2018年6月25日月曜日

寂しいフランス人

フランスの6月は花盛り。普通の自転車道も花・花・花!
皆様、お元気でお過ごしでしょうか。
こちらはベルサイユに越してきてから、2度目の初夏を迎えています。

気づくと、地元にも友達と呼べる人が何人も出来ていました。ベルサイエ(ベルサイユ人のことをそう呼ぶそうです)は、日本でいう京都の人のように、「コンサバよ、お高くとまっているわよ、外様は馴染めないわよ」と言われていたのですが、中々どうして、ベルサイエ・マダムは、オープンでフレンドリーなのです。


そんな中最近、友情というものについて、少し考えることがありました。



6月生まれの兄猿。
パーティではスイカのポンチが好評でした。
親愛なるN家のレシピです。スイカとセブンナップ。
一つには先日読んだ、村上春樹の「色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年」という小説に、ある記憶を呼び起こされたから。
私はアンチ・ハルキストなのですが、この人のストーリーテリングの巧さにはシャポーですね。好きでないのに読まされてしまう。

この小説を読み、ふと昔自分に起きたことや、忘れていた安心感というのでしょうか、友情の心地よさを思い出したのです。

主人公の多崎つくるは、高校のときに完璧なまでに気の合う仲良しグループに属していたのですが、大学に入ってしばらくしたときに、突然彼らより絶縁され、
ショックを受けます。

みなさんはそういう経験ありませんか?突然、仲良しに嫌われて、ワケわからないという。

私はあります。その昔、その頃には15年も付き合ってきた仲良しの女友達に、突然、嫌われたのです。すっかり分かり合えている仲だと思っていたので本当にびっくりしました。理由を聞いても、「自分の胸に聞いてみて」と、まるで小説の多崎つくると同じようなセリフを投げ渡されましたっけ。
何故嫌われたのかは未だにわかりません。
随分長いこと気になりましたが、何年かすると、「しょうがない」と諦めることもできました。
多崎つくる風にいえば、
「スコッチの水割りを二回スターし、寂しい苦笑いを浮かべページを繰った。店ではビーチボーイズの ”God only knows”が流れていた(村上春樹風のつもり☺)」

今は彼女に対して、怒りとか不愉快さもなければ、私の何かが彼女にネガティブな気持ちを呼び起こしてしまったのだろう、ということに反省する気持ちもありません。

ただただ、残念だという。
折角、縁あって15年も付き合っていたのに、ブツっと切れてしまったことが残念です。
だって、人生という、限りある時間の、15年も繋がっていた縁なのに、こういう形で終わると、あなたと過ごした15ページは黒塗りかいな、という感じではないですか。
このまま、すれ違ったままとなるか、それともまた縁あって再会できるかは、
ほんと、God only knows、です。
また、フランスは、学年始まりが9月、終わりが6月。
初等部卒業のチビ猿のために、こんなのを作ってみました。
何か分かりますか?アメリカの大学の卒業式風に、
学帽を被っているカップケーキのつもり

小説に戻ると、多崎つくるにとっては、この決別が大きなトラウマになっている。そこで彼は、小説の後半で「巡礼」の旅にでます。5人グループだった4人のところに個別に訪れ、あの時はどうしてボクを切ったのか、尋ねるのです。そしてそれぞれと和解をします。


クロという女性とは、和解するだけでなく、つくるは心のうちを全て明かして自分の過去、今の悩みを話します。

そこの部分を読んでいたら、何とも温かい気持ちになりました。
若かったころはこんな風に、自分の全てを見せて話した相手がいたなぁ、話す時間があったなぁ、と懐かしくなったのです。

今でもそういう友達は幾人かいますが、とにかく、みんな忙しいし、今はそれぞれ一生懸命なフェーズだし、私はフランスなんぞに住んでいるし、中々そういう時間が持てずにいます。

珠に帰省したときには逢っていますが、こういう風に、胸の内を上手に開くのは、意外と難しい。神様の思し召しというか、タイミングや気運、場所、時間が大切で、たとえ信頼している相手でも、言葉スムーズに出てこない、何か気が散っていて、じっくり話す気になれない、聞く心が持てなかったりします。
それでもそういう友人らがいるというだけで、十分幸せなのですが。

でも、友情って難しいな、と思います。

これからどんどん難しくなるんだろうな、とも思います。

友達関係って、慣れが必要なものなんだと思う。

子供のころ、そして学生のころ、職場によるけれど新卒のころは、しょっちゅう顔を合わせて、遊び、しゃべり、時間を共有するから、友達という関係にも「慣れてて」、自然に自分のことを話し、相手のことを知り、よって友情が更に育まれる。
でも大人になると共有する時間はぐっと少なくなり、
お互い知らない世界を築き、知らないしがらみがあって、
久しぶり逢うと、そんな知らない一面を見てしまって、でも、それを乗り越えて友情を継続しようと努力する。
でも努力って続かない。
いや、そんなことを言ってはいけない。
頑張ろう。
でも疲れる。
一人でいいっかな。
・・・・・・となりかねません。


写真を花にもどします。
今は薔薇が終わってシャクヤクの季節。
このシャクヤクは珊瑚という名前で、どんどん色が変化すると聞き購入。
マルシェで12ユーロ、換算すると1500円くらいかしら?
さて、話変わって二か月くらい前のこと。

子どもが同じ学校に通う親御さんとして見知っているマダム、Aさんが、涙を流しながら歩いている姿を車道から見かけました。

そのあと、Aさんの涙の理由が、そんなに親しくない私の耳にも入ってきました。
何やら旦那さんが出て行っちゃったらしい。おやおやと同情し、私の中ではそれでおしまいでした。

それが、先月、図書室のボランティアに行くと、何やらいつものメンツが、輪になってしんみりと話しています。見ると、そこにAさんもいました。

私は木曜日チームで、その日は古くなった本の修理や、新書にビニールカバーを付けるという作業の日。他の曜日には子供たちに読み聞かせたり、先生と一緒にアトリエを手伝う日もあり、Aさんはそこで活躍している、と、そう言えば聞いていました。だから、Aさんが木曜日であろうと図書室にいてもいいんだけど・・・・・・。

この日もAさんは目を腫らして泣いていました。

これは新参の私はお呼びでなかったのかも、と戸惑っていると、
「ミキ、ほら、ここ空いているわよ。Aの話を聞いてあげて」
と図書室長で、皆の「ボンママン(おばあちゃん)」的存在のアリアンがいつもの優しさと気配りで私を仲間に入れてくれます。そしてAさんも、
「ミキも私のために祈って。もうくじけそうでね」と泣き崩れました。
代わりに隣にいるクレールが、事の次第を説明してくれます。

うわさ通り、Aさんのご主人は「ほかに好きな人が出来た。君とは暮らせない」といって出て行ってしまったそうです。それが3カ月前のこと。今は弁護士も入って、養育権のこと、財産分与などについて話がつきつつある、と。今の住居にAさんと息子さんはそのまま住んでいいけれど、月に10日はご主人が息子と過ごすために来るので、その間、Aさんは家を明け渡さなくてはならないそう。

確かに、子供が移動するより親が動く方がいいとは思うけど、Aさんは月の1/3は家に戻れないというのもむごいですね。
この日は「戻ってはいけない10日」の中日で、Aさんはご実家で何をしたらいいのか分からずに、気づいたら学校に来てた、ということでした。

なんという悲劇。「私が強くなれるように、祈って」というAさんに、「ええ、ええ」と頷くつつ、

同時に、なんとオープンな悲劇なんだろう、とも思いました。
私が同じ立ち場だったら、こんな風に、みんなに周知したのだろうか。うわさに尾鰭をつけないためにはそうした方が得策なのかも? でも・・・・・・。


これが上のシャクヤクのその後です。Day4とDay6
もう今日で終わりかな。この淡黄色のが優しくてじつは一番好きかも。

拙書、「フランス伯爵夫人に学ぶ...」にも書きましたが、フランス人っていうのは、実に用心深いところがあります。自分の、プライベートな話や弱みを見せるような話を余りしません。強気で、万事上手くいってるわ、と鼻高々なことしか話さない。これがプライドの問題なのか、見栄っ張りと呼ぶべきなのかわかりませんが、とにかく日本人のように正直ベースの話など、滅多にしません。

もっと言えば、分裂症気味なところもあり、口で言っていることと、実際に思っていること、やっていることが見事に乖離していることも多い。
「なんかすごい勢いでフランス人を一般化している」、と思う人もいるでしょうが、この私の暴論に、うんうん、と頷いている在仏邦人も多いと思う。

そんな私の「フランス人観」を真っ向から否定するような、マダムAの公開悲劇。超プライベートだし、超オープンに話すし、これは何を意味しているんだろう、と考えました。

じつは、これに似たケースに既に遭遇していますし、何なんだろう、フランス人。やっぱり分裂症気味?

そこで、ふと思ったのは、みなさん、じつは寂しいのかな、ということです。


ベルサイエ・マダム達は、社交バタフライして、いつも友達に囲まれているようだけど、じつは、多崎つくるとクロのような、心が通い合っている友達がいなくて、こういう大悲劇を前に混乱し、取りあえず誰かに聞いて貰いたい、と、しゃべりまくっているのではないか。
いや、昔の学生時代の友達にも聞いて貰ったけれど、変なときに電話かけてしまったのか、昔のように心が通い合わなくて、それで寂しさも増長してしまって、聞いてくれる人がいたら話しているのだろうか。


これが日本の紫陽花だと分かった人は
フランス通。フランスの紫陽花は、水が違うのか土壌の問題なのか、
こういう蒼は出ないんです

・・・・・・長くなってしまうのが私の悪い癖。
以上、最近友情ということについてポロポロと考えていたことをまとめてみました。

多分この先も、学生時代のように、心の内側を全部見せ合う、そして感情の最後の一滴までを見せ合う、そういう友情の育みかたはできないのでしょうね。
けれど、年を重ねた人だけができる、互いへの労りと相手への理解をもって、友情を大切に継続したいな、と思います。

少し寂しい気もするけれど、寂しさは大人であることの必須条件でもあるわけで。

最後まで読んで下さってありがとう。
不定期となりますが、また行きます!

追伸 最近何故だか、私自身がコメント欄になにも残せないようになってしまって、今津してなのか、調べているところです。コメントに返信出来ずに申し訳ございません!

2 件のコメント:

  1. こんにちは美紀さん。
    新婚旅行でパリに行ってきました。
    この時期は花が美しいですね。
    芍薬にはお目にかかれなかったけど
    バラが満開でした^^

    私もありました!フランス人は愛国心と
    プライドが高くて意地悪フィルター!(笑)
    ですが絶対楽しい旅行にする!
    と決意して出かけたら彼らは英語も通じたし
    とても親切でした。
    そこで分かったのは結局人は自分の思い込みで
    他人を、世界を見ているということでした。

    美紀さんの中のフランス人はこう!と言う
    フィルター、一度3歩くらい下がって
    客観的に見たら彼女たちが違って
    見えるかもしれませんよ。

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  2. はじめまして。『フランス伯爵夫人に学ぶ 美しく、上質に暮らす45のルール』拝読いたしました。昨日購入し、おもしろくてあっという間に読んでしまいました。貴族とは果てしなく程遠いワーキングクラスの私ですが、社交場での話題の選び方や、タブー、大人としての心構えなど、学ぶところがたくさんありました。
    ところで、働く貴族の方や、貴族とまでいかずともミドルクラス?のフランス人のオフィスファッションはどのような感じでしょうか。30代内勤で、新人でもないし…スーツ着るほどでもないし…と迷走中です。機会がありましたらぜひそうした記事も読んでみたいです。

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