2016年10月26日水曜日

フランスの秋、プチ・バカンスの風景


朝靄に包まれた田舎の家
皆様、いかがお過ごしでしょうか。
こちらは現在秋休み真っ最中です。

先週は田舎の家で過ごし、夫とクルミを多分10キロくらい、栗は多分5キロくらい収穫しました。
落ちる寸前のくるみ
たった一本の木なのに
拾っても拾っても追いつかないのです
今年は栗も虫が付く前に拾えました
兄猿の提案で、マロングラッセにチャレンジ中。
現在栗きんとん状態です。
もう少し乾いたら本当にグラッセ風になるの?

怪しい感じのDay3・・・腐る前に食べようと思います。
その間、子猿たちは従兄弟たちと、小屋を作ったり、義父の引導のもと、落ち葉や枯れ木を焼いたりと、少年らしく遊んでいました。

この従兄弟たちがまぁなんと愛らしいこと。
年は、うちの子猿兄弟より半年ずつ年上ですが、比べものにならない品行方正さで、
現在バカ丸出しの兄猿の下らないギャグにも反応して上げるし、
祖父母(私にとっての義父母)との遣り取りも、程よい子供らしさを残しつつ、賢いことを言ったり、感謝の意を示したり、と、大人の目から見ると理想的な子供なのです。
柑橘類はオランジェリーにて冬を越します

そう、今兄猿は、少年期最後、それとも思春期初めなのかな、とにかく躁状態というか、かつてのおとなしくて恥ずかしがり屋はどこに行ったの? というくらいうるさいし、ウザいのです。今回義父からは、ムッシューラジオと名付けられるほど。

とにかく見ていて本当に恥ずかしい。
なぜそんなに恥ずかしいかというと、まさに、昔の自分を見るようだから。

余計なことを言う。
ウケ狙いの冗談を言って外しまくる。
声がデカイ。
がさつで品がない。
内省するということがない
根拠なき万能感がみなぎっている。

少し前の私だったら、もうケチョンケチョンに叱るか、即退場させたと思うのですが、今は、あまりに周りの迷惑になっているとき以外は黙っているように心がけています。
こんなに人生ノリノリで、楽しいことはもうこの先そうそうないだろうし、
バカやって許されるのもこれが最後だろうし、
大人になって振り返ったときに、
「子供時代はバカやったけれど楽しかった」
と幸せを噛みしめてもらえるならいいかな、って思うのです。

田舎の家を発つときに、
従兄弟の一人が泣きそうになっていました。もっと遊びたかった、って。
うちの子猿たちは平気の平の字だったんだけど。
この従兄弟たち、子猿たちがいないと、いつもいがみ合っている。
私もその場にいたことあるけれど、パワハラ対モラハラみたいな、嫌な感じなのです。

話が飛ぶようですが、横浜のインターナショナルスクールは子供の裁量が大きく、そんなにガミガミキツキツではないのですが、時折、その枠を越えて羽目を外してケンカしたり、もめ事になったり、ということがありました。その原因となっているのが、意外にもフランス人児童だったことが多かったのです。「意外にも」というのは、フランスの学校では、先生が介入するレベルのケンカや問題があると、すぐに親や心理スペシャリストが呼ばれ厳しく処罰されるので、おとなしくしている子が多く、、よって、フランスの学校で問題のない子であれば、インターでは優等生扱いでしょう、と思っていたのです。

さらに話が飛ぶようですが、何年か前に話題になったPeter Gumbel氏の本では、フランスの子供たちは自信喪失していて、それは苛烈な学校での環境に問題がある、とレポートしていました。「苛烈」......例えば、学力を上げるため、成績を公表し切磋琢磨を促す学校、とか、先生は教える人であって、モラル面でのメンターではない、とか、グループで協力させようという風土はなく、友達もライバルという関係性を増長させる学校とか、だそうです。

そして、わが夫。
自分の子供時代は恵まれていたのにも関わらず、幸福だったとは言えないなぁと先日つぶやいていましたっけ。
今の兄猿がカボチャだったらこんな感じ
私の仮説ですが、ひょっとするとフランスの、普通に「良い子な子供」は、親の前/祖父母の前/学校では、このように振る舞うべきだ、ということを抑圧的に躾けられているのではないでしょうか。
バカなことをしたり、調子に乗ったりすると、叱責されるか、軽蔑される、もしくは処罰されるからぐっと我慢しているのではないでしょうか。
横浜のインターでは、フランスの学校のような抑圧がないから、箍が外れて、でも加減がわからないから、問題視されるようなインシデントを起こしてしまうのではないでしょうか。

妙に「良い子」な従兄弟たちをみて、そんなことを思ったりしました。
(単に私のジェラシーかもしれませんが! )

だから、今日も私は我慢する。
兄猿がどんなにバカなことを言っても、どんなにうるさくても、
楽しいならいいじゃないか。いつか、自ら自分のバカさにぞっとする日が来るに違いない、かつての私のように。それまでは幾ら外野がガミガミいっても、言われていることがわからず、唯々悲しくなるだけだろう。

ということでこの秋休みの標語は、
「耳は餃子で心は貝」
昔、ANAの新人時代に余りに先輩たちからあーだこーだ言われる同期が 「うるさ~い!」と逆ギレしないために創り出した標語です。
これを実践し、あと一週間を乗り越えたいと思います。

皆さん、良い秋をお過ごし下さい。





2016年10月14日金曜日

インターナショナルスクール vs フランスの学校


まもなく、今学年初めての学校休みが始まります。Toussaint(万聖節)を挟んで2週間の秋休みです。

フランスの学校では、6~8週間学校 → 2週間休み(秋) →6~8週間学校 → 2週間休み(ノエル) → 6~8週間学校 → 2週間休み(冬) → 6~8週間学校 → 2週間 (春) → 6~8週間学校 → 2カ月休み(夏)というスケジューリングで一年が終わるのです。バタバタと忙しそうでしょう?


横浜で子猿たちが通っていたインターナショナルスクールも、同じような時期に休みがありましたが、クリスマスと夏休み以外は、一週間もしくは週末含めた4連休と短かったので、こんなに気忙しいことはありませんでした。


2週間のバカンスって、ちょうど身体が緩やかな時間に慣れてきたころに、また学校生活が始まる!みたいな、中途半端な期間だと思うんです。それに6-8週勉強・2週休み制のスケジュールだと、教える先生方もモジュールの組み方が難しいんじゃないのかな。毎学期初めはウォームアップのために、時間ロスもありそうだし……。

ちび猿にせがまれて、もう一羽増えまして、
TitiとTwixという夫婦となりました。
フランスの学校……
横浜に転勤になる前は、子猿たち、もし普通の頭の出来ならば、普通にフランスで教育を受けて、普通にフランスの大学に行って、まぁ卒業するまでに日本語もビジネスレベルまでマスターできたら、社会において役に立つこともあるかもしれないし、いいんじゃないの? などと漠然と思っていました。

フランスの学校、結構きついけれど、私も結構きつい日本の学校で教育受けて、それなりに青春したし、こうして大人になったんだから、子猿たちもそれでいいんじゃないか、って思っていたのです。

でも、横浜のインターナショナルスクールで2年間、アングロサクソンの教育を受けさせてから、ちょっと考えが変わりました。
小中高の学校生活のクォリティーも、もっと高めて上げたい、と思うのです。

学校生活のクォリティー、それは学力以外のところの、学ぶ喜びとか、あとは学園生活の愉しさとか、そういうことです。

インターナショナルスクール。
何よりもアイ・オーピニングだったのは、「学校教育ってこんなに楽しくできるんだ」ということ。私の小学生時代の10倍楽しそうでした。人生において、こんなに無条件に楽しい時期があるのって、貴重だなぁって、子猿たちののほほーんとした笑顔を見ていてつくづく思いました。人生を信頼しきっている顔だったのです。

楽しい理由、一つには楽しいムード作りがされていたこと。
インターナショナルスクールでは、2週間に一回はFun dayみたいなのがあって、「Crazy hair Day」とか、ユニフォームじゃなくていい「Free dress Day」とか、素朴なものなのですが、子供たちはそれだけで大はしゃぎでした。

週一回の生徒集会では、毎回ある学年が司会進行を任され、あるテーマについて自分達で撮った動画を使ったり、実演したり、いわばミニ文化祭・学芸会のような感じで、子供たちにとっては、人前で何かする機会となるので、いい経験だったと思います。
そのほかにも、コンサート、タレントショー(自分が得意なことをステージで披露するショー。これが楽しいの、素晴らしいのったら!)、ムービーナイトなどなど、楽しいイベント盛りだくさんでした。

もちろん楽しい理由はこれだけではなく、少人数制がゆえの、皆が仲良しで、先生の目も行き届いて、など、理由は幾つもありますが、これらイベントが学校生活のスパイスになってくれていたのはそうだと思います。
By 兄猿

勉強についても、ほぼ全科目、興味と好奇心一杯で取り組んでいました。
どうやってそんなことが起きたかというと、「美味しいところ先取り戦略」だったから、だと思います。

日本やフランスは、きれいに書く、ペンはちゃんと持つ、姿勢を正して、誤字脱字は×、要は、まずは基本を押さえてから応用編に行こうよ、という考え方だと思うのですが、インターナショナルスクールでは、まずは学ぶ楽しみを知って貰おう、というアプローチでした。
例えば作文のミススペルなどは、直さない。一々直されてたらやる気なくしちゃうから。読解力を付けるためのReadingは、教室のカーペットやクッションの上に寝っ転がって読んで良し、タブレット、PCを駆使する、数学はオンラインで見知らぬ国に居るコと、かけ算バトルだってしちゃうなど、エトセトラ、エトセトラ。

今でも忘れられないのは、ちび猿が3年生のときに、初めてパワーポイントを使ってプレゼンテーションを作る、という宿題と取り組んでいるときに、

「I lo~ve making presentations!!」

って感嘆符一杯の声を挙げたのです。彼はガジェットに目がなく、コンピュータを触るのが大好きなので、ついにパワーポイントを使わせてもらえたのが嬉しかったから、というのはわかるのですが、リサーチも楽しそうにやっていたし、テーマについてしっかり学んでいたと思うのです。
あまりにワクワクと取り組んでいる姿に、私、学校の勉強に対して、ここまで喜びを持って挑んだことなかったなぁ、と羨ましくなったものです。

一方兄猿は、「プレゼンとなるとみんなパワーポイント使うから、ボクはこうするの」と独自のアイデアを工作で実現させたり、とても楽しそうでした。

そのほかにも、創造性を高く評価してくれるところとか、情操教育にも力を入れているところとか、あと、出来ないコ、素行が悪いコに対して、みんなで面倒見ていこう、というアプローチがあったりとか、とても良い学校でした。
楽しかった日々……
さて、フランスは、というと……。

兄猿はフランスのシステムではCollegeとよばれる中等部で新生活スタートしました。
現在11歳、日本だったら小5です。

初等部と違い、各科目専門の先生がいて、というのは、日本、そしてインターでも同じですね。
インターと大きく違うのは、クラスのサイズ。インターでは、一クラス15人でしたが、こちらでは一クラス36人! 公立校であれば、25人を越えた辺りから新しいクラスを増設することを申請できるらしいのですが、何故か私立校ではそれができないらしく、よって、兄猿の学校は一学年=36人×7クラスです。
勉強の方は、
語学、英語のほかにスペイン語も必須となりました。
英語は、帰国子女向けのクラスがある学校で、割とハイレベル。インターの最終年でやっていた英語よりも数段難しい。インターも、ミドルになるとこんなに難しい文章を読むのか知りたいところです。この先、中3になると(年齢的には14歳になる年)ドイツ語やラテン語も選択できるようになるらしいです。

数学は思いがけずそんなに難しくない。インターの算数は、日本と比べると簡単だから、フランスに帰ったら苦労するだろうな、と危惧してたんだけど。これからスティープに難しくなるのかな?

クラブ活動も幾つか用意されているけれど、日本やインターの部活ほど盛り上がっていないようです。
インターナショナルスクール時代のバンド活動
兄猿は、部活しない替わりに、地域のコンセルヴァトワール(音楽院)でフレンチホルンのレッスンを受けることにしました。
横浜のインターナショナルスクールは、音楽教育に力入れていて、去年からはバンドの授業があり、兄猿はホルン担当でした。それが余程楽しかったのでしょう、ここでも続けたいというので、音楽院に登録したのです。
フランスは、音楽は学校でやらない分、この地域の音楽院が代役を務めていて、要は、音楽は興味がある子だけやればいい、というスタンスなのです。ここでも、「基本からしっかり」というアプローチで、楽器のレッスンには漏れなくソルフェージュが付いてきます。それが週一回90分! 実際の楽器のレッスンは、個人レッスン30分、バンド・レッスンが1時間ですから、同じだけソルフェージュにも時間が費やされる勘定になります。

兄猿に、「どう、フランス?」と聞いたところ、「日本はすごく良かったけれど、フランスもいい。インターは友達が優しくて、すごく楽しかったけれど、こっちもいい。ただ、フランスの学校は、人数が多いせいか、柄の悪い人が多い」……とのことです。
新しく買って貰ったマウンテンバイクに、学校の「柄の悪い人たち」が悪さをしたことがあったので、それ以来またやられるのではないか、盗まれるのではないか、といつもすごく心配している兄猿。
でも、それはそれで、毎日楽しそうに学校に向かっています、今のところ。

一方ちび猿君。
こちらでCM1、小学校4年生となりました。
本当はブカブカTシャツに、
ギャップのフード付きパーカー
というラッパー風(?)に
憧れるチビなのですが、
学校の皆がちゃんと
「襟付きシャツにプルオーバー
を着ているから、ボクも
そうしなくちゃいけないんだ。
これがボクのユニフォーム」
と、4日分のセットを作ったようです。
なんか横着ですよね~。

横浜に転勤になる以前に通わせていたフランスの学校は、小一から通信簿+テスト ― 例えば、「貴方は20点中17点、クラス平均は16.5点」みたいな評価がされていたので、親もすっかり乗せられちゃって、「ほら、明日テストでしょ? もう一回暗記しよう、練習しよう。平均点より上回っていないと大変! 」と、すっかり点取り虫ママゴンになっていたものです。
今回は何故かベルサイユで最も伝統ある私立に編入することになり、また、あの点取りレースなのかしら、と心配していました。

ところが、意外なことに、今回の学校、情操教育に重きを置いてくれてて、点数評価はしないそう。学校と親とのコミュニケーションも密ですし、(フランスっぽくないでしょう?)、感謝しております。

そうはいってもお勉強。
インターは楽しく緩いので、学力的にはどうなんだろう、と、とーっても心配していましたが、フランス語以外は何とかなっているようです。あんなに楽しく緩いお勉強でもOKだったんだ~、とある意味びっくり。
ちび猿は、インターではあまり注意されないからって恐ろしく汚い字を書いていましたが、フランスに帰ってきたら、万年筆、筆記体という、フランスの小学校のスタンダードに沿って、まぁまぁな字を書いているので、要領の良いヤツだなぁ、と呆れるやら感心するやらです。

でも、まだまだ安心できません。
毎日、チビ猿の宿題を見ています。集中してやったら小一時間で終わる量ですが、何しろ注意力超散漫なフェーズですからね、チビ猿君。エンドレスですよ、宿題セッション。
そして何とまぁ、暗記ものが多いこと。幼いうちに記憶力を訓練するといいらしいので、文句はないですし、この詰め込み・暗記は、勉強している感ありというか、自分が来た道なので、何か安心してしまうというのは否めません。
一方で、学ぶ喜びのほうは大丈夫なのか、ちょっと心配。

ちび猿のインターとフランスの学校比較は、
「インターの方がずーっと楽しかった。こっちの方がいいこと? 一つもない」
......そうです。
でもその割りには楽しそうなんだけどなぁ。
子供って根アカなんでしょうね。今日は、明日は、きっと何か楽しいことがあるにちがいない、といつも希望を胸に抱かずにはいられない。
ちび猿君、今日も元気にトロティネット、日本ではキックボードっていうのかな、を蹴って校門の中に消えていきました。

ここまでインターびいきなら、フランスでもインターに入れたら良いじゃない、ということなのですが、子猿たちはフランス人であるわけだし、フランスの社会を知るためには、フランスの学校に行くというのが自然だし、子猿たちもそれなりに楽しそうにしているし......。またインターは学費が高いので、しばらくはこのままで様子見します。

仮にこのままフランスでびっちり高校まで行くことになっても、せめて大学のときに、もっとチョイスがあるように、英語はがんばってもらいたいなぁ。
フランスも、大学教育は悪くないという人もいるけど、どうしてかそれが信用できない母猿なのです。授業料低いのはとーっても魅力的なんですけどね。
それより、イギリスやアメリカのアカデミズムの方が学ぶ喜びがあるような気がする。
せめて、学生時代くらいは、純粋に知的好奇心を探求させて上げたいし、
それに、10年後のフランス経済にあまり期待できない。
フランスの大学出ても就職できなかったらガッカリじゃないですか。

また長くなっちゃいましたね、申し訳ないです。
今朝のパリ地方は、4℃でした。陽も短くて10月にして初冬の色濃し。
日本も肌寒くなってきたようですね。
どうぞご自愛くださりますよう。
また行きます!

2016年9月23日金曜日

フランスの秋

皆様、お元気でらっしゃいますか?
この秋、日本は台風到来が続いていると聞いております。被害が少ないことを祈るばかりです。

フランスは、9月に入った頃から、急に太陽が照りだしました。
「なんでこんなに暑いの? 」と聞くチビ猿に、
「ママたちが日本から太陽持ってきちゃったんだよ」
と応えたら
「マジ? それヤバくねぇ? 」
とかわいいのか、かわいくないのか、わからない返答をされました。日本語を学んで欲しいと母猿は弛まぬ努力をしていますが、学んでくるのはこういう砕けた言葉ばかり。ヤバいよ、キミ。

そんなお日様ガンガンの日々ですが、朝夕は冷え、窓ガラスが曇るようになりました。
歩道には、マロンという、栗の一種なのですが食用ではない木の実が転がるようになり、
日がぐんぐん短くなっていて、朝はまだ薄暗い中、兄猿は自転車に乗って家を出ます。

義理の両親が田舎の菜園より摘み立てを宅配してくださりました!
このブドウが少し黄味がかると、あぁ、秋なんだなぁ、と思うのです。
うちの、手入れされていない荒れた庭に、野生のシクラメンが咲いていました!

紅玉と何とかの交配品種、Akane です。
カリッとしてて、酸味がしっかりあっていい感じ。
近くの菜園で10キロ収穫!

馬でも飼っているのかと聞かれましたが
 朝のジュースで勢いよく消化中。
それにしても一週間が早いこと!
今日は一週間の中で一番時間が取れる日だったので、料理を楽しみました。
田舎で元気に育った完熟トマトをソースに…
皆さんは、トマトソースはどのように作られますか?
私はお料理のセンスが抜群によいAKちゃんから教わった、シンプルな作り方が気に入っています。たっぷりのオリーブ油にニンニクで香りづけし、そこにぶつ切りトマトを入れて煮るのです。日本に居た頃は玉ねぎ入れて作っていましたが、フランスの甘みたっぷりのトマトだと、玉ねぎは不要。シンプルな方がトマトらしさが生きるように感じます。


あとは、久々に、グラノラバーも作りました。
これは、オーツ麦と砕いたナッツ類を同量(今日はカップ2杯ずつ)に対し、お砂糖、メープルシロップ、サラダオイルをそれぞれ大さじ3杯くらい、そしてゲランドの塩を少し混ぜ込み、広げて、低温のオーブンで焼くだけ。
冷凍食品店のピカールは本当に使える。
日本ではイオンと提携した、と2年前に聞いたのですが、
本牧店では見かけず、残念に思っていました。
ジャムは唯単に、茶砂糖とレモン汁で煮込んで
最後にバタも入れて煮詰めました。
レーズンを入れても美味しいのですが、ストックがなかったので、今日は、冷凍のイチジクを使って、簡単ジャムを作り、それを混ぜ込んでみました。

近況報告も少し。

兄猿は11歳ですが、こちらのシステムだと中学1年生となり、中学と聞くと、何となくあまり構っちゃいけないような気がして、その上、部屋に勉強机を置いたので、いつ勉強しているのか、本当に勉強しているのか、絵を描いているのか、どんな絵を描いているのかなど、前ほど把握していません。でも、何となくですが大丈夫そう。

チビ猿は9歳で、小学4年生。フランスでは小学生は基本的に保護者が学校まで送り迎えする =2往復
+給食は、全校強制ではなく選択制なのですが、偏食のチビ猿は学校給食が嫌い。で、給食を取らない選択をしたので、家で食べる。お弁当を許可してくれたらいいんですけど、ダメらしい。よってさらに1往復。
++チビ猿の学校は、依然として水曜日は学校がお休み。
そんなこんなでやたらチビ猿と一緒なこの頃です。
チビ猿、日本を離れるときは、それがたまらなく悲しく、でもその感情を自分では処理できないために、母猿はやたら八つ当たりをされましたが、最近はそれを克服したよう。新しい学校でも、のほほんと楽しそうにしています。

夫も元気。「フランスきらい」、と文句言いながらも日々格闘中。
しかめっ面しながらリンゴでお手玉する夫
私も元気です。
今、一生懸命執筆中です。
ものになると良いのですが。
頑張ります。

ではこの辺で、仕事に戻ります。
どうぞ良い週末をお迎えくださいませ!




2016年9月8日木曜日

ベルサイユ便り

私の相棒。
夫が高校生だったころの自転車に、粗大ごみから拾ったかごをつけました。
横浜からベルサイユに越してきて一か月経ちました。
少しずつ、守備範囲を広げつつ、街を探索しています。

第一印象としては、ベルサイユ、素晴らしい街です。圧倒されるものがあります。

私達が住んでいるのは、ベルサイユ宮殿から3~4キロくらいのところで、緑豊かな住宅街です。ちょっと、いやかなり? 田舎っぽくもある。兄猿の中学などは、森の中にあります。



うちの近くの建築スタイルはこういうグラニテの壁が多く、田舎っぽいのです。

今週は用事があって、オールドタウンの辺りにママチャリに乗って行きました。
おとぎ話か、歴史の本の中のような景色の中を走り抜けて行く。
先月までは山下港を、氷川丸を見ながら自転車を漕いでいたのに、
今日は、太陽王に仕えた宮廷貴族の旧宅が並ぶ石畳の道を走っている自分。
人生って不思議。全てが現実で、それでいて非現実的。
下手な写真でスミマセン。
サンルイ寺院かと。
これも下手でゴメン。
よく見ると、ブルゴーニュ公の館とある。
オールドダウンの商店街はこういう建物。
長屋すらも格式あるところがベルサイユざます
べルサイユは、日本における京都のように、コンサバな人が多くて、お高くとまっているし、外様を受け入れないところがある、と言われています。兄弟猿は上が中学、下が小学校に行き始めましたが、名簿をみると、笑っちゃうくらい、ほとんどの苗字に「de ○×」や「le △□」が付いていました。また、構成としては白人ばかりで、東洋人は滅多に見かけません。

あまりにも素晴らしい景観の街で、どこをどう写真に収めて良いのかワカリマセン。
この写真は、FBのベルサイユ宮殿(フェースブック → 
Château de Versailles)のところから拝借。
もっと沢山写真がありますので、どうぞそちらを訪れてみてくださいね。
© EPV / Thomas Garnier
でも、今のところ大丈夫。
というか、どちらかというと、パリの時よりも、多くの方々から声をかけていただいています。お店やスーパーでも気さくな会話があって、人間味ある。パリのスーパーのレジなどは腐敗したけだるさが当たり前でしたが、もっと健全な感じです。
そうそう、道を渡ろうと横断歩道でタイミングを見計らっていると、車の方が停まってくれるのもパリではなかったことです。


そして、コンサバか、といえば、かなりコンサバでシックな装いのマダムたちを見かけますが、私、これが嫌いではない。

皆さんはフランスと言えば、どのようなイメージをお持ちですか?
このコミック、知っている方いらっしゃいますか。
フランスを舞台にした青春もの。
私は、このセシールちゃんのファッションが大好きでした。
私は、トラッドなのが流行った時代にお洒落開眼したこともあり、フランスと言えばBCBG(bon chic bon genre)でした。
それが、実際にパリに住んでいると、たま~に、そういう格好のご年配の方たちを見かけるだけで、一般的にはワイルドというか、ギラギラ、露骨なファッションの人ばかり。

それが、ベルサイユでは、老若男女がBCBGなのです。
昨日見かけた女の子は、スリムなインディゴの8分丈パンツに、丸首のネイビーのコットンカーディガンを羽織り、足元は素足にやはりネイビーのBen、そして襟元からはピンクのTシャツが覗いているという、シンプルだけど、小粋なスタイルで愛らしいこと!

他の子供たちは、戦中戦後の写真で見かけるようなシンプルでシックなワンピースを来ていたり、男の子たちも、半袖の襟付きシャツにちゃんとした半ズボン姿。だぼだぼのTシャツにフード付きパーカを着てラッパー風に憧れるちび猿が浮いていること!

昔むか~し憧れていたフランスに、21世紀になって出会ったという、やっぱり少し非現実的なベルサイユです、というのが一か月経った今の印象です。
毎度のことながら徒然なるままに書いてしまいましたが、まだ目でキャッチした情報が脳に伝わりきってなくて、まとまっていないのだと思います。

また落ち着いたらベルサイユの様子についてお伝えしますね!
季節の変わり目、どうぞご自愛のほどを~。



「はじめまして、Je m'appelle Titi」
義母が犬に襲われているところを救ったという武勇談と共に、
「はい、どうぞ。持って帰ってね」というので持って帰りました。

2016年8月24日水曜日

フランスより、ボンジュール!

皆様、残暑お見舞い申し上げます。

横浜より、フランスに戻って参りました。

今回は、パリではなく、ヴェルサイユに根を下ろすことにしました。
緑豊かな横浜の一軒家での2年を経た今、コンクリートのパリのアパートに戻る気になれず、都落ちを決めたのです。

大変だったか、と聞かれれば、そうなのですが、引っ越しもこう年季が入ると慣れてきます。
引っ越しとはそういうものだろう、ということを気持ちと身体が記憶していて、衝撃の疲れ、衝撃のショック(重ね言葉承知)はなく、ただただ淡々と、粛々と作業と向き合う、朝起きて、段ボール箱をたたみ、夜は段ボール箱に突っ伏してバタンQ、そういう何とも言い難い日々でした。

久々の田舎の森。この木々たちに今までもどれだけ心を慰められたか。
今回も、「あぁ、息できる~」と感じました。栗と松の木ばやしです。
さて、フランスに戻っての第一印象は、「なーんにも変わってないじゃん」という一言に尽きます。
たった2年の不在ですから、当たり前かもしれないけれど、進化も変化も一切みられない。不景気なのでしょう。

そして第二印象というか、目が慣れてくると見えてくるのは、進化どころではない、2年分の疲弊です。建物が傷んでいる、道もメトロも以前よりも汚い、人の心も暗い話題ばかりですさんでいる。

そしてなんと言っても悲しいのは、機関銃を持った迷彩服の兵隊がそこらかしこにいること。機関銃に守られてミサに参加するなんて。
酷い時代が来たものです。




嬉しい変化もありました。2年前は、伐採されて裸になっていた田舎の森の一角に赤ちゃんのような小さな松の木々が育ち、野生のブラックベリーが群生していた!
そこでで、早速子猿たちと2キロほど摘んでジャムにしました。


フランス語では、ミュールと呼ばれるブラックベリー。
とろっとしていて、酸味がやわらかで、クリーミーなフランスのヨーグルトやフロマージュブランにかけて食べるのにぴったりなジャムです。

やれやれ、と一息ついて田舎の家の屋根裏に置かせて貰っている荷物を解くと、お気に入りのインテリア本が出てきたのは嬉しいサプライズでした。
久しぶりね! とつい声かけてしまった2冊。
今みてもやっぱり素敵。
この手の本は、入手してしばらく経つと、邪魔もの扱いになり、やがてバザーやブロカントに出される運命なのですが、この2冊だけは、相変わらず私のインスピレーションの源となり続けてくれているという。
両方ともインテリア本です。
だけど、あるページ現れる女性の横顔が忘れられなく。
昔から、自分の未来をイメージすると、自分がその女性にすり替わっていたりしてました。
何かブレた方に向かっているときなど、ふとその女性の横顔を思い出し、軌道修正したり、
と密かに私に影響を与えてきたその一ページの一ショット。

今回は、ノエルの頃には引っ越し(そう、再度!)予定の新居のイメージに、この本の表紙を思い浮かべていたところだったので、この再会はとってもタイムリー。
その昔、フライト時代に、アメリカのどこかで適当な気持ちで購入したという、いい加減な出会いだった割りには付き合いが続いている本。

出会いなんてそんなものかもしれませんね。



夫の書斎に佇んでいた賢者。
彼の中国時代の思い出グッズらしい・・・。
さて、これからはまたフランス便りを発信していきます。
引き続きお付き合いのほど、宜しくお願いいたしま~す。
取り急ぎ、ご挨拶まで! でした!







2016年7月15日金曜日

横浜便り (多分)最終回


こちらは京都の無人寺で咲いていたあじさい。何というブルー!
皆様、大変ご無沙汰をしております。
まだ横浜からお便りしております。

フランスへの引っ越しまで一か月を切り、辛くないかと言えばうそになるけれど、比較的落ち着いた気持ちで過ごしているのでご安心を!


こちらは家の近所のあじさい①
色々な種類のあじさいがあるのですね。
つい最近まで、仲良くしていただいた友人らがそれぞれの国に発って行き、サヨナラパーティやお見送りのオンパレードで、「See you!  Keep in touch!」 と手を振り、お別れする。毎回胸が絞られるような想いでした。

その度に深呼吸しては、何とか平静に戻っています。その秘密は、ウォーキング。
昨年の、忘れもしない(その週、富士山の五合目からちょっとだけ登山を試みて、自分の体力の無さに愕然とし、よって始めたのでした)7月10日より始めたウォーキング。
ちょうど丸一年が経ちます。


近所のあじさい②
普段は、山頂公園という横長な丘陵地が家の裏にあるのですが、そのたもとにある、ちょっとしたフィールドをぐるぐる歩いています。
夫と一緒のときなどは、山頂公園に行くことが多く、夫とも会話も子猿たちに邪魔されることもなくて楽しいのですが、それだけだと、距離的に少し物足りないので、私だけいつものフィールドに残ってさらに2、3周。
一人で歩く、そのひと時もとても好きなのです。
山頂公園の入り口
目安は5キロ。大体40分ほど歩くとそのくらいの距離になります。
夕方、日が沈む前にスタートし、夕暮れから夜に移るころにフィニッシュするのです。

いつものフィールドは、一周が500メートル弱と、決して長い距離ではないのに、そんな一周の中でも気持ちが動くのが面白く。
紅葉の木がある辺りでは、その葉っぱの色の変化に目を留めたり、カラスや小鳥たちが止まっている大木の辺りでは、落とし物を恐れてみたり。また、そこら辺はウォーキングのスタート地点なので、まだ頭の中では今夜のおかずを考えていたり、さっき出掛けに読んだメールのことを考えていたり、とちょっと忙しい。

それが、少し起伏がある辺りにさしかかると、息を乱さないように注意するので自然と考え事は止め、やがて下りにさしかかった辺りに来ると、風が心地よく、フィールドの芝の色や、そこに差し込む陽の光に気づき、背筋も自然と伸びる。さらに視線を上げてみると、遠くには山頂公園の木々が生い茂っていて、近いところではフィールドの木々の葉っぱがゆさゆさの風に吹かれている。その音、色、風、匂いなどを身体で受け止めてみようと試みたり。

500メートルの、5分弱の中にも、ささやかな起承転結があるわけです。

 
いつものフィールド

500メートルの中にもストーリーがあるように、5キロ歩く40分の間には、もっと壮大といったら大げさですが、感じるものがありました。

夕暮れ時の陽の移ろいの中を歩いていると、自分が日時計になったかのように、時間の経過を如実に感じることができました。なんというのでしょう、移りゆく時間の質量を分単位で体感している、そんな感じです。
その中にいる自分も、刻々と変化している。ああ、時が進んで行ってしまうんだ、なんか切ない~!と思うと同時に、こうして歩きながら、時を刻んでいくということだけでも満たされるものがありました。

さらに、一年単位でみると、こうして同じところを、同じ時間帯に歩いてきたわけですが、
季節の移り変わりを目で、身体で感じることができ、それは何とも言えない喜びをもたらしてくれました。
昨年植えたmûre、ブラックベリーが実を結びました!
もし、ここに永住できるのであれば、毎日毎日こうして歩き、やがて老人になった私は、日時計となり、日めくりの暦となり、時の流れに立ち会う、そんなことができたら、なんて素敵なんだろう、と空想したり。

ランニング・ハイという言葉がありますが、ウォーキング・ハイみたいなものもあり、無心になり、目が妙にクリアに木々の動きを捉える、耳が風の音をキャッチする、一瞬自分がこの自然と繋がったような気がするときもあり、

とにかく、楽しい一時をもたらしてくれた、ウォーキング・タイムだったのです。





……なんて、どうでもいいようなことを長々と書きましたが、
書きたかったことは、こうして、小さな自然の中にたった40分身を浸している、それだけでも、気持ちがリフレッシュされること、また、内面的な発見もあったことです。

ウォーキングしていると、暗い気持ちが立ち消え、明るく前向きに物事を考えられるようになるのです。

さっきまでは、もう帰国しなくてはならないことを辛く思い、もう一年いたかった、とか、がっかり~、と思ってたのに、
ウォーキングしていると、「2年も日本に住まわせてくれてありがとう、なんて有難いことだったのだろう」、となり、

さっきまでは、出来の悪い子猿の将来を憂っていたのに、フィールドでボールを追いかける姿に、
「健康な子供たちをありがとう、素晴らしい少年時代の一ページをありがとう」、とか、そんな感じです。

きっと自然の中にいると、人って謙虚な気持ちになるのでしょうね。

よく言われる、「コップの中の水を半分しか残っていない、と見るか、こんなにある~!と見れるか」、というのと似ていて、ウォーキングしていると、さっきまでの不幸の種が、今は幸せの果実(......は大げさですね、その一切れといったところでしょうか)に感じられるようになる。

そしてさらには、こうして自分の幸せを噛みしめていると、それをどう周囲に還元できるのかなぁ、と考えるようにもなったりしました。


……なんてね!
こんなポジティブな気持ちも、ウォーキング後にビール飲んで、夜ご飯その他の夕方家事・育児セッションを終えるころになると、またいつものイライラばーさんになっているのですが!
それでも、イライラしたり、気持ちが落ち込んでいるとき、
「大丈夫、ウォーキングしたら、気持ちが晴れる」
という手段を知っている今は気が楽です。

フランスでも、ほっとするような自然、ウォーキング・ルートを見つけられるかな。そうだといいな。
もしかしたら次回のブログ更新は、フランスからになるかもしれません。
皆様も、どうぞ素敵な夏をお過ごし下さいませ。


今月も後半分ですが、こちらで コラムを掲載していただいています。
「フランス貴族に嫁いでみたら」
何卒ご贔屓に!










2016年5月23日月曜日

どんどん夢を見よう!

奈良にも行きました。春日大社の藤。©etranger
皆様、長らくご無沙汰しております。
元気にしておりましたが、唯々日が経つのが早くて……。

いつから書いていないんだろう……前回は4月11日にアップしたのですね。
4月後半以降を思い返すと、子猿の学校のイベント、フランスからの友人夫婦の来訪、大学の園遊会、教会のピクニック、友人らとの「帰国前に会っておこう」食事会、エトセトラ、エトセトラな日々でした。

その間は、小さな試練が続きました。って、過去形ではなく、まだ続いているのかな。
フランスに帰国するって大変です。日本に来るときのスムーズさとは「ま逆」。

まず、何より、モティベーションが低いです。横浜、日本、離れがたい!!
約20年ぶりに住む日本は、きれいになっていて、住みやすい国になっていました。以前は東京に住んでいて、今回は横浜だからそう思うのかもしれませんが、とにかく、過密した国なのに、良くファンクションしている、と思います。
そんな後ろ髪引かれる中の日本出発準備は、心にはっぱかけないと腰が上がりません。

帰国準備の大変な例、その①。
子供たちの新しい学校への登録。
兄猿は、日本だとまだ小5なのですが、フランスのシステムだと、9月からは中学生、チビ猿は小4となります。
二人とも私立に行かせるのですが、フランスの学校は、日本と違ってお受験はなし(また授業料もずっと低い)です。よほど問題児でない限り、諸書類Dossiersを期限内に提出すればOKなのです。
が、このDossiers……
ただでさえ、揃えるのが面倒なドシエですが、そもそもフランスの学校からフランスの学校への転校、入学を前提にしている。少しでも形態が異なり、ましてや言語が異なると、ちゃんと見てもらえないことを学びました。

「そういえば、フランスの学校から返事がないなぁ」
と気づいたのは、提出してから3カ月過ぎた頃。何も言われていないし、大丈夫だろうけど、念のため、と軽く、確認するくらいのノリで問い合わせたのです。
すると、
「書類不備だから審査不可能!」
と一言。というか、そう書いたメモが貼ってある兄猿のドシエの束の写真が添付してあるだけ。無礼というか暴力的とでもいうか。
そのメールを見たときは、胃が一ねじりしました。
「だったら言ってよ~、対処したのに!!」です。

でも、こんなフランスでも良いところはある。
もうとうの昔に期限は過ぎていたのですが、期限などは、ごねる(?説明すれば、というべきですね)と何とかなる。
で、何とかなりそうです、兄猿の学校。
そう勝手に信じることにしました。
この儚げな紫ピンクの藤、フランスでも見つかるかしら。©etranger
そしてフランスでの住処探し。
帰国にあたり、もっと緑が多い郊外に引っ越しを考えています。都落ち作戦なのです。
そのために、パリのアパートをどうするか、引っ越し先はどうするか、賃貸か購入か、不動産エージェントはああいうし、義理の家族はこういうし、税上はどうするのが得策なのか……数日ごとに新しい展開があり、そのたびに振り回されております。夫などは突然「今週、下見にパリまで行ってきてくれないか」とか無理なこというし、です。出張のノリでいうのでしょうが、主婦は24時間シフトですからそんな簡単には動けませんって。

最後に夫の仕事。
海外赴任が多い職種で、当初から提案があった都市は7カ所。何大陸に渡ったことでしょう。その都度、「このポストはいいね」「ここは、子供の教育的にどうなんだろう」「ここに行けたら良いね」「よく聞くともっと若い人向けのポストだった」「このプロジェクトだと半年ごとに都市を移らなくてはならない」などなど、結局は思い通りに話しが進まず、上手く行かないのですよ。
そして新しい可能性が浮上するたびに私の胃はねじれにねじれ、ツイストドーナツ状態でした。
結局は、フランスに戻ることになり、少し落ち着きました。

私も心の振り子がブンブンと振り回され、クタクタだったのですが、一家の大黒柱な上、繊細な心を持つ夫はもっとそう。彼のストレスが気になるので、毎朝何が何でも、低速回転ジューサーで絞り出した抗体アップジュースを飲ませています。
色々な人に勧めていて、回し者と疑われている私ですが、
この圧搾型ジューサーで絞るジュースは
本当に身体に染み渡るおいしさなのです。

慎重で、安定志向の夫率いるわが家ですから、最近までは先行きの不透明さに、神経衰弱気味だったのでした。それが、先週あたりから、夫婦揃って免疫がついてきたように感じられます。

例えば私などは、少し前までは、「こうなったらいいな」と期待しないように、心を制しながら暮らし、でもやっぱりどこかで期待してしまうから、
思うようにならないと、がっかり、どよ~ん、としてしまって、それをビールなどを飲んで、気晴らしをしていました。飲みたくないときのビールは美味しくないものですね。だったら飲まなければいいって? ホントそう。

夫は、結構長い時間かけて、ものを考え、消化する人なので、思い通りに事が進まないことが立て続けに起こり、いつも何か考え事をしているようでした。


クレマチスという洋名より、テッセンという和名の方が好き。
特にこの紫のテッセンは和の美!って感じで憧れます
それが、先週初めに、またドカンと思い通りにならないことが発生したときに、あれ、夫も私も変わっな、と気づきました。

まず夫は立ち直りが早くなりました。もともとネアカな一面を持つ人ですが、こう毎回ズドンと何か来るので、落ち込んだり、ショックの余韻に浸っている期間が短くなったように感じます。今回も一夜明けると気持ちの切り替えが済んでいた感じです。

私は、前みたいな「がっかりしないよう、期待するのをやめよう」というケチ臭さが抜けてきて、
どんどん期待しよう、妄想でもいい、夢みよう、と思うようになりました。
夢破れたときの、期待外れだったときの落ち込みも、結構いいじゃない、と気づいたのです。
そういうときこそ、気持ちが繊細になるというか、敏感になるというか、今まで見えていなかったものが見えてくる。
そして、そういうとき、自分にとって大切なものが見えてくる。そんな大切なものたちを思い浮かべると、ゆらゆら揺れていた心が落ち着くのを感じます。
そんな心の変化、本当の自分を見つけることができるのも、落ち込みの、大げさに言えば哀しみのお陰です。

だから、かわいい子には旅をさせよ、とか、打たれ強くなる、とかって本当なんだなぁ、と今更ながら、古人の知恵に敬礼しています。

これっぽっちの小さな試練ですが、いい経験をしている、少し強くなっている、そんな気がする今日この頃なのです。

さて、ここから6月第二週までは、兄猿の誕生日、そして小学部卒業式、また、今の学校にずっといたいチビ猿の学校最後の日、などおセンチになりそうな日々が続きます。よって次回の更新が遅くなるかもしれません。

皆様、次回お目に掛かるまで、どうぞお元気でお過ごしくださいませ。
「テレビでフランス語」六月号も発売されました。
「フランス貴族に嫁いでみたら」というコラムを載せて頂いています。
テキスト本としてでなくてもコラムたくさんで読み応えある400円ですよ~。
何卒ごひいきに、お願いいたしますです。