2015年4月27日月曜日

インターナショナルスクール便り② 創造性をかき立てる教育法

ようやく春らしい気候になりました。
日陰はひんやり。
おはようございます。
いよいよ今週半ばよりゴールデンウィークですね。
海外在住の皆さんで同年代の方々、4月29日が、天皇誕生日 → 緑の日 → 昭和の日と名前が変わっていることをご存じでしたか?
祝日の名前も制度も、この20年の間に変わってしまって、毎回、日本のカレンダーで働くフランス人の夫に、日本の祝日を教えてもらっている有様です。
マシュマロを焼く子猿たち
インターナショナルスクールに通う子猿たち、その勉強へのアプローチが、日本やフランスとは違っていることはもう書きましたっけ。

例えば、4年生の時間割に、算数、国語、理科、社会という授業名はありません。くくり方が異なっていて、似たようなことはやっているのですが、取り組み方が異なります。

まず、懸念点を先に述べておくと、算数、理科、歴史の授業が少ないのが気になります。
ずっとこのインターナショナルな世界に居ることができるならいいんですけど、またすぐあの詰め込み式のフランス教育に戻らなくてはいけない子猿を思うと、遅れた分を取り戻すの、大変そう。
来たる帰国ショック、子猿たちよ、耐えるのだぞ。

一方、母猿が特に気に入っているのが、国語科目。
国語という授業の代わりに、「Writer's workshop」というのと「Reader's workshop」という授業があります。

「リーダーズ・ワークショップ」ではグループに別れ、読む本、そして読むスピードを決め、面白かった点などを付箋メモに記しては、それらを基に、定期的にグループ、そしてクラスで意見交換をしていたようです。

一方、「ライターズ・ワークショップ」では、なんと、生徒各自が創作小説を書くのです。
まず、各自にプロット、テーマを考えさせ、主人公、脇役1、脇役2などが必要なんだよ、と小説書きのポイントだけ教えたら、あとは自由に書かせます。
表紙も作っていましたっけ。みんな凝ったのを作ってましたよ。
兄猿の小説、私も見せてもらいましたが、Oh la la! もうそりゃ誤字だらけ!
でも先生に、「ぐっと我慢してください。あまりミスを指摘すると、子供の書く気をそぎます。今のフェーズでは、とにかく書く喜びを体感してもらいたいのです」
とのことでしたので、我慢しましたとも。


兄猿のクラスでは、先生が生徒各自のためにブログをセッティングしてくれました。
「Kidblog」というサイトでサイバー管理がよくできているようです。
書く能力を養うためだけでなく、先生と生徒、そして両親との

コミュニケーションツールにもなるし、グッドアイデアだと思いませんか?
これは兄猿のある日のエントリー。
この日は、あとに出てくる、私の本について書いてくれたようです。
閲覧は、先生、クラスメート、その両親に限られています。
自分や人の写真は載せないというルールも徹底されています。

同ワークショックでは、海外にいる作家とスカイプを通して繋がり、生の作家の声を聞かせてもらったようです。
素晴らしいアプローチだと思いませんか?
子供たちもさぞかし刺激を受けたことでしょう。

そして、恐れ多くも、このライターズ・ワークショップに母猿も招かれ、拙書を披露しました。
そうなのです、ようやく製本されたのです、(タラーン♪)
拙書、「イサムとタケルのミラクル・ジャーニー」
これが最新版、3話全てを一冊にまとめたバージョン
「イサムとタケルのミラクル・ジャーニー 完全版」です。
完全版だと、200ページ余りとなり、子供がその厚さにひるむかなぁ、と思って、先に一話ごとに刷ってもらったのもあります。
第一巻、「海の家にて」
作中作、本の中に本が出てくる、みたいな出だしにしたのですが、
これが子供にはわかりづらかったようなので、
完全版ではそこら辺を切りました。
ブルターニュの海岸でのミステリーをイサムとタケル兄弟が解きます。
第二巻、「フランソワ城」
ちょっと情けない小父さん、フランソワのお城での
冒険物語です。
第三巻、「日本に来たよ」
イサムとタケルが日本で夏休みを過ごすべく、
海辺の村に来ました。
いつか、あそこがこんな村になったらな、
こんな風に悲しみが癒えたらいいなぁ、
という願いを込めて書きました
完全版にしたもう一つの理由は、一巻、二巻、三巻とばらばらに買うと高額になってしまう、という懸念があったのですが、今みると各巻セール価格になっていてお買い求め安くなっていますです。
用途に併せてお選びいただければ幸いかと……
なんて。
いいんです、別に。

兄猿のクラスでも話したように、この本は、うちの子猿たちのために、彼らが大人になって、ふと振り返りたくなったときにでも、、
「ああ、僕にもこんな幼い日が、こんなマジカルな少年時代があったっけ」
と、昔をことを思い出してもらえればいいな、と思って書いたものなので、とても個人的な本なのです。

でも、もしかしたら……
うちの子猿のように、二つのルーツを持ち、多文化で育っている子供たちも共感を持ってくれるかな。
また、ずっと日本で育っているけれど、ほかの国の海辺や食べ物や考え方もちょっと観て見たい、と思っている子供も興味あるかな。
......と思って、出版することにしたのです。

ちなみに、漢字にはしつこいほどルビを振ってあるので、「うちの子、読めるかしら」とご心配なお母様、お父様、その点はご心配なく。

そして、もし、私も出版してみたい!と言う方がいらしたら、メールください。私が持っている情報で良ければシェアします。
今の時代は、昔と違って手軽に自費出版ができるようになったのです。ありがたいですね。

と、最後は拙書の宣伝っぽくなり失礼いたしました。
どうぞ良い一週間を~!




 





2015年4月20日月曜日

めぐる季節の中で



皆様、お元気でらっしゃいますか。

前回の満開の桜のお便りより、2週間ほど経っただけなのに、こちら横浜の町は、色が変わりました。今は圧倒的な新緑の中、ツツジや五月がお菓子みたいな可愛さで紛れ込んでいます。
季節という本のページがどんどん捲られていく、という感じです。

まずは先週末の本牧山頂公園はこんな感じでした。
先週はまだ桜も残ってました
花びらの坂道
こんなとこ通ったの、忘れないでね
公園の花壇、
パリのセンスに敵うものはない、と思っていたけれど、日本もいい線行ってます
ま、こんな感じだったわけです。
それが一週間経っただけで、桜の木はピンクから緑に早変わり。
三渓園の緑
本牧通りも緑
うちの庭も緑
日本の春はすごいですね。季節がどんどん巡る。目で、肌で、匂いでそれを感じる。

フランスにも季節の変化はもちろんあって、もう少しすると、街路樹のマロニエの白とピンクの花が咲くのかな?
あの夕方にかけて吹く、ひんやりとした爽やかな風が思い出されます。

でも日本のは、もっと強烈です。まるで科学番組などでみる生物の成長の超早送り画像のように、日一日、一刻一刻、緑が生まれ、深まっていく。
つぼみが膨らみ、ほころんでいきます。

また匂いも、フランスのように、積極的にかぐと、「あぁ、ステキ。薔薇の香りね」なんていうのではなく、日本では、そこら中にもわんとした緑と甘い花の匂いが充満しているのです。

湿った空気の、その目に見えない水の粒子の中に、緑の匂いが籠もっていて、それが顔に触れる度にプチンと割れて、匂いがモワーンと広がるとでも言いますか。
そこら中が生きてるって感じです。
地球に生命体が宿ったのは酸素と水があったから、というのも、うんうん、と納得させられる、そんな説得力ある春です。

昔もこうでしたっけ。
きっとこうだったのよね。それが当たり前だと思ってたから気づかなかったんだと思う。
それとも、自らが生命力の塊だったから、この新しい生命の誕生なんかに構ってられなかったのかも?

そんな週末、なんと、うちの小さくて雑草が生い茂る庭に、モリーユ茸らしきモノを発見しました。
和名、編笠茸とはよく言ったもの。
フランスでは高級茸として、干して乾燥したモノをまた戻して、生クリームベースのソースの風味付けに使われています。
これを初めて食べた人は勇気があると思いませんか。
モリーユ茸すらも誕生させてしまう、日本の春。すごいパワーですね。
こんなに小さくて資源がない土地なのに、生命力はすごい。
圧されないように、このエネルギーを享受できますように。
花粉もあと少しだと言うし、頑張るゾ。

どうぞ良い一週間を~!


2015年4月7日火曜日

春、桜、イースター

昨日とは打って変わって、肌寒い今日の横浜です。
午後3時現在、気温は11℃。空はグレー。
まさに花冷えです。

そんな時こそ、桜の花をお見せしましょう。
お約束(?!)の、本牧界隈の、満開なる桜たちの写真をアップしますよ~。
根岸森林公園にて
この日もグレー掛かった空で、うすピンクが上手く撮れませんでした。
桜、桜、桜!
アップにも見事に耐えられる美しさ。(うらやましい)
森の中には花びらの小道
イースターの食卓にも
これは子猿たちがみなとみらいで拾った落ち桜
ちゃんと水が上がった!儚いなんて言われながらもしっかり生命力。
エライぞ、桜ちゃん。
ひよこチョコもウサギチョコも整列させられ
ジェダイの戦士にされていました……
本牧桜通り
昨日、遅すぎるよねぇ、と思いつつも三渓園にママチャリ飛ばして行きました。
いやぁ実に遅かった。悔しいから桜以外の花をパチリ。
雪柳
そして山吹
三渓園への桜道は薄ピンクのトンネル
今まで、どんなに勧めても良いカメラを持ちたがらなかった夫が、桜の美しさにやられて、
「次のプレゼントはカメラを頼む!」
ですって。
気持ちわかる。本物はこの写真より、もっと美しく、なんというか圧倒的で、あでやかで、息できないような迫って来るものがありました。
それにしても、日本の春は素敵過ぎます。

さて、桜はもう散ってしまい、イースターも終わり、新しい一年が始まりましたね。
イースターのミサで、
「復活、復活と言うけれど、生きるという苦行をもう一度やる、その気持ちが分かりますか」
と、ある老いた神父が言ったそうです。
何だか考えてしまいました。
復活だ、新学期だ、新しいスタートだ、と浮かれがちですが、実際にはそれがどんなに大変なことなのか、分かっている癖に、ついつい、春だ、何かいいことあるかな、と浮き浮きしてしまう。
浮き浮きしている場合ではない。
気を引き締めて、色々なトライに挑もうぞ。

みなさん、明日あさっては少し冷えるようですが、どうぞ風邪など召しませぬよう。
また行きます!





2015年4月5日日曜日

20年ぶりの中国旅行

西湖、靄が似合います
春休み、中国は杭州に行ってきました。
杭州は西湖で有名な街、中国では、10大美景地とされています。
そんな杭州を、フォトログをどうぞ!
しっとりとした緑。
日本のそれより少し濃いめです
ソメイヨシノもあちこちに…
柳が綺麗で綺麗で……
龍井(ロンジン)茶が有名。
茶畑は日本と似ている?
ご覧の通り、風光明媚な杭州。
私達は上海から新幹線で移動しました。1時間15分くらいです。
街には中国各地から見えたと思われる中国人観光客で混み合っていました。
中国にも、こうして観光旅行ができるミドルクラスができたのですね。
昔この地に住んでいた夫は、人ごみや車の多さに驚いていました。
こういう石仏のほか、お寺には金ぴかの大仏もおられます
そうそう、杭州には、中国には珍しくお寺が残っています。文化大革命の時に、見落とされていたため、壊されなくて済んだとのこと。拝観料がやたら高いのがむかついたけれど、東大寺サイズの境内に、ところ狭しと仏像があり、見応えありました。

帰りに上海も一応見ておこう、と一泊しました。
ロンドンのレスタースクエアのような南京通り
金ぴかのお寺(その名も静安寺)に苦笑し・・・
小籠包は押さえなくてはね
上海は、あまり好きじゃないな。
以前は自転車の洪水だったのが、超高級車が時折混ざっているけれど、基本ぼろ車の洪水に取って代わっただけで、その他、あまり20年の進化を感じることができませんでした。

それにしても、本当に、フェースブックやグーグルが繋がらないんですね、中国。
街中には、「愛国」と書かれたポスターがあり、ふと付けたTVでは間抜けな顔した日本人役の兵隊が、悪いことして、リッパな中国兵にしてやられるというドラマが放映されてました。
こういう教育は良くないと思うんだけど。

それでも個人レベルでは、私が日本人だと分かると、みんなが好意と好奇心を持って接してくれているように感じました。傲慢に聞こえるでしょうけど、中国人は日本人が好きだと思います。ただ言えない雰囲気なだけだと思う。

この国はこの先どうなるんでしょうね。富の分配が余りにもいびつなのが目に付くせいか、このままいくのかなぁ、と疑心暗鬼になりました。

ほかにも思ったことがありましたが、今はとりあえず、ここで筆を置きます。

明日から新学期。
頑張りましょうね!





2015年3月24日火曜日

桜


ポップコーンのはじけ始めのようなソメイヨシノ殿
上の写真は、先ほど元町公園で撮ったものです。
でも、肌寒いパリ、そして諸外国にお住まいの皆さん、羨むなかれ。
「寒いよ~」って嘆いているのはアナタだけではありません。
見た目とは裏腹に、なかなかダウンを手放せない、肌寒い今年の日本です。
オキーフの絵のような構図ですね
それにしても、日本の春がこんなに芳しく、花だらけだったことを忘れていました。
というより、こんな豊かさは知らなかったというべきか。
若い頃は、東京でしたし、ゆったりとした気持ちで花を愛でることもなかったように思われます。
これはコブシ?それとも木蓮?
近くの横浜本牧通りは、街路樹にソメイヨシノとコブシと木蓮が平行して植えられているという贅沢さ。
近くの公園も、見て、この華やぎかた!
Allez, もう一枚!
このフリスビーは、この後、なんと、まさにサンドイッチを頬張ろうと
したある方に直撃して、お昼を台無しにしてしまったのでした。
本当に申し訳ございませんでした。

(そしてつい笑っちゃって申し訳ございませんでした)
こんな最近は、また読書に耽ってました。
ちょっと哲学めいた本を読んだあと、偶然手に取った「楡家の人々」が素晴らしくて、しばらくはもう北杜夫です。
秀作に出会うと、それがどんなに暗い本でも、希望が湧いてきます。こんな作品を生み出せる人間というものの可能性に感動するのです。
山鳩も美しいこと!
パリの山鳩と違い和風に見えるのは私の色眼鏡でしょうか。
偶然にも、読んだ本たちは、「死」に対する考え方、こだわりで通じているところがありました。

「楡家…」の第三部は、戦争末期、不肖の孫たちも戦争に捕られ、東京大空襲では次々とたくさんの人が死んでいきます。
北杜夫本人をモデルにしたと言われる孫の一人、周二というキャラクターは、いつもびくびくしている弱虫です。これからも生きるということを前提にしているから、不安が一杯なのです。
それが、皆死ぬんだ、戦争に負け、日本人は一人残らず死ぬんだ、とある日、気づき、思い込む。すると、急に生き生きしてくる。「どうせ死ぬんだから……」とどこかやけっぱちな感じだけど、自我を見せ始めるのです。

ちなみに、この周二は、終戦を受け「え、死なないの? 」と拍子抜けします。そういう選択肢があるとは考えてもいなかったのです。
こうして死なずに済み、周二は折角得た生を張り切って生きる!
かというと、そんなフェアリーテイルにはならず……。
人間ってフクザツですね。

……などなど、死ぬことに焦点を当てることで、生きるということの意味を考えさせられる本たちでした。

こんな本たちに出会ったのも季節的な必然だったのかもしれません。
春って、生と死の季節なんだと思います。
例えばイースター。
イエス様の死と復活。
お友達のお母様に頂いたお手製ひよこと
ちび猿製の和風エッグ

私はこの季節になると、以前、イースター前の四旬節コンサートのパンフレットでみた、「In the midst of life, we are in death」という一文を思い出します。

この一文を見たとき、「はっ」としましたっけ。
パンフレットを読みながら、この文のところでしばらくじっとしていた自分、Little Oratory のチャペルの床のタイルの凝った模様、聴衆の靴音しか聞こえない静かな空気……そんな情景が今も思い出されます。
「生のまっただ中に居ながらにして、私達は死んでいる」
生を受けたのに、真摯に生きていないという怠惰を戒められているように感じたのです。

でも、この言葉の真の意味は、分かるようで分かりません。解説読んでも、神父様の言葉を聞いても分かるようで分からず、なので放置してあります。
ダメですねぇ。
河津桜は週末に八分咲きとなっていました。
そして春といえば、桜。
桜もやはり、「In the midst of ……」の連想ゲーム上にあるのです。(私にはね)

わーっと咲いて、さーっと散る。実を残さずに散る。
「お茶の世界では、桜は死を連想させる花とも考えられているので、お茶席で桜柄などを使える時期は桜が咲く前まで」
と教えていただいた時も、やはり「はっ」としたことを思い出します。
あの頃は20代後半、まだ若くて、自分のことで頭がいっぱいでしたが、あの瞬間は、人生の翳りのようなものに、周囲の照度が落ちたような気がしたもの。

あの頃は、人生は長いと思っていたけれど、
いやいや。
人生なんて、桜のように、あっという間に終わりの時が訪れそう。
瞬きしている間に、あの頃から20年経ってしまった今は、そう思います。

「歳月とは何なのか。その中で愚かに笑い、或いは悩み苦しみ、或いは惰性的に暮らしてゆく人間とは何なのか」
と、「楡家の人々」の解説で辻邦生氏が書かれていますが、これって、まさに私の歳月です。

こんなんでいいのかな、いいのかな。

あぁ、物事を掘り下げて哲学的に考えることができない私。
せめて、「惰性的に暮らす」のは極力避け、どうしょうもないときは、がむしゃらに頑張ろう、というのがとりあえずの思うところです。

次回は、満開の桜の写真を載せますぞ。乞うご期待!




2015年3月10日火曜日

3月11日に想うこと



明日は東北震災が起きて4年目ですね。
被災者、残された家族の方々はどのような想いで明日を迎えられるのでしょう。
亡くなられた方々の鎮魂と、生きていられる方々の心の傷が少しでも癒えますよう、
心よりお祈り申し上げます。

先日読んだ工学者の小出裕章氏の記事に、3/11を機に、『ああ、本当に良い時代は終わったんだな』という認識が広まった、と在りましたが、本当にそうだな、と思います。
3/11で、原発の問題が露呈されたとともに、政治家の無能さも報道され、安全神話が根底から揺るがされ、不安になったところに、安倍政権。そしてウクライナ、テロ。日本だけでなく、世界でも平和に対するコミットメントが薄れているように感じます。
最近我が家の仲間入りした起き上がり小法師たち
なすびが兄猿に似ている
そんなことを憂いていたところ、こんなグラフを見ました。
英エコノミスト誌(3月7日号)、「未消化の歴史  Undigested history」という、昨今の日本の歴史認識問題に対する解説と提案(?)記事の中にありました。
ドイツのドレスデンにおける空襲は欧州ではよく語られていて、歴史を知らない私でも知っておりますが、日本の空襲の犠牲者の数は諸外国ではあまり知られていませんが、実にその何十倍。圧倒的で数です。これを広島と長崎を合わせると、ざっと、50万人の犠牲者です。ハーフミリオンです。その酷さを実感するために比較すると、4年前に私達にあれほどの涙を流させた東北震災の死者・行方不明者が2万人ですから、その25倍です。
更に、この犠牲者は一般市民です。戦争に携わっていた人ではないのです。
なんとむごい。
だからこそ。
だからこそ、だからこそ、だからこそ。
だからこそ、もうこの戦争のことはページを繰るべきだと思うのです。
この数字を胸に刻み、犠牲者の悲しみを忘れない。でもページは捲って前に進もう。

東京裁判が勝者による審判だった、とか、原爆を投下したアメリカは国家として謝罪するべきだ、とか、色々思うし、聞くけれど、もうそんなことはいい。
勝者による審判だったかもしれないが、それを正そうとして動いた他国の裁判官。弁護士らが居たことに感謝しよう。そして、負けたらこうなることを知った上で、戦争という愚行をしたんだから、しょうがない、とも思います。謝罪の気持ちがない人に謝罪を求めても、またされても意味がないとも思います。

そんな過去は「消化」し、こんな悲劇が二度と起きないように、日本は世界においてどういうことができるか、ということを考えるべき。それが敗戦国としてのプライドだと思うのです。
ぐじぐじしているところなんて、見られたくない。胸を張って前に進む姿を世界に見せつけてやりたい。

平和憲法はその一つ。世界に対して、戦争はするな、という強いメッセージを発信する、有効な手段だと思います。どこかで、平和憲法をノーベル平和賞に推薦していると聞きましたが、そんな宣伝活動も良いと思います。

日本はずっとこの方向に進んでいたと思うのです。それが、不景気だったり、平和ぼけする中で、不幸な気持ちになってきて、その最中に3/11があって、その気持ちのやり場を外に、過去に向ける政治家やマスコミがいてメンドクサイことになっているんだと思う。
「いやーね、最近の日本」「ほんとほんと」
……と小鳥たちも言ってそうでしょ?
今日は東京大空襲から70年たった日だそうです。
そして明日は11日。
せっかく生きているんだから、まじめに生きなくちゃ、と思いました。
どうか、毎日こう思えますように。
すぐにだらけちゃったりしませんように。

(色々理解が浅いのに書きましたが、何卒お許しを)



2015年3月2日月曜日

インターナショナルスクール便り  ①アイスバーグ理論


もう3月!
って驚いている方は私だけではないでしょう。
いつの間にか、春が来てましたね。

「I blinked, and suddenly here I am」と、先日のアカデミー賞授与式にて、サウンド・オブ・ザ・ミュージックの50周年を迎えたジュリー・アンドリュースが言ってましたが、ほんとう。
10年、20年、30年なんて、瞬きしている間に過ぎ去ってしまうことを、この年になり知りました。
……ということで、チビ猿が8才になりました。
今年は、2月生まれのクラスメート、EくんとSちゃんと一緒にパーティ。
つい先日、7才の誕生日を祝ったのに、早すぎます、一年。
パリからこちら横浜に来て早9か月。
子猿たちがインターナショナルスクールに通い始めて6か月余り経ったところです。
いきなりフランス語環境から英語環境に放り込んで、大丈夫かなぁ、ま、大丈夫だよね、なんていい加減なことをしましたが、ま、結果としては大丈夫そうです。

メンタル面に関しては学校側のケアが手厚いことに助けられました。
一クラス12人前後と少人数制ですし、
サブ先生というのでしょうか、体育の先生、音楽の先生、英語の先生、休み時間に見てくれる先生、などたくさんの先生方が児童らを見守ってくれます。

英語に関しては、なんと言っても学校の言語は強い、というのが大きな引導力になっています。
友達と交わるためには英語が死活問題なことを、野生の子猿たち、本能的に察知し、一生懸命聞くわ、伝えるわで吸収が早い早い。

プラス英語はずるい。
子供にとっても英語は社会的な言語地位が高く、話せることはカッコいいのでしょう。
最初に覚えてきた言葉は「Oh my gosh!」。なにそれ、ですよねぇ。

兄猿は2ヶ月、チビ猿は4ヶ月でとりあえず読むのと話すのは80%OKになりました。
6ヶ月経った現在は、兄猿に関しては書くのも80%OKです。ちび猿は60%くらい。

一方の日本語の方は全然です。全く上手くなってない。
学校では週2時間授業がありますが、カタツムリのようなノッソリユックリな歩みです。
来る前は、日本に住んでいれば、それなりに上達するだろう、なんて甘いこと考えていましたが、ダメです。全くだめ。
このまま全く日本語が上達することなく、フランスに戻ることになると思います。

ああ、なんて残念、何とかならないの?と嘆く母猿、先日は学校の日本語の先生に、言語におけるアイスバーグ理論という考え方を教えて頂きました。
人の言語能力は氷山のように、見える部分は一部で、水面下に隠れている部分が大部分。
たとえ、話せる様になっても(見えてる部分)、根本にある言語能力がしっかりできていないとその言葉を使って考えることができず、学習力が付かない、ということでした。

先生曰く、「まずは英語においても氷山の下の部分、英語で考えることができるよう、応援してあげることが大切。」……英語で教育している学校ですからね。
「日本語は残念だけど、まぁ気長に、嫌いにならない程度に応援する、指導する、それが良いんじゃないですか」と。
でも漢字の練習はしようね!
そう納得したらもう焦らなくなりました(≈諦めた)。
それよりも、また瞬きしている間に終わるであろうあと1年余りの日本滞在中に、たくさん楽しい想い出を持ってもらって、少し大きくなったときに、
「日本語できるようになりたい」
と思ってもらえるよう、仕向ける方が得策よね。

日本に来たのに、英語にやられたぁ感がぬぐえなくもないですが、子猿たちにとっては日本語はラグジュアリー、英語は生きていくための便利なツール。(フランス語は生命線……かな? )
折角英語を体得する機会を賜ったのだから、頑張ってもらいましょう。

次回は、インターナショナルスクールでの勉強へのアプローチについてなど、お便りしたいと思います。