだけで、新しいものが見えてこない。

あと、法の抜け穴を通って、時々、驚くことが起きます。これは日本でもどこでも起きていることだけど。法治国家に対する信頼がグラグラ、恐いです。

来年の大統領選挙には、社会党からはオランドの下で首相を務めたバルス氏が出馬することになったとか。先日のヘッドラインを見ると、彼は、「中国、ロシア、米国、トルコに対して「不屈」の価値観を掲げる国を目指すと言っているよう。なんかこういう好戦的なところも恐い。

戦ったことがない、盛りを過ぎた闘牛が、鼻から息吐き、前足で地面を掻いている、それを、民衆の半分が「ウオーッ!」と煽り、残りの半分は動乱を避けるため、場外に逃げようとバタバタしている、そんな感じがする。

以上、これが、私のフランス観です。


でも、置かれたところで咲く、です。
そして良いところも勿論あるフランスです。
元気にやっていますのでどうぞご心配なく~。


マエストロは、生後5カ月経ちました。



2016年11月18日金曜日

フェースブック人間

先日訪れたノルマンディのボメニル城
庭園というか森が素晴らしかったです
皆様、ご無沙汰しております。日本もすっかり秋めいているようですが、お寒くないでしょうか。
先日、木枯らし一号のニュースが関東から届いた日、こちらベルサイユでも木枯らしが吹いていて、お、シンクロ! と嬉しく思っていました。
青空広がる今日ですが、気温はがくっと下がり、コートにマフラーが必要。 
木々もどんどん葉が落ち、秋より、初冬という感強しです。

こんなグレイで寒々とした昨今ですが、わが家は大丈夫。何しろ、こんなかわいい子猫がやってきたのですから。
フランスの犬猫の命名、年ごとにアルファベットが提案されているそう。、
今年はMの年らしく、シェルターでマエストロと名付けられました
この猫は、猫シェルターのようなところから引き取りました。

夏まで暮らしていた本牧では沢山の野良猫がいて、私たちもいつか飼うならシェルターから貰おうね、と決めていたのです。

ベルサイユに落ち着いて早3カ月経ち、「そろそろ飼おうか」と、最寄りのシェルターを探してみたら、なんとうちから歩いて5分ほどのところにありました。
子猿たちも大はしゃぎ
ではでは、と訪れたのは3,4週間ほど前のこと。
シェルター、普通の一軒家に、猫が2,30匹いたでしょうか。子猫のシーズンは終わっていたそうですが、偶然、私達が行ったときに届けられた子猫がいて、それが、このマエストロだったのです。

このシェルターでは、病気の有無をチェックし、ワクチン、避妊手術をして、あと耳に認識番号をタトゥーして引き渡してくれます。性格チェックもされていて、家猫に向かないと判断した場合は、養子に出さず生涯シェルターで飼うとのこと。

契約書には、「15日以内に、病気が見つかったり、性格的に問題が発覚したり、諸事情で飼えなくなった場合はこちらで再度引き取り、諸費用として頂いた150ユーロもお返しします」とある。

良心的な制度にリスペクト。
可哀想なTitiとTwix
小鳥と猫も共存できるよ、って誰が言った?
こうなる日を夢に、取りあえず小鳥さん達は別室へ移動
シェルターの職員(?)は無償ボランティアのようです。
皆さん猫が大好きで、それぞれの猫の性格を把握し愛情注いでいて素晴らしいこと!

でもどう見ても、みんなちょっと癖がある。

まず、ヘッドらしき初老のマダムは、前髪パツンと揃えた赤毛ボブカットにルージュがビシッと引かれ、ファッションも独特です。往年のソニアリキエル風。忙しそうにああだこうだと動いていらっしゃる割りには、事務手続きが進まない。ペンがない、と探し、用紙は「あったあった」と喜ぶも束の間、「ああ、これは違う違う」。漸く見つかると、今度はさっき見つけたペンが消えていて「C'est pas possible!」と大嘆き。

猫を見せてくれた、猫目の若いマドモアゼルは、キャットウーマンがごとく美しい。が、どう見ても社交性は低し。失礼なことは一切ないんだけど、もう自分の世界に住んでいる感じです。3度ほどシェルターに行きましたのですが、毎回、咳込んでて、それなのにたばこを吸っているし、

その他には猫のこと何でも知っていそうな内気なジャージ姿のオジサンとか、猫の世話に情熱かけている猛烈オバサンとか、みんな、一般社会ではちょっと浮いていそうな人達でした。

で、思ったのが
「私、こういう人達、好きだなぁ」
 ということ。


少し遡ること、この夏読んだ本に、人格障害に関するものがありました。
この本読んでいると「障害」とまで行かなくとも、人格障害の傾向がある人というのは、自分を含め、とてもとても多いと思いました。

ある意味、全ての人が軽度の差はあれ、人格障害の傾向を持っていると思うのです。
、
著者曰く、人格障害は、母親と関係が大きく影響しているそうです。父親の影響は二次的らしい。

母親との関係っ千差万別。その子にとって、近すぎず遠すぎずという関係を保ち続けながら、母子共に人生の山谷を旅するのはそう簡単ではない。
突き放すべきところで密になり過ぎたり、守ってあげるべきところでそうできないこと、あるでしょう。そういう経験が子供の人格形成に影響を与えるらしい。
そう考えると、人格的に無傷で普通っていうのは希有なことだと思うのです。

そしてさらに話がズレるようですが、フェースブック。
どんなもの何だろうと、深く考えずに「とりあえず」使い始めて何年でしょう。気軽に投稿できるし、遠くに住む友・家族の様子がわかるから楽しく使っています。

私の使い方……フェースブックは実際に知っている人達と繋がっているので、割と気をつけて書き込んでいます。皆さんそうなのかな?

フェースブックには、実社会同様に、フェースブック独特のマナーがあるように感じます。外国語では別のマナーがあるのでしょうが、日本語においては、日本人的な常識、気配りが求められてるように感じてしまうのです。

公共の場だから、楽しいこと、笑えること、他の方にも有意義だと思われることをシェアする。
不快な言葉・画像は載せない。
余り尖ったことを載せて驚かれるのも何だし、皆さんもお忙しいだろうから手短を心がけ、内輪ウケみたいなことは載せない、
などなど。

コメントも然り。公に残るものだから、ネガティブなことは書きたくない、軽く、明るいコメントを心がける。
これは私の面倒くさがり屋で臆病な性格ゆえですが、ディベートになりそうなことも、後で言質となりそうだから書かない。

で、気づくと、フェースブックには行儀がよく、健全で、ちょっとつまらない自分がいるのです。


また話が飛びますが、今年の芥川賞を受賞した「コンビニ人間」。

「コンビニ人間」の主人公は、幼い頃より自閉的で、コミュニケーションが変。自分が他の人と違っていることを自覚し、迷惑かけないように無口に生きているのですが、ふとバイトを始めたコンビニでは、マニュアル通りに動けば、浮くことなく、皆と同じように振る舞えることが分かり、これぞ我が生きる道! と徹底して働いているうちにコンビニ人間になってしまった。「ちょっと変だと排除される社会だから、こうしているかぎり私は安全」
……そういう話でした。
うんうん、日本ってそういうところある。
物語に対する感動などはなかったけれど、コンビニ人間は今の日本の一面を表している、と、その鋭い捉え方感心しました。

これと、先ほどのフェースブック現象をくっつけると、最近のフェースブック上の私はフェースブック人間していると言えます。
猫シェルターの人と比べると、何とも個性なく人間味に欠けるキャラクター。
でもこれは私の一部であって、本当の私は、もっと味がある(=変な)人です。

誰かと出会ったとき、また別れるときなど、「フェースブックやってる? じゃ、そこで!」と、まるでフェースブックに行けばその人がいる、その人のことがわかるような気がしていましたが、ここに来て、漸くフェースブックの限界が見えてきました。

さっきから脱線ばかりしていますが、ダメ押し。
2年間の日本滞在で唯一みた邦画は、「愛を積む人」。
横浜そごうの北海道フェアで、夫が、美瑛で作られた本格チーズを目の当たりに興奮し、恐ろしい勢いで買い込んだら、その御礼として、同村で撮られたこの映画の試写会のチケットをくれたのでした。マラソン帰りの旧友と観にいったっけな。

話は、妻に先立たれた高潔なところがある偏屈じいさんが、妻の遺言通りに、家の周りの石塀を積み上げる。その過程で不良などとも関わりができる。そして気づく。この石塀も、形のよい石だけで作られたら、もろくてつまらないものになる。へんてこな石、太っちょな石、尖った石、こういうのを組み合わせるからこそ、力強く、個性がある塀ができる。人の社会も同じじゃないか。もっと許容しながら生きよう、というもの。

変わった人に会ったり、自分が何か世間と足並みがずれちゃってるよなぁ、と感じるときなど、このメッセージが思い出され、「いいのいいの!」と励まされています。
実在しないサイバースペースのフェースブック人間より、石ころでいる方がいいわ!

毎度長くなって申し訳ないです。
木枯らしのびゅうびゅうの季節、どうぞご自愛を!







2016年10月26日水曜日

フランスの秋、プチ・バカンスの風景


朝靄に包まれた田舎の家
皆様、いかがお過ごしでしょうか。
こちらは現在秋休み真っ最中です。

先週は田舎の家で過ごし、夫とクルミを多分10キロくらい、栗は多分5キロくらい収穫しました。
落ちる寸前のくるみ
たった一本の木なのに
拾っても拾っても追いつかないのです
今年は栗も虫が付く前に拾えました
兄猿の提案で、マロングラッセにチャレンジ中。
現在栗きんとん状態です。
もう少し乾いたら本当にグラッセ風になるの?

怪しい感じのDay3・・・腐る前に食べようと思います。
その間、子猿たちは従兄弟たちと、小屋を作ったり、義父の引導のもと、落ち葉や枯れ木を焼いたりと、少年らしく遊んでいました。

この従兄弟たちがまぁなんと愛らしいこと。
年は、うちの子猿兄弟より半年ずつ年上ですが、比べものにならない品行方正さで、
現在バカ丸出しの兄猿の下らないギャグにも反応して上げるし、
祖父母(私にとっての義父母)との遣り取りも、程よい子供らしさを残しつつ、賢いことを言ったり、感謝の意を示したり、と、大人の目から見ると理想的な子供なのです。
柑橘類はオランジェリーにて冬を越します

そう、今兄猿は、少年期最後、それとも思春期初めなのかな、とにかく躁状態というか、かつてのおとなしくて恥ずかしがり屋はどこに行ったの? というくらいうるさいし、ウザいのです。今回義父からは、ムッシューラジオと名付けられるほど。

とにかく見ていて本当に恥ずかしい。
なぜそんなに恥ずかしいかというと、まさに、昔の自分を見るようだから。

余計なことを言う。
ウケ狙いの冗談を言って外しまくる。
声がデカイ。
がさつで品がない。
内省するということがない
根拠なき万能感がみなぎっている。

少し前の私だったら、もうケチョンケチョンに叱るか、即退場させたと思うのですが、今は、あまりに周りの迷惑になっているとき以外は黙っているように心がけています。
こんなに人生ノリノリで、楽しいことはもうこの先そうそうないだろうし、
バカやって許されるのもこれが最後だろうし、
大人になって振り返ったときに、
「子供時代はバカやったけれど楽しかった」
と幸せを噛みしめてもらえるならいいかな、って思うのです。

田舎の家を発つときに、
従兄弟の一人が泣きそうになっていました。もっと遊びたかった、って。
うちの子猿たちは平気の平の字だったんだけど。
この従兄弟たち、子猿たちがいないと、いつもいがみ合っている。
私もその場にいたことあるけれど、パワハラ対モラハラみたいな、嫌な感じなのです。

話が飛ぶようですが、横浜のインターナショナルスクールは子供の裁量が大きく、そんなにガミガミキツキツではないのですが、時折、その枠を越えて羽目を外してケンカしたり、もめ事になったり、ということがありました。その原因となっているのが、意外にもフランス人児童だったことが多かったのです。「意外にも」というのは、フランスの学校では、先生が介入するレベルのケンカや問題があると、すぐに親や心理スペシャリストが呼ばれ厳しく処罰されるので、おとなしくしている子が多く、、よって、フランスの学校で問題のない子であれば、インターでは優等生扱いでしょう、と思っていたのです。

さらに話が飛ぶようですが、何年か前に話題になったPeter Gumbel氏の本では、フランスの子供たちは自信喪失していて、それは苛烈な学校での環境に問題がある、とレポートしていました。「苛烈」......例えば、学力を上げるため、成績を公表し切磋琢磨を促す学校、とか、先生は教える人であって、モラル面でのメンターではない、とか、グループで協力させようという風土はなく、友達もライバルという関係性を増長させる学校とか、だそうです。

そして、わが夫。
自分の子供時代は恵まれていたのにも関わらず、幸福だったとは言えないなぁと先日つぶやいていましたっけ。
今の兄猿がカボチャだったらこんな感じ
私の仮説ですが、ひょっとするとフランスの、普通に「良い子な子供」は、親の前/祖父母の前/学校では、このように振る舞うべきだ、ということを抑圧的に躾けられているのではないでしょうか。
バカなことをしたり、調子に乗ったりすると、叱責されるか、軽蔑される、もしくは処罰されるからぐっと我慢しているのではないでしょうか。
横浜のインターでは、フランスの学校のような抑圧がないから、箍が外れて、でも加減がわからないから、問題視されるようなインシデントを起こしてしまうのではないでしょうか。

妙に「良い子」な従兄弟たちをみて、そんなことを思ったりしました。
(単に私のジェラシーかもしれませんが! )

だから、今日も私は我慢する。
兄猿がどんなにバカなことを言っても、どんなにうるさくても、
楽しいならいいじゃないか。いつか、自ら自分のバカさにぞっとする日が来るに違いない、かつての私のように。それまでは幾ら外野がガミガミいっても、言われていることがわからず、唯々悲しくなるだけだろう。

ということでこの秋休みの標語は、
「耳は餃子で心は貝」
昔、ANAの新人時代に余りに先輩たちからあーだこーだ言われる同期が 「うるさ~い!」と逆ギレしないために創り出した標語です。
これを実践し、あと一週間を乗り越えたいと思います。

皆さん、良い秋をお過ごし下さい。





2016年10月14日金曜日

インターナショナルスクール vs フランスの学校


まもなく、今学年初めての学校休みが始まります。Toussaint(万聖節)を挟んで2週間の秋休みです。

フランスの学校では、6~8週間学校 → 2週間休み(秋) →6~8週間学校 → 2週間休み(ノエル) → 6~8週間学校 → 2週間休み(冬) → 6~8週間学校 → 2週間 (春) → 6~8週間学校 → 2カ月休み(夏)というスケジューリングで一年が終わるのです。バタバタと忙しそうでしょう?


横浜で子猿たちが通っていたインターナショナルスクールも、同じような時期に休みがありましたが、クリスマスと夏休み以外は、一週間もしくは週末含めた4連休と短かったので、こんなに気忙しいことはありませんでした。


2週間のバカンスって、ちょうど身体が緩やかな時間に慣れてきたころに、また学校生活が始まる!みたいな、中途半端な期間だと思うんです。それに6-8週勉強・2週休み制のスケジュールだと、教える先生方もモジュールの組み方が難しいんじゃないのかな。毎学期初めはウォームアップのために、時間ロスもありそうだし……。

ちび猿にせがまれて、もう一羽増えまして、
TitiとTwixという夫婦となりました。
フランスの学校……
横浜に転勤になる前は、子猿たち、もし普通の頭の出来ならば、普通にフランスで教育を受けて、普通にフランスの大学に行って、まぁ卒業するまでに日本語もビジネスレベルまでマスターできたら、社会において役に立つこともあるかもしれないし、いいんじゃないの? などと漠然と思っていました。

フランスの学校、結構きついけれど、私も結構きつい日本の学校で教育受けて、それなりに青春したし、こうして大人になったんだから、子猿たちもそれでいいんじゃないか、って思っていたのです。

でも、横浜のインターナショナルスクールで2年間、アングロサクソンの教育を受けさせてから、ちょっと考えが変わりました。
小中高の学校生活のクォリティーも、もっと高めて上げたい、と思うのです。

学校生活のクォリティー、それは学力以外のところの、学ぶ喜びとか、あとは学園生活の愉しさとか、そういうことです。

インターナショナルスクール。
何よりもアイ・オーピニングだったのは、「学校教育ってこんなに楽しくできるんだ」ということ。私の小学生時代の10倍楽しそうでした。人生において、こんなに無条件に楽しい時期があるのって、貴重だなぁって、子猿たちののほほーんとした笑顔を見ていてつくづく思いました。人生を信頼しきっている顔だったのです。

楽しい理由、一つには楽しいムード作りがされていたこと。
インターナショナルスクールでは、2週間に一回はFun dayみたいなのがあって、「Crazy hair Day」とか、ユニフォームじゃなくていい「Free dress Day」とか、素朴なものなのですが、子供たちはそれだけで大はしゃぎでした。

週一回の生徒集会では、毎回ある学年が司会進行を任され、あるテーマについて自分達で撮った動画を使ったり、実演したり、いわばミニ文化祭・学芸会のような感じで、子供たちにとっては、人前で何かする機会となるので、いい経験だったと思います。
そのほかにも、コンサート、タレントショー(自分が得意なことをステージで披露するショー。これが楽しいの、素晴らしいのったら!)、ムービーナイトなどなど、楽しいイベント盛りだくさんでした。

もちろん楽しい理由はこれだけではなく、少人数制がゆえの、皆が仲良しで、先生の目も行き届いて、など、理由は幾つもありますが、これらイベントが学校生活のスパイスになってくれていたのはそうだと思います。
By 兄猿

勉強についても、ほぼ全科目、興味と好奇心一杯で取り組んでいました。
どうやってそんなことが起きたかというと、「美味しいところ先取り戦略」だったから、だと思います。

日本やフランスは、きれいに書く、ペンはちゃんと持つ、姿勢を正して、誤字脱字は×、要は、まずは基本を押さえてから応用編に行こうよ、という考え方だと思うのですが、インターナショナルスクールでは、まずは学ぶ楽しみを知って貰おう、というアプローチでした。
例えば作文のミススペルなどは、直さない。一々直されてたらやる気なくしちゃうから。読解力を付けるためのReadingは、教室のカーペットやクッションの上に寝っ転がって読んで良し、タブレット、PCを駆使する、数学はオンラインで見知らぬ国に居るコと、かけ算バトルだってしちゃうなど、エトセトラ、エトセトラ。

今でも忘れられないのは、ちび猿が3年生のときに、初めてパワーポイントを使ってプレゼンテーションを作る、という宿題と取り組んでいるときに、

「I lo~ve making presentations!!」

って感嘆符一杯の声を挙げたのです。彼はガジェットに目がなく、コンピュータを触るのが大好きなので、ついにパワーポイントを使わせてもらえたのが嬉しかったから、というのはわかるのですが、リサーチも楽しそうにやっていたし、テーマについてしっかり学んでいたと思うのです。
あまりにワクワクと取り組んでいる姿に、私、学校の勉強に対して、ここまで喜びを持って挑んだことなかったなぁ、と羨ましくなったものです。

一方兄猿は、「プレゼンとなるとみんなパワーポイント使うから、ボクはこうするの」と独自のアイデアを工作で実現させたり、とても楽しそうでした。

そのほかにも、創造性を高く評価してくれるところとか、情操教育にも力を入れているところとか、あと、出来ないコ、素行が悪いコに対して、みんなで面倒見ていこう、というアプローチがあったりとか、とても良い学校でした。
楽しかった日々……
さて、フランスは、というと……。

兄猿はフランスのシステムではCollegeとよばれる中等部で新生活スタートしました。
現在11歳、日本だったら小5です。

初等部と違い、各科目専門の先生がいて、というのは、日本、そしてインターでも同じですね。
インターと大きく違うのは、クラスのサイズ。インターでは、一クラス15人でしたが、こちらでは一クラス36人! 公立校であれば、25人を越えた辺りから新しいクラスを増設することを申請できるらしいのですが、何故か私立校ではそれができないらしく、よって、兄猿の学校は一学年=36人×7クラスです。
勉強の方は、
語学、英語のほかにスペイン語も必須となりました。
英語は、帰国子女向けのクラスがある学校で、割とハイレベル。インターの最終年でやっていた英語よりも数段難しい。インターも、ミドルになるとこんなに難しい文章を読むのか知りたいところです。この先、中3になると(年齢的には14歳になる年)ドイツ語やラテン語も選択できるようになるらしいです。

数学は思いがけずそんなに難しくない。インターの算数は、日本と比べると簡単だから、フランスに帰ったら苦労するだろうな、と危惧してたんだけど。これからスティープに難しくなるのかな?

クラブ活動も幾つか用意されているけれど、日本やインターの部活ほど盛り上がっていないようです。
インターナショナルスクール時代のバンド活動
兄猿は、部活しない替わりに、地域のコンセルヴァトワール(音楽院)でフレンチホルンのレッスンを受けることにしました。
横浜のインターナショナルスクールは、音楽教育に力入れていて、去年からはバンドの授業があり、兄猿はホルン担当でした。それが余程楽しかったのでしょう、ここでも続けたいというので、音楽院に登録したのです。
フランスは、音楽は学校でやらない分、この地域の音楽院が代役を務めていて、要は、音楽は興味がある子だけやればいい、というスタンスなのです。ここでも、「基本からしっかり」というアプローチで、楽器のレッスンには漏れなくソルフェージュが付いてきます。それが週一回90分! 実際の楽器のレッスンは、個人レッスン30分、バンド・レッスンが1時間ですから、同じだけソルフェージュにも時間が費やされる勘定になります。

兄猿に、「どう、フランス?」と聞いたところ、「日本はすごく良かったけれど、フランスもいい。インターは友達が優しくて、すごく楽しかったけれど、こっちもいい。ただ、フランスの学校は、人数が多いせいか、柄の悪い人が多い」……とのことです。
新しく買って貰ったマウンテンバイクに、学校の「柄の悪い人たち」が悪さをしたことがあったので、それ以来またやられるのではないか、盗まれるのではないか、といつもすごく心配している兄猿。
でも、それはそれで、毎日楽しそうに学校に向かっています、今のところ。

一方ちび猿君。
こちらでCM1、小学校4年生となりました。
本当はブカブカTシャツに、
ギャップのフード付きパーカー
というラッパー風(?)に
憧れるチビなのですが、
学校の皆がちゃんと
「襟付きシャツにプルオーバー
を着ているから、ボクも
そうしなくちゃいけないんだ。
これがボクのユニフォーム」
と、4日分のセットを作ったようです。
なんか横着ですよね~。

横浜に転勤になる以前に通わせていたフランスの学校は、小一から通信簿+テスト ― 例えば、「貴方は20点中17点、クラス平均は16.5点」みたいな評価がされていたので、親もすっかり乗せられちゃって、「ほら、明日テストでしょ? もう一回暗記しよう、練習しよう。平均点より上回っていないと大変! 」と、すっかり点取り虫ママゴンになっていたものです。
今回は何故かベルサイユで最も伝統ある私立に編入することになり、また、あの点取りレースなのかしら、と心配していました。

ところが、意外なことに、今回の学校、情操教育に重きを置いてくれてて、点数評価はしないそう。学校と親とのコミュニケーションも密ですし、(フランスっぽくないでしょう?)、感謝しております。

そうはいってもお勉強。
インターは楽しく緩いので、学力的にはどうなんだろう、と、とーっても心配していましたが、フランス語以外は何とかなっているようです。あんなに楽しく緩いお勉強でもOKだったんだ~、とある意味びっくり。
ちび猿は、インターではあまり注意されないからって恐ろしく汚い字を書いていましたが、フランスに帰ってきたら、万年筆、筆記体という、フランスの小学校のスタンダードに沿って、まぁまぁな字を書いているので、要領の良いヤツだなぁ、と呆れるやら感心するやらです。

でも、まだまだ安心できません。
毎日、チビ猿の宿題を見ています。集中してやったら小一時間で終わる量ですが、何しろ注意力超散漫なフェーズですからね、チビ猿君。エンドレスですよ、宿題セッション。
そして何とまぁ、暗記ものが多いこと。幼いうちに記憶力を訓練するといいらしいので、文句はないですし、この詰め込み・暗記は、勉強している感ありというか、自分が来た道なので、何か安心してしまうというのは否めません。
一方で、学ぶ喜びのほうは大丈夫なのか、ちょっと心配。

ちび猿のインターとフランスの学校比較は、
「インターの方がずーっと楽しかった。こっちの方がいいこと? 一つもない」
......そうです。
でもその割りには楽しそうなんだけどなぁ。
子供って根アカなんでしょうね。今日は、明日は、きっと何か楽しいことがあるにちがいない、といつも希望を胸に抱かずにはいられない。
ちび猿君、今日も元気にトロティネット、日本ではキックボードっていうのかな、を蹴って校門の中に消えていきました。

ここまでインターびいきなら、フランスでもインターに入れたら良いじゃない、ということなのですが、子猿たちはフランス人であるわけだし、フランスの社会を知るためには、フランスの学校に行くというのが自然だし、子猿たちもそれなりに楽しそうにしているし......。またインターは学費が高いので、しばらくはこのままで様子見します。

仮にこのままフランスでびっちり高校まで行くことになっても、せめて大学のときに、もっとチョイスがあるように、英語はがんばってもらいたいなぁ。
フランスも、大学教育は悪くないという人もいるけど、どうしてかそれが信用できない母猿なのです。授業料低いのはとーっても魅力的なんですけどね。
それより、イギリスやアメリカのアカデミズムの方が学ぶ喜びがあるような気がする。
せめて、学生時代くらいは、純粋に知的好奇心を探求させて上げたいし、
それに、10年後のフランス経済にあまり期待できない。
フランスの大学出ても就職できなかったらガッカリじゃないですか。

また長くなっちゃいましたね、申し訳ないです。
今朝のパリ地方は、4℃でした。陽も短くて10月にして初冬の色濃し。
日本も肌寒くなってきたようですね。
どうぞご自愛くださりますよう。
また行きます!