2018年11月8日木曜日

読書録 「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」



田舎では初霜が降りました
秋休みを終え、田舎から戻ってきました。
朝夕、わが家の前を、重いバックパックを背負った子供たちが、あっちの高校、こっちの学校へと行き交う日常に戻りました。
笑顔のこ、寝ぼけ顔の子、遅刻気味で焦った顔の子、チャリ、トロティネット(キックボード?)、駆け足、ノロノロ足。
パリ地方、ベルサイユは、これからぐんぐん日が短くなります。



そうだ、本題に入る前にお知らせ事項を一つ。
この度、光栄にも、日経グループが主催する女性のためのお祭りウーマンエキスポ にて、フランス貴族 の暮らしのエレガンスをお伝えする、メッセンジャーとしてお話する機会を頂きました。リード役は、新聞・テレビで活躍されているジャーナリスト、木村恭子氏です。 
2018年12月1日(土)16:20~17:00
参加費は無料ですが、事前申し込みをお願いしています↓
https://www.woman-expo.com/tokyo-wi…/session/session-detail…
東京ミッドタウン でお待ちしています

久しぶりにウォーキングに出発!

では、本題に戻り・・・・・・
秋といえば読書。久々に読書感想文、いきます!

最近読んだ本で、考えさせられたのは、小説好きの私にしては珍しい教養本。
「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」by 新井 紀子氏
電子書籍で読みました。

・・・・・・早速脱線しますが、キンドルなどの電子書籍端末はよくできていること!お陰でフランスに居ながらにして、日本で話題の本をすぐ読め、有難い限りです。

ただ、この二、三年、日本語・英語の小説をキンドルで読みましたが、実用・教養本などは電子書籍でもよいけど、小説や女性誌は紙媒体が読み易い、というのが私の結論です。やっぱり、心への残り方が違う気がします。
女性誌も、私の場合は、記事を読むと言うよりは、雰囲気に浸りたい。そういう「余韻」が味わえるのは紙ならでは、なのだと思います。

電子書籍の良いところは、フォントの大きさを変えられるので、老眼鏡なくても読めること。ですが、これがかえって、ページ感覚を損ない、集中力が削がれてしまう。

電子書籍は、文字に拘らず、画像・動画・音声と絡めた「作品」にしたら、よりバリューが高まるような気がしましたが、これはコストが掛かりすぎるのかな?


今まで、森の写真は難しかったのですが、
新しいスマホの自動修正機能によって、こんなにリアルに撮れました!
 さて、「AI vs・・・」
著者の新井氏は、数学者で、東大に合格するロボットを開発するプロジェクトを引導した方です。新井氏は、AI(人工知能)に対する誤解や過信が多いことを懸念され、理系でなくても分かる言葉でAIとは何か、と説明されています。
メインの話はそこよりも、東大ロボットを開発する過程で、東ロボのライバルたる現代の高校生達の学力を調べられたのですが、そこから判明した教育の問題点の方にフォーカスが当たっています。

まず、AIについて。
AI=人間と同格、もしくは超える知能、というのは未だ存在しないとのこと。
AI技術とはコンピューター技術、そしてコンピューターというのは計算機に過ぎない。人間の知能は持っていないということが丁寧に説明されています。

これは世間では常識なのかもしれませんが、私は知りませんでした。

私にとってAIというと、ペッパー君をイメージしていたのですが、ペッパー君も人工知能は持っていない。子猿たちにそれを伝えると、
「そうだよ、しゃべるiPadのようなものだよ」
と、彼らの方が良く分かっていること!

・・・・・・ちなみに著者は、人のようなロボットは好きではないと、どこかで述べてらっしゃいました。確かに、AIと聞くと何だか薄ら寒く感じる理由の一つには、マネキンのような人型ロボットをイメージするからではないでしょうか。私も、ロボットは是非ロボットらしい(R2D2とかBB8とか・・・・・・)容姿でいて貰いたいと思います。



そして教育問題に話は移行します。
現在の東大ロボットは、AI技術を使って、問題に対して正しい答えを選ぶところまでは開発が進んだのですが、問題の意味を「理解する」ことはできません。それがゆえ、東大レベルの試験問題だと、読解力がないがため、誤答が増えてしまうそう。

ただ、東ロボ君も、東大は無理だけど、MARCH(昔の六大学にようなもの?)は合格できるんですって。
でも、MARCHに合格できない高校生も沢山いるわけで、そうなると、高校生諸君の読解力はどうなってるの? と心配になりますよね?

そこで著者は調べられた。
すると、どうやら、多くの子供たちは、問題を読んでも、問題文の意味を正確に把握していない実情が見えてきた。例えば、数学の問題で、「○×を証明せよ」と問われているのに、結論だけをポーンと出してオシマイとか。問題が求めていることが「証明すること」だというのを、きちんと理解できていないのです。
うちの兄猿も、最初の頃、同じ間違いをやったなぁ、大丈夫かしら、と心配になってきます。
夕焼け、みたいでしょう?でも正解は、朝焼けでした!
息子だけではありません。漢字の読み違いについての調査の下りでは「これ、私だ」と冷や汗が・・・・・・。
中学生に、「学校、学習、勉学」など、小学校で習ったからもうテストでは問い正されない難易度が高くない漢字の読み方を聞くと、意外と読めないのだそうです。ある子は、全てに対して「がっこう」と答えたそう。何故?と聞くと、「『学』という漢字が出てくるときは、大概『学校』のことが多いから、一つくらいは当たる」、と答えたそう。
私は、ここまで酷くないですが、本を読むときなど、読めない熟語が出てきても、ちゃんと調べずに、「学がついているから、学校とか勉強って意味に違いない」と通り過ぎています。そうなると、私も、実は読んでいるつもりでも、正確に理解していない一人ではないか、と頭の中でアラームが鳴り始めました。


これも朝7時過ぎの風景
さっきから、「文章と関係ない写真が出てくるんだけど」、と思っている方、いえいえ、ここで繋がります。

田舎からベルサイユに帰る道々。(ね、繋がったでしょ?)
車窓からは、菜の花畑や緑の葉っぱばギュッと詰まって生えている畑などが続きます。夏の終わりには、黄金色のトウモロコシや大麦畑だったのに「二期作」ってやつ?と昔倣った熟語が思い浮かびます。

夫が子猿たちに質問します。「こういう畑のサイクルは何て言う?去年学校で習ったよね?一年目には麦、二年目には別の作物、三年目は休耕させ牛たちを放つ、そうやって土地を疲弊させない」・・・・・・そんな会話を聞きながら、日本でも同じようなことしているのかしら、思い出せないわ、と話すと、
「もしかしたら日本は狭いから休耕するできないのかも」「日本はとにかく水田だから色々育てられないのかも」「日本は土地が豊かだから休ませる必要がないのかも」とフランス人3人は口々に自分の推察を口にします。
・・・・・・それを聞きながら私の頭の中に「関東ローム層、赤土」という言葉が蘇る。でも、それって何?思い出せません。確か、それがゆえ、農業は難しかったような。
でも男子らは、「火山によって、ミネラル豊富な土地になるんじゃないの?」という。確かに美味しいワインができそうだけど、そういうものなの? 私、分からない。

次のトピックは男子三人のお得意、歴史。そして何故かチューダー朝の話となります。私はこう見えて史学科出身、それも英国史専攻なのですが、笑っちゃうくらい全てを忘れています。マグナカルタ、清教徒革命、名誉革命と名称と年号も覚えているけれど、それが歴史上、何を意味したのか、まるで覚えていません。その昔、その意義を丸暗記したと思われますが、理解はしていなかった、いやしようとしなかった。それゆえ、11歳のチビ猿にすら何も教えて上げられないのです。

著者は「今の子供たちは読んだものをリアルに想像できない」と述べられていましたが、
いえいえ、子供たちだけではありません。私もです。

やはり、丸暗記の詰め込み勉強は意味がない、と痛感しました。
沢山の言葉・熟語を覚えましたが、それが、何を意味しているのか、現実と繋がっていません。
フランスでは、子供のうちに沢山暗記すると記憶力が育つと言われていますが、私は信憑性が薄いと思います。小学校の時から学校では詩を丸暗記させますが、その叙情が感じられないのなら、意味がないと思う。
少なくとも、それよりも考える力をつける方が優先度高し、だと思う。


どうしたの?
最後に、この本を読んで、だから私は筆が遅いんだ、と分かりました。
語彙が少ない、そして正確性に欠けるから、文章を綴っても、言いたいことと微妙にズレていく。読解力は発信力に繋がっていますからね。
グワーン、グワーンと頭の中で警鐘が激しく鳴りました。

でも、大丈夫です。能天気なことが唯一の取り柄のワタクシ。
こうして、自分の足り無さを知ることは、一歩前進するための、土壌造り。
気を取り直して、物書き、続けます。

それにしても、勉強になりました。
子育て中の方、教育者の方、また、仕事で「若い人とコミュニケーションが何か噛み合わないなぁ」、と思っている方などなど、お薦めします。


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いや~、読書って本当に良いですね
また行きます!