2015年5月20日水曜日

刑務所に行ってきました!

昨日は実に希有な体験をしたのでちょっとシェアをしたいと思います。
生まれて初めて(そして最後であって欲しい)刑務所を訪れたのです。

教会の慈善活動の一環として、日本の刑務所に収容されているフランス人服役者と話をする、というのをやっているフランス人の知人から頼まれて、の訪問でした。フランス語の会話を日本語に通訳して警務員に伝えるというのが私の役目です。

正直言って、最初から気乗りしなかったのですが、この知人の熱意に圧されて行ってきました。気乗りしない理由は、

まず、そういうおどろおどろしい精神が集まっているところに行きたくない。ネガティブな「気」に私を侵略されたくない。

知人の言っていることに同調できない。
彼女は、服役者である「老人」が孤独で知らない言葉を話す国にて投獄されているのがかわいそう、かわいそう、という。
私は、「大人」なんだし、海外で犯罪を犯し捕まったらこういうことになる、ということを分かっているべきだ、と思うのです。

こんなに自己中で冷たい私がなぜ、こんな賛同できない慈善活動に付き合わなくちゃいけないの?と思いつつも、断り切れなくて行ってきたのです。とほほ。

さて、遠方はるばる日本の最大の刑務所というところの面会室に到着してみれば、「ネガティブな気」すら感じることできないような、簡素で消毒されきった建物です。

面会に来ている方々、数名とすれ違いましたが、皆さん、色々な、実に色々な背景から来ていることが一目瞭然です。

待合室、いかにも場慣れしている方たちのことは置いておいて、
小柄な身体にマスク姿の若い女性、誰が投獄されていて、どんな事情があったのだろう、と考えるだけで胸がちくっと痛みます。

年配のおばあさんは、泣き顔のような表情で缶コーヒーをすすり、待合い室のテレビから流れるワイドショーのしょうもないジョークに、泣き顔のままで笑みを浮かべます。長い人生を送っているうちに、気づいたら泣き顔のような顔になってしまったのでしょう。顔面マッサージでもして元に戻したくなる......。

私の横で、初めから興奮気味だった知人はますます落ち着きをなくし、ぶつぶつとお祈りを唱えるわ、「あ、鍵がない!」「ここにある(私)」、「担当官にああ言え、こう言え、これ訊いて」「必要に応じて訊く(私)}ともうメンドクサイ!

幸い、余り待つことなく、面会となりました。
知人より、散々「気の毒な」服役者のことを聞いていたから、よぼよぼのおじいさんが出てくるのかと思いきや、がっしりとした初老の男性です。フランスの街角によくある「何でも屋」をやっていそうな、ちょっと愛嬌があるけれど、おつりをしっかり確かめたくなるような、下世話なジョークとか言いそうな、そんな、どこにでもいそうなおじさんです。

でも、もちろん辛そう。始めから涙を流しながら、自分の苦境を話します。
彼の顔を見ると、私も胸が詰まるので見ないようにして、会話内容を警務員に伝えます。

早くフランスに戻りたい、自分はここで日々死につつある、と言います。
家族に会いたいと言います。
希望を持っていたフェーズは過ぎ、今は絶望の中にいる、と涙流します。
孫を抱きたいと言います。
子供たちに、母の日(フランスでは5月末)に、奥さんに薔薇の花を贈るように伝えて欲しい、と言います。
僕のために、神に祈ってほしい、と言います。

それを聞きながら、知人は、一生懸命励まし、希望の光を一緒に探そう、と言ってます。

そんな知人の優しさ、明るさに胸を打たれながら、
服役者に対しては、「このバカモノが!」という怒りと、どうしようもない同情が同時に湧き上がり、感情の渦です。

このバカ!こんなに「辛い辛い」というような状況を自ら作って、大馬鹿者。家族がどんなに悲しい思いをしているか。辛い辛いと自分のことしか言わないけれど、家族がどんな思いをしているか、考えたことあるのか。何をしたか知らないけれど、被害者のことを考えたことあるのか。
何が薔薇の花。何が絶望。ばかばか。

だけど、目の前にはしょぼくれたおっさんが涙を流している。その涙を見ちゃうとこっちだって辛い。

子供がグレかかったら、こういう情けないおっさんを見せてやったら効果高いと思う。
道を外したら、どんなことになるのか。自由を失うことというのがどういうことなのか。どれだけの人を悲しませることになるのか。あんな惨めなのみたら、いい加減に生きるのは止めよう、と思うと思う。

あのおっさんに、心の平安が訪れますように。



帰り道には、この服役者のために気持ちがどよーんとしている知人の気持ちを切り替えるべく、彼女の話、彼女との共通の知人の近況などに話題を振ります。

今まで、ちょっとした集まりでしか話したことがなかった彼女だけど、明るく、一直線なキャラな一方で、色々と苦労されているよう。
共通の知人らの話も、普段は楽しく歌歌ったり、勉強したりという付き合いでしたが、皆さん、色々、本当に色々な想いを抱えていることを聞き、何だか心がしーんとしました。
普段会う彼女らは、カルチャーオバサンとでもいうか、あれやこれやと学習欲旺盛、知的好奇心旺盛、楽しむことに貪欲な明るい方たちなのに......。

皆さんの苦労の大きさに、胸がずきずき痛むと同時に、そんな重荷を背負いつつ、人生を楽しもうとする不屈の精神力に大リスペクト、人間の底力にひれ伏したくなり。

大馬鹿で自分のことしか考えられない情けない罪人も人間なら、こんなに壮大なドラマを傷つきながらも生き抜いている彼女らも人間。

心の振り子がブンブン振れた帰途でした。

そんなかんなで、昨日は、怒り、悲しみ、感動とジェットコースターの一日で、昨夜は9時過ぎにバタンキューでした。

今日は休養日。外出の予定がない一日でほっと一息つけそうです。
皆さん、週の後半戦も頑張りましょう!
また行きます!

6 件のコメント:

  1. 『あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせ、かわいていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し、裸であったときに着せ、病気のときに見舞い、獄にいたときに尋ねてくれたからである』
    『主よ、いつ、わたしたちは、あなたが空腹であるのを見て食物をめぐみ、かわいているのを見て飲ませましたか。いつあなたが旅人であるのを見て宿を貸し、裸なのを見て着せましたか。また、いつあなたが病気をし、獄にいるのを見て、あなたの所に参りましたか』
    『あなたがたによく言っておく。わたしのきょうだいであるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである』
    ・・・でも、美紀さんは、(最後であって欲しい)んですね。ちょっとがっかり。

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  2. 匿名様、
    コメントをありがとうございます。本当に、この刑務所訪問を引導をしてくれた友のように慈悲深い心を持てるようになりたいものです。精進できますように、と祈っているところです。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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  3. 美紀さんの考えに共感しました。危うい時期の子どもにも見て欲しいです。(上の子の友達で、悪いのに染まりかかってる子がぼつぼついます。)
    力強い文章、引き込まれました。

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    1. みほっちさん、コメントありがとうございます!!本当に刑務所は恐ろしいところだと思いました。会いたい人に会えない、みたいものをみれない、自由が束縛されることって実感もって考えるのが難しい国に暮らしているだけに、刑務所に行くってこういうことなんだぁ、というの、行くことになる前に気づいて欲しいですね、グレかかっている子供たち。
      ご声援もありがとうございます。頑張ります!

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  4. (最後であってほしい)って正直でいいと思います。でも読みながらハラハラ。ブログの終わりで、毎週通おうなんて心変わりされたらどうしようと。笑。最後まで辛口で面白かったです。よそで拝見して、大好きだった伯爵夫人がのりうつっているような!でも自分のお子さんの反面教師にまでしたらちょっとかわいそうかなー、どういうワケがあってこうなったか分からないですしね。フランスって、日本の普通の人からは想像も及ばない辛い境遇の人がいるようですし… でもこういう人でも信仰心があるのがすごいですね。神様が何もしてくれなくても、信じると何か救われるのか、神様なんかいるわけないじゃん派の自分には新鮮でした。

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    1. 匿名様、コメントをありがとうございます。ぶぶぶっと笑ってしまいました。伯爵夫人の理不尽さがついに乗り移ってしまってますか。マズいです。
      そうですよね、反面教師にされちゃったらただ働きもいい加減にしてくれよ!と囚人さんから怒られるってものですよね。失礼いたしました。罪って表面化した部分で、そこに至った経緯というのは、生まれた時から始まってて、何故このような結果になったのか、誰にも分からないですものね。。。
      連れて行ってくれた友達は、「暗闇の中でパニックして溺れそうな時期があったけれど、神様にお祈りしているうちに、気持ちが落ち着いて呼吸できるようになった。アナタにもそんな平安が訪れますように」と言ってました。これには、辛口の私も、ちょっと涙ぐんでしまいました。人生って色々ですね。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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