2014年9月27日土曜日

「女」である喜び

今日の横浜は最高気温が21℃、垣根からは金木犀の香りが夕風に乗って漂ってきてて、梅雨入り宣言ならぬ、秋入り宣言。
秋始まってますね。

先ほどはお風呂場にて蚊の死体を見つけました。25℃以下だと蚊は生息できないとか。
この調子、この調子……。

今夜は近くのパスタ屋に行くことを子猿たちに約束させられたので、家事からも解放され、お気楽な夕暮れです。
影法師も長くなり……
さて、秋と言えば、読書の秋。
外食ウッシッシ、手抜きだウッシッシ、と喜ぶは私とは対照的な、女の鏡、働き者の代名詞、幸田文さんにはまっています。

幸田文といえば幸田露伴の娘さんです。
恥ずかしながら露伴を読んだことないのですが、幸田文さんの本は通して、読者に対し、「私は露伴の娘だというだけで、大した文筆家ではないのです」という明確な立ち位置を念押ししてきます。いやいや、露伴さんもすごいのでしょうが、文さん、素晴らしいです。
でも、そういう、控えめな姿勢が素敵。
「控えめ」であり「謙遜」スピリッツ蔓延なのですが、「自信がない、弱気」というのとは違います。
強いです、幸田文。この微妙な加減、すてきです。

そして、なんという才能なんでしょう。
ほとばしる感受性が一語一語にはじき出ている。
きっとその生涯においては、露伴の娘だから得られた縁もあったでしょうが、家族愛に恵まれなかった幼少があり、あの時代に子連れ離婚もしているし、けっして幸福なお嬢さん人生を歩まれなかったようです。
いつか、宮沢りえちゃんが、インタビューで「大切なものは何か」と尋ねられ、
「悲しいことがあると、嬉しいことがある、とても悲しいことのあとにはとても嬉しいことがある。この感情の振り子を大切にしたい」
と答えているのを聞いたことがあります。
感受性って、やはり悲しみの中で磨かれるのかな。

幸田文さん、端々から、自分に正直に生きること、愛情や誠実を表すことに真摯にだったことが伺えます。……それは、時には、献立を考える、料理をするという「女っぽい」ことを通してだったりで、グータラ主婦の私ですが、「わかる!」「あ、一緒!」と共鳴すること多々。

自分の感情を出す、抑える、抑えきれない、でも抑えなくてはいけない、という、明治の終わりに生まれ、戦争をくぐり向けた、当時の女性の日常の葛藤を鮮やかに書き記してて、ま、言ってしまえばそれだけなんですが、これが立派な文学となっていることに目がウロコです。

何がって、そうだよね、日常って、小説よりも奇なりというくらい、小さなドラマがいっぱいあって、振り返ってみると、結構すさまじかったりするもんね。それをこんなに美しく鮮明に書き記したら、それは立派な文学、芸術だよね。
奇をてらう、最近の暴力的だったり性的で世紀末的な小説より、よっぽどいい。
よく生きよう、しゃんとしよう、という気持ちになります。


毎度おなじみ三溪園!
もうすぐこの深緑が色づいてくるんだろうな
幸田文さんを読むかたがた、18年ぶりにお花のお稽古を再開したところでもあり。
超不真面目な私をまた引き受けてくださった先生に感謝です。

第一回目のお稽古はこんな感じ。
先生、ごめんなさ~い!
真の枝を逆に入れてしまった
先生がお手本にと、花器に一本ずつ花を挿されると、まるで聖書の創世記のように、地が創られ、天が創られ、やがて生命が宿る。
鬱蒼とした緑、菊の香しさ、空の向こう側にまた小花が咲いている、そんな森羅万象が創られていく……私も歳ですかね、見てたら何だかグッときちゃった。


お稽古のあと、先生と二人で、「このお菓子、どう思う?」「この花器、素敵ですね」と、女ならではのトピックでおしゃべりする。もちろん、男の人でもいいんですけど、女の感性で意見を交わすときに、ドンピシャリな感じは、悪いけど、女同士ならでは。

あぁ、女っていい!
そんなことを思う初秋の夜。

明日からまた少し暖かくなるのかな?
いずれにせよ、どうぞ皆様ご自愛を~。

2014年9月17日水曜日

幸福論 (……大げさですが!)

ちょっと前に、子猿たちを学校に送り込んで帰ってきました。
風はもうすっかり秋。
朝夕はとても過ごしやすいこの頃です。

今年は強烈に暑い夏だったけれど、8月終わりから秋が始まったのはよかった。
振り返ると、どうやってあの暑く、忙しい夏をこなしたのか。
プールに動物園にとよくもまぁ動いたこと。

……などと顧みる余裕が出てきたあたり、新学期も落ち着いてきたということでしょう。

子猿たちの学校生活もリズムが見えてきました。
放課後活動も、剣道クラブとフランス語の補習があり、ピアノの練習も再開しましたし、多忙な子猿たちです。

登下校、保護者と一緒が原則のフランスの児童と違い、日本の子供たちは一人で学校に行きますが、それには相変わらず躊躇いが……。
ま、もう少し様子を見てみます。
それでも母猿とは交差点でグッバイ。
階段からは2人で登校するようになりました。
母猿も、少し落ち着いてきました。
先日は、パリに居る時から気になっていた本、日本語で書くということ というものと、日本語で読むということ、さらに、辻邦生氏との書簡集、手紙、栞を添えての三冊を入手したので、どっぷりと水村美苗さんの世界にはまっています。
水村美苗さん、やっぱりいいわぁ。

水村氏は、とにかく漱石などの日本文学がお好きとのことで、エッセーにはそれらの分析や思い入れが描かれている。それを読んでいると、日本文学に余り反応したことない私でも、読んでみたくなります。

水村氏、そして辻氏の話を読んでいると、その知性も素晴らしいのですが、こんなに好きな物があって良かった、そしてその喜びを分かち合える人がいて良かった、さらには、それを創りだすこともできて良かった、という、彼らの幸せを感じます。

水村氏の、ベッドに寝転がって、おせんべいかじりながら漱石を開くと、実際にはそこがアメリカであろうと、自分のマンションの一室であろうと、頭の中は、彼女が大好きな時代……七輪があって、着物姿のお延が佇む、といった世界に浸れる、その幸福感は、読書が好きな人なら大なり小なり似た体験をしたことがあるでしょう。

辻邦生氏は、学者だった奥様と、寝枕で芭蕉の歌の連想ゲーム(だっけ?)を楽しんだり、と、凡人とは違うレベルで文化に親しんでらして、なんと贅沢なことだろう、と思いました。

幸福、贅沢、と言ったものが、こういうことを指すんだ、と今、あらためて実感を持って確認した思いです。

というのも、いつの間にか、「幸福、贅沢 ≒ お金持ち」、という風に捉えるようになっていたようです。
また、金持ちになる=人生の勝者、という概念に呑みこまれかかっていたよう。

金持ちになれなかった自分は敗者とは思わなんでも、「ちっ、この程度の人生かい」と、心のどこかで自分を嘲笑う気持ちが潜んでいないとも言えない。

でも、水村美苗さんのエッセーや辻邦生さんの話を読んでいると、彼らにとっては、お金なんてほどほどあれば御の字で、自分の知性をストレッチさせてくれるような本やそれにまつわる人々と、どれだけたくさん出会ったか、という想い出が人生の宝物のようです。そして、お互いの「想い出カード」を競うかのように交換しているのが微笑ましく、羨ましく。

幸せとか贅沢とかって、きっと、好きなものを知ってって、それに没頭することができて、そうすることによって自分が高められることを感じている状態なのかな。

週末の三溪園。日差しが秋でしょう?
私の場合はなんだろう……。
今は子育てが筆頭かな。子猿たちが元気に成長している様子を見ると、何とも言えない喜びを感じます。そして見返りを求めない愛情を幾らでも注げる自分がいることに「すごいじゃん」と思う。
親だから当たり前のことですが、ちょっと前まで自分のことしか考えない若人だったことを思うと、私も進歩してるのかな、なんて思うのですよ。 

あとは、読書、書くこと。
でも好きなのにマジメに没頭していない!
もっと読もう、もっと書こう。

……ということで、この秋は、ブック・クラブなるものに入ってみました。その様子はまたいつかお知らせしますね。
皆様も、素敵な秋を過ごされますよう……。

2014年9月6日土曜日

親愛なる女性達へ


今週は、悲喜こもごもとはこのこと!な一週間でした。


夏の終わり……Insead時代の旧友が永眠についたのは何年前のことでしょう。

キャリア志向で頑張り屋さんだったヨウコさん。
ひょんなことから「久々に繋がったね!」と喜んでいたら、天に召されてしまった。
病院で再会した時は、ダイアモンドのように目をキラキラとさせながら、「ある意味、病気になってから『生きてる』と感じる」って言ってたっけ。

そんなことを思い出していたら、ヨウコさんの命日の翌日に、ヨウコさん同様、パリを愛してたもう一人の友人が永眠に就かれたという連絡が入りました。

カヨさん、「これから」って時だったのに。
闘病について、ユーモラスに語られてた。それでも、その端々から受け取るメッセージは「まだ生きたい」だったのに、早過ぎるわ。
それでも、ちょっと前の誕生日のメッセージには、「運命に感謝」とありました。

もう一人、若くして逝ってしまったバイト仲間のマコちゃんは、辛い辛い闘病だったのに、思い残すことが多すぎるほどあっただろうに、それでも「人生、良かった」と言って眠りに就かれたと聞いています。


「生きた」ことって、「生きる」って、そんなに素晴らしいことなのね。

頼もしいメッセージをありがとう。



……そんな中、先週は、女子大時代とANA時代のComarades(戦友?)たちとの同窓会もありました。

この歳で、この時代に、元気な姿で再会できるって、すごいことだね、ありがとう。

皆、幸せそうな笑顔で、また会えたことを喜んでいました。

目がキラキラしてたのは、きっとちょっと潤んでたからだよね。

でも、きっと、みんな、ちょっとした不幸も抱えてたりする?

だって、人生の折り返し地点まできたんだもんね。
だからこそ、再会できたことが嬉しくて、ありがたくって、笑っちゃうんだと思う。

女子大、新卒時代の小娘だったころは、幸せになれるのか、ちょっと不安もあったけれど、結構自信たっぷりだったと思う。幸せになれるにちがいない、「だってそういうものでしょう?」 って。

それが、世間の荒波に揉まれるうちに、「私、本当に幸せになれるんだろうか」と不安の方が大きくなった時期もあったような。
そして色々なハプニングを経験するうちに強くなって(図太くなって?)、だんだん、「ちょっとやそっとの不幸くらい、乗り越えてやるわよ」ってなって、その傍らで、小さな幸せを見つけるのが上手になったと思う。

もう、昔みたいにしょっちゅう会えないけれど、みんな、同じようなジャーニーを旅してきたんだよね。時折会って、お互いの無事を確認して、前途を祈る。
「一人じゃない、同志がいる」
がんばろうね。

「人生はよかった。」

「運命に感謝。」
「生きたよ、わたし。」
こう言える生き方をしよう。

こんなこと思うのも、みんなのおかげだね。

ありがとう。