2021年1月24日日曜日

読書日記*絶望とカルト



近年は、オウム関連の記事や電子書籍を読むことが増えました。

オウムが全盛だった80年代の終わりからサリン事件の95年というのは、私が大学から社会人へ移行した時期です。
サリン事件は社会人5年目のとき。でも実はこの事件のことが余り記憶にありません。気持ち悪いし、もう考えたくもない、と蓋をしたのだと思います。

それから月日が流れ、何年か前から、オウムのことを把握しておいた方がいいのでは、と思うようになりました。
これという引き金はないのです。
テロやトランプ氏や右傾化や拝金主義。直近では陰謀説とコロナ禍。人の心が不安定になっている。オウムが出てきたバブルの頃と不安定さとは違うけれど、何か薄ら寒い。そんな中、本能が、あの事件が繰り返されないようにしっかり理解しておくべきだよ、と私を促しているのでしょう。

コロナ禍による外出自粛は、人々の行動が見えないところが恐いです。昔と違って、今はTVではなくYoutuberですし。みんな何を見ているのでしょうね

信者に対する丁寧なレポートをされた村上春樹氏の「約束された場所で」については、以前ブログに書きました。他にもオウム関連の書籍は数冊ほど読みました。

ただ、どんなに読んでも、私には入信に至ったその心理がわからない、というのが、正直なところ。
元信者達は、生真面目でストイックで純粋な心を持っていた人もいれば、そこまで真面目に人生を考えていなかった人もいる。優秀な人もいれば、そうでもない人もいる。家庭がしっかりしていた人もいれば、そうでない人もいる。カルトに警戒心を抱いていたのに入信してしまった人もいる。

「ああ、入信する人っていうのは、こういうタイプの人なんだね。だったら、私も、うちの子ども達も大丈夫ね」と安心したいのですが、安心なんてできやません。入信した人の話を読むと、共感すること多々ですよ。危ない危ない。

でも、私は入信など考えもしなかった。どうして?何が違うの?

もっと明確な答えを求め、先日読んだのは、江川紹子氏の、『「カルト」はすぐ隣に』。
江川氏は、オウム関連の書籍は何冊も出版されていますが、この『「カルト」は……」は、岩波のジュニア出版の本。若者を対象に書かれています。

大人向けの本を読んでもわからなかった答え、若い人向けならわかるかも。そして思春期のこどもを持つ親として、何か伝えられるものがあるかも、と思い読んでみました(息子達の日本語力では到底読めないので代読というわけです)。

結果から言うと、「入信しやすい人のタイプ」というのは特定できない、という、今までどの本でも書かれていたことを繰り返し言われたように感じます。ただ、元信者の手記が長文で挿入されていることや、江川氏の書き方もあって、私も、ようやくじわじわとですが、説得されつつあります。

みんな迷える子羊です。たとえがめちゃくちゃな気もしますが、「スリに遭わないタイプ」と思っていた私でも、ちょっと気が緩んでいた或る日、スリに遭ってしまったように、気を張っていても、或る日カルトに足を踏み入れてしまったりするかもしれない。それが人間なのでしょう。「私は大丈夫」と思っていても、するっと入ってしまう。
そのことを、この『「カルト」はすぐ隣に』は伝えたいのだと思います。

ではどうやって防御するか。幾つかアイデアが挙げられている中で、私は息子達に3つのことを伝えました。

・Study(自分で考える)ではなく、Learn(丸覚え)させようとする教えには警戒せよ。(ダライ・ラマのお言葉だそうです)
・「え、なんで?」と思ったら一度止まって考える。
・人任せにせず、自分で考える事を放棄しない。

一も二も三も、「考えよ」ということですね。
でも、考えるのに疲れてしまう時もあります。考え過ぎてしまって危険な精神状態のときは、考えることを棚上げした方がいいときも。
そんなときには、絶望読書という手があるんですよ。
その話もしたかったのですが、長くなりましたので、また別の機会にします。

2021年1月15日金曜日

十人十色でいいよね

 


この写真↑はお正月に義理の両親の別荘で撮ったものです。

今日はこれを見ながら、ふと、あの時一緒に過ごした二人の少女のことを思い出していました。
マリーとクロエ。
マリーは義理の姪、クロエはマリーのお友達です。
二人ともお誕生日が一緒でまもなく12歳になるとか。こちらの女の子は成熟が早いのですが、彼女達はプレ・ティーンというよりは少女っぽさが勝っていて、二人して別荘の中をかわいいネズミのように駆け回っていました。

マリーは、「女の子女の子」したタイプ。ブロンドの巻き毛にブルー・アイ、カチューシャは日替わりで、という絵に描いたようなマドモワゼル。仕草などから、自分が人に与える印象をしっかり把握しているのがわかります。性格は、お喋りだけど強い主張はなく、いつも従兄弟達に丸め込まれたり、邪険にされたり。それもあって、今回はクロエを田舎の別荘に招待した、とのことでした。

一方、クロエは、ピリッとスパイスが利いているタイプ。鉛筆のように細い身体をジーンズとスヌーピーのトレーナーに包み、ストロベリーブロンドのストレートヘアは無造作にゴムでまとめるだけ。美少女ではありません。 でも、小さくてよく輝くマロン色の瞳は、面白いことを逃さないぞ、と常に周りを観察しています。

私達夫婦が別荘に到着すると、クロエは、興味津々という顔で自らボンジュールしに前に出てきました。「私、いつか日本に行くのが夢なんです。日本語でボンジュールはどう言うのですか?」といきなり質問がスタートし、このあと、幾つの質問に答えたことでしょう。少なくとも、日本には香港はなく、広東風焼き飯は和食ではなく、東京は日本の首都だということはわかってくれたと思います。

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滞在中、私がガレットデロワもどきを作っていると、ぐりとぐらならぬ、マリーとクロエがやって来て、「手伝ってもいい?」と聞きます。「もちろん」と応えると、「わあ!」と、それだけで顔を明るくさせて喜ぶ少女達。

クロエは好奇心一杯で、「それは何?」「なんでそうするの?」と質問も多く、「フェーブを二つ入れたら?」「上に模様描いたら?」と提案もある。

マリーが、シンクに投げ込んだボウルの、こびりついたチョコレート入りフランジパンを「舐めてもいい?」」と聞くので、「もちろん」と応えると、再び「わあ!」と二人して喜ぶ。かわいいことったら。

クロエはこのガレットが気に入ったようで、「レシピを教えてね」と大人びたことを言います。「うんうん、もちろん」と笑ったのですが、実は真剣だったようで、私達が去る間際に、紙とペンを持って、「ガレットのレシピを下さい!」と私をジッと見つめるではないですか。もちろん、教えましたとも。ついでに、ここにも記しておきましょう。

Galette des Rois (ガレットデロワ、東方の三賢者がイエス様の元に到着した、エピファニーに食べるお菓子です。
オーブンを180°にしっかり予熱炊きします。
・有塩バター 100g
・砂糖 100g
・全卵 2コ
・アーモンドプードル 100g
これを混ぜるとフランジパンとなります。ここに私はチョコレート200gを刻んで加えました。
円形のパイシートに、このチョコ入りフランジパンを広げ、サイコロ状に切った洋梨小1個を適当に散らし、フェーブも置いて、もう一枚の円形パイシートを被せます。端をしっかりと閉じ、中央にお箸でプスッと空気抜きの穴を開けます。さらに、上に焼いたときに照りが出るよう、溶き卵を塗り、オーブンでこんがり膨らむまで焼きます。

ベルサイユに帰る車中で、息子達は「クロエの方がマリーより気持ちよい女の子だった」と言ってましたっけ。私も、マリーには悪いけれど、同感です。すでに自我が確立しつつあるクロエと、自我はないけれど自意識だけはあるマリー。これは可愛い子の宿命かな?

と、ここまで考えて、私はどんな少女だったのだろう、と自分を思い返します。 

自我......ありませんでした。いつもぼーっとしていて、「ミキ、口閉じなさい!」としょっちゅう叱られていたっけ。
太めの小ブスだったので自意識もなかったですよ。自我もない分、外見に対するコンプレックスがあまりなかったのは幸いでしたが。
頭も悪く、努力もしないので成績も悪かった。末っ子気質の 悪い面というのでしょうか、甘えた考えを持っていて、依存的だったし、自慢できるようなことはないのにえばりん坊で、サボることばかり考えていて、クロエのように、未だ見ぬ国への好奇心もなく……
一言でいえば、絶望的な少女ですよ。将来性ゼロ。

そんな少女だった私がやがて受験します。徹夜します。失敗します。成功します。ギリギリ引っかかります。冷や汗ものです。
家庭の問題がために涙を流します。堪(こら)えます。傷つきます。立ち直ります。でも 引きずります。
恋にのぼせ、振られます。振ります。調子に乗ります。振られます。
結婚したいのに、出会いがありません。出会います。別れます。
仕事もします。能力が足りません。長けてきます。飽きます。転職するけれど能力が及びません。フィットしません。迷います。
現状に耐えられなくなり、渡英します、渡米します。
フランスへの好奇心なんてなかったのに、気づくとフランスにいます。
日本への郷愁は募るけれど、中々帰れません。

あの時、このぼけーっとした太っちょの少女が、こんな人生を歩むと誰が思ったことでしょう。
もし、あの時の自分に会うことができるのなら、ぎゅっと抱きしめてあげたい。そして忠言するのであれば、「眼を大きく開いて、これからの旅の景色をしっかり見ておきなさい」とだけ、伝えたい。
結局、そこですよね。どんな景色を見てきたか。それが私の宝物です。

今度マリーに会ったら、もっと話を聞いてあげようと思います。叔母さんにはそれしか出来ないけど。いつかクロエに会うことがあったら、質問にできるだけ応えてあげたいと思います。

そんなことを思った午後でした。
さて、フランスは明日より夕方6時以降の外出が禁止となりました。また生活リズムが微妙に変わります。頑張ります。
どうぞ皆様も Stay safe!

2021年1月8日金曜日

家事は主婦の仕事?

 


新春、おめでとうございます。写真は、2日の日の出刻の写真です。

私は、子ども達が田舎の別荘に行っていたので、のんびりと年を越しました。皆様のお正月も、ゆっくりできる数日であったことと願っております。

子ども達は、学校休みの度に、「おいでおいで」と田舎の別荘へ招れます。今回は、コロナのこともあり、子どもだけを送り込んで、私達夫婦は迎えがてら、一泊だけさせてもらいました。

コロナ禍のため、家政婦も来ないので別荘での賄いは、基本的に義母と義姉、私がいるときは私、となります。
別荘での普段の料理がシンプルなことはこちらにも書きました。義母達は、無理してまで手料理に拘らず、自分達がストレスフリーな気分でいられるように力配分をコントロールします。
来る日も来る日も台所に立たされ、ご飯を作らされると、鎖で繋がれているように感じる、という気持ちは、私もわかります。

ただ、義母や義姉の「家事はうんざりなのよぉ」というオーラは私のそれよりずっと強くて、時折、大人げなくないか?と思うことも。
バカンスの度に、義母、義姉から「嗚呼、もう料理はうんざり!」「嗚呼、片付けうんざり!」と耳にタコができるほど聞かされます。
私がやりますよ、と動くと、「ミキ、およしなさい。そんな凝った料理、そんな拭き掃除することありません」と止めが入ります。
料理人なり、毎日来てくれる家政婦なり、頼めればいいのですが、田舎ではそういう人材が足りないのです。

何故、義母達は家事をそこまで嫌がるのか。そして、何故、私はそうでないのか。掘り下げて考えると、義母や義姉は、「家事は家政婦の仕事だ」という認識があり、私は「家事は主婦の仕事だ」という認識があるからだ、と気づきます。
義母や義姉の考え方は、必ずしも上流階級特有のものではありません。フランスでは中流家庭であろうと家政婦やベビーシッターを雇います。また、これは「フランスは共働きが基本だから」、ということでもありません。
女性が働いていなくても、家政婦に来て貰っている家庭も多いのです。
子沢山で家が大きいから? 高収入だから?それもそうではないのですよ。ほんとに普通のサラリーマン家庭とか、子どもがいない人でも、あと、ささやかな収入で暮らしているような独身の女性でも、
「プロにやってもらった方がきれいになるから」、「私も息抜きしたいから」、「自分の時間を持ちたいから」といった理由で頼んでいるようです。
どれも、気持ちはわかるけれど、そこまで求めるんだ、とフランスで 暮らしはじめた頃は こっそり驚いていたものです。

一方で、フランス人家庭全てが家政婦を雇っているわけではなく、また、家事全般を家政婦に依存しているわけでもありません。家庭内の男女の家事・育児の分担をみると、統計では女性は家事の64%、育児の71%を請け負っているともあります(2010年数値)。
昔よりはマシ、そして恐らく日本よりはマシなのでしょうが、未だに女性の家事・育児への負担は大きいのです。

私はいいんですよ。
日本で家政婦さんなどとは縁のなく育っているので、当然のように家事をやってきました。家事は結構好きだし……

と、ここまで書いて、ふと考えます。
本当にそうなのかしら、と。
家事、しないで済むなら、しないよね?
料理やアイロンがけは好きだけど、あれも好きなときにするから好きであって、やりたくないのにやらなくてはいけないときは、「うーん、もう!」と目を三角にしているよね?

それで気づいたわけです。
私も、色々擦り込まれているなぁ、と。
日本では、掃除好き、料理好き、片付け上手、子どもの扱いが上手な「家庭的な女性」というのは、ポイントが高い。だから、自分もそうあろうと仕向け、気づくと、自分は家事が好きだと思い込んでいたのではないか、と思うのです。
義母や義姉の方が、「家事はうんざり」と、しっかり声を上げ、自分を大切にしていて立派です。
大人げない、などと思ったりして、ごめんなさい、と謝りたい気分です。

そんなことを思うのも、ワタクシめ、フランスに来てから、家で働くことが多かったし、信頼出来る家政婦さんを探すのも面倒だったので、一人でやって来ました。コロナ禍の外出制限中も、朗らかに(本当か)ご飯を作ってきた。

けどね、
ここに来て家事疲れを感じています。大掃除もしていないのに、手抜きばかりなのに、です。長年、実は「うんざり」していた部分が 積み上がり、溢れてきたのでしょう。

それで、コロナ禍が収まったら、家政婦さんを探そうと、心に決めました。週に2,3時間程度であれば、他を少し切り詰めれば家計にも響くほどのとではありませんし、
家政婦さんに、バスルームと床や窓の掃除をやってもらったら、私、もっと優しい妻、母になれると思うので、最終的には、家族みんなが得すると思うのです。

これはジョークではありません。
家事というものから女性を解放したら、日本女性の幸福度はかなり向上するのでは。男性に家事分担を促す声も聞きますが、自分が嫌なことを夫に求めるのって、日本の女性にはハードルが高そう。
それよりも、日本も、フランスのように家政婦を雇うことをスタンダードにしたら良いと思います。賃金は、もはや日仏の差は殆どないようですし、業者も色々あるようですよ。(政府もここに力入れたらいいのに)

家政婦の時給、日仏比較
フランスの家政婦の相場は、時給12~17ユーロ(円換算で約1500~2200円)とあります。
日本では幾らかというと、時給1800~2500円。フランスより300円ほど高いですが、物価の違いを考えると、ほぼ同水準と言えるのでは。

新年早々、熱くなってしまいました。
2021年、少しでも生きやすい世の中になるといいな、と思っています。
本年も、どうぞ宜しくお願い致します。
Stay safe!

2020年12月31日木曜日

母親のあるべき姿とは

 



クリスマスを過ぎてから、読書三昧の日々を過ごしています。

今年は書く方に力を入れていましたが、一年という区切りが訪れる今、一休みするのが正しいように思え、書きかけのものをセーブして一旦閉じました。
そして手を伸ばしたのは、お気に入りの小説。
あらすじは全部知っているのに、
新しく購入した本もあるというのに、です。
本って、読む度に発見がありませんか。それはきっと、以前と違うところに心のギアに入っているからなのでしょうね。

久々の読書は、太めのストローで美味しいジュースを吸い上げるときのように、きゅーっと、頭に、心に言葉がしみ込んでいきます。身体が求めていた、という感じです。

今日もお昼のあと、肘掛け椅子に背を委ね、片手にコーヒーカップ、もう片手で膝の上に本を開きます。

ページは主人公の幼き頃を回想するシーン。学校から帰ってくると、おばあちゃんにおやつをねだる、という下りに、ふと、私も、子どもの頃のある日が蘇ります。

あれは小学校三年生の時だったでしょうか。学校帰りに、近所の貴美ちゃんのところに遊びに行きました。
貴美ちゃんのお母様は珍しく留守にされているようで、テーブルにはおやつが準備されています。木目調のボウルに、手作りのアイスボックスクッキーがこんもり、格子模様のと、渦巻き模様。まるで料理の本の写真そのものの丁寧な出来上がりです。その上には、チューリップ型に切り取られたピンクの折り紙があり、「貴美ちゃん、お帰りなさい。ごめんね、今日は夕方まで留守番よろしくね」というメッセージが。

それをみたときの衝撃。
あの日、私は「将来、こういうお母さんになりたい!」と、強烈に願ったのでした。

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わが家は、このチューリップ事件の1、2年前まで、イギリスとアメリカで8年ほど海外で過ごしました。兄・姉がまだ幼児の頃に渡米し、私は海外で産まれました。要は、母は、海外で子育てというものを学んだような人なのです。
なので、母は海外流子育てに感化されていて、日本に帰国してからも、洋風というか、合理的というか、大雑把というか、そういう育て方をしました。

生活習慣も、当時、母は仕事はしていませんでしたが、諸々のアクティビティで忙しく、私が学校から帰ってくるときには留守にしていることが殆どでした。そのことを「ごめんね」と、罪悪感持っていた様子はありません。

また、おやつが用意されていたこともありません。お腹が空いたら、自分で適当に棚を探して食べます。ましてやチューリップ型に切り抜いたメモに、用件もないのに「お帰りなさい」というメッセージを残されているようなことはありませんでした。寂しいときは、遊びに行ったりテレビ見たりしていました。(本当は勉強するか本でも読むべきだったのでしょうが)

母は、料理が嫌いというわけではないのです。クッキーやケーキも作ってくれることもありました。ただ貴美ちゃんのお母様のようにぐるぐる巻きや格子模様のクッキーを試みることはしません。クッキーと言えばスプーンで掬ってドロップして焼くか、天板に敷き詰めて焼き上がったらナイフで切る、といったタイプでした。

帰国してしばらくすると、私も周りの友達と同じでありたい、と思うようになります。日本的な環境には、同化圧力というのがあるのでしょう。服装や髪型といった見た目もそうですが、生活自体もみんなと同じでありたかった。十分凡庸だったのに、普通でありたい、と切に願ったのです。

そのためには、まず母に家に居てもらいたかった。「昨日はママと一緒にクッキー焼いたの」と私も友達にさりげなく言ってみたい。いかにも「普通の幸せ」っぽいじゃないですか。その時に焼くのは、もちろん、丁寧に作ったアイスボックス・クッキーです。

お弁当も、ピーナツバターのサンドウィッチかお握りだけ、デザートは日本の大きな皮付きの林檎一つドーン、ではなく、おかずの種類も色々で、林檎もちょっとになっちゃうけれどウサギに切ったのがいい。
家での食事も、「ミキちゃんスパゲティ好きでしょ?」とそれだけにするのではなく、ほかに色々入ったサラダがあって、出来合いの、粉を溶いただけのでもいいから小さなカップにポタージュスープもあって欲しい。焼き魚のときは、小鉢が幾つかあって、好きではないけれど漬け物もあって、味噌汁もあって、そういう細々したのがいい。
だって、テレビ観ているとそうだもの、友達の家に行くとそうだもの。

周りからのすり込みで、「あるべき母の姿、あるべき家庭の情景」というのを作りあげてしまっていたわけです。母とは何ぞや、家族とは何ぞや、と立ち止まって考えることなく、イメージ先行の、浅薄な「母親像」です。

思春期は、そのイメージに嵌まらない母に反発ばかりしていました。よくある、母が娘にこうあって欲しい、というやつの逆ですね。

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そんなことをひとしきり思い出した後は、嫌でも今の自分の母親ぶりを振り返ることになります。これはもう失笑するしかありません。

定職を持たない身ですが、子ども達が下校時に留守にしていても、罪悪感はありません。ママにもママの生活リズム・交友関係があるのだから、当然でしょう?という姿勢です。

食事、うちは常に一品料理です。
フランス料理はコース風に頂くので豪華なイメージですが、その実は、メイン以外は、フロマージュやシャルキュルトリ(サラミとかパテといった加工肉料理)など、出来合いのものが殆ど。

ここで、フランスらしく「夫も料理してくれますし」、と言えたら良いのですが、夫は料理の「り」の字もわかっていないような人なので、私が担当です。ただ「お前がやって当然」という考えはありません。どんな簡単な料理でも感謝の言葉をもらっています。

そもそもフランスの普段の食生活はシンプル。よって求められているハードルも低く、毎日の食事づくりは気楽なのです。ご飯を炊いただけでも「やったー!」ってなもので、小鉢数種に漬け物、その上味噌汁など出した日には、「トゥーマッチだよ、全部食べられない」といわれかねません。

お菓子も、買いに行くより楽だから、という理由で、週に一二度何かを焼いていますが、それも本当にシンプルなものばかり。デコレーションなんて、数えるほどしかやったこともありません。
クッキーに至っては型を抜いたことも、格子を組んだこともなく、いつも岩のようにごつごつしたドロップ型クッキーです。

ちなみに、年の瀬を迎えていますが、海外にはそういう慣習がないことをいいことに、大掃除もせず、お節料理もなし。

それでも、自分は結構いい母親だと思っています。図々しいでしょう?
お腹を空かせることなく、寒い思いをさせることなく、やりたいと言ったことは取り敢えずやらせてあげているんだから、OKでしょう、という。

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今思うと、なんで子どもの頃(~若い頃まで)はあんなに「あるべき母親像」に拘ってしまったのか、ほんとうに残念です。
母を責める必要もなかったですし、私自身も、肩身の狭い思いをする必要はなかった。遠足のとき「崩れないように」と、母がミネラル麦茶の空き箱に詰めてくれたゆで卵やお握りを、恥ずかしそうに食べる必要もなかったのです。美味しかった、と素直に満足し、母に伝えればよかった。

別の言い方をすれば、もっと自由に生きていたらよかったのです。
自分の物差しで、ママのこういうところ好き、嫌い、と判断したらよかった。
自ら、自分を、そして母を、型にはめて、はみ出さないようにしていた。はみ出ないで、と懇願していた。
嗚呼、なんて無駄なストレス、そして残念なことでしょう。

今年は、出来合いのポテトサラダや冷凍餃子を食卓に乗せる主婦を失格者として批判するSNSがあったと聞いています。
これは極端に古い感性の持ち主による発言だと信じていますが、これが話題になってしまうあたり、まだまだ擦り込み活動が盛んなんだな、と憂っています。

若い皆さん、何かに漠然と憧れるとき、否定したくなったとき、一瞬立ち止まって、その根源を見つめてください。「それってどういうことなのだろう」とまずは考えてください。
私のように擦り込まれないでね。自分に鎖をかけないでね。
自由な心を大切にしてね。

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長くなりました。
明日は大晦日。色々あった2020年が間もなく幕を閉じようとしています。今年も読んで下さって有り難うございます。来年はもっと沢山書きたいな、と思っています。お付き合いのほど、どうぞ宜しくお願い致します。
皆様のますますのご健勝を祈りつつ。

ドメストル美紀

2020年11月30日月曜日

マイ・ステイトメント

薄曇りのベルサイユ便り、しばらくぶりの更新となります。

もっと頻繁に書きたいのですが、頭の中が忙しくて、note活動に辿りつけずにおりました。
でも、ここで一旦、手を止めて、「今、思っていること」、を記すことにします。

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最近、思うのは、「女性っていいなぁ」ということ。
このところ、そんな女性達のストーリーを書いているから、より一層そう思うのかも。

この↓「翼シリーズ」にまた手を入れているのです。愛らしくて、でも優秀なるKさんや、私の駄作に目を通して下さる方々からのコメントのお陰で、すごく良い小説になってきました。

女性って、複雑で面倒くさいところもある。頭でっかちで、プライドが高くって、そのくせ、遠慮しちゃって、損しちゃって。その一方で計算高くって、抜け目なくって、生存力あって、でも、か弱くって、壊れやすくって。
かと思うと、そんな全てを包み込むような大きさがあって、優しくって、底力があって、英知に飛んでいて。なんといっても、可愛いし、綺麗だし。あ、でも時には恐ろしくって醜い顔もみせるか……。

そんな女性達について、もっともっと書きたい。もっともっと、伝える力を身につけたい。
押しつけることなく、女性を力づけるようなものを書けたらな、と願っています。

若い頃に読んだミヒャエル・エンデの「はてしない物語」の中に、女王が「時間はかかるだけかかるものよ」と、ようやく自分の過ちに気づいたバスチアンに諭すという下りがあります。遠回りは無駄ではない、と慰められる場面です。
私も、十年余り書いてきて、ようやく、何を書きたかったのかが見えてきた感あり。遠回りしているけれど、私には必要だった道程なのでしょう。

視界がクリアになってきた今、何かいいものが書けそうな予感にわくわくしています。
そんな My statement 。

読んで下さってありがとう。応援して下さってありがとう。

頑張ります! 

2020年10月30日金曜日

フランスの秋 パット・ドゥ・フリュイの作り方

 


サルト地方の田舎の家よりボンジュール!

子猿たちの学校が秋のバカンスに入ったので、週末からこちらに来ております。バカンスって、あれ、また?と思われた方、ええ、そうなんです。フランスでは6週置きに2週間のバカンス(夏は2ヶ月+)があるのですよ。親は忙しいったらありゃしません。

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今回の私のミッションは、花梨(仏語Coing)の加工です。
花梨、日本でもたまに店頭で見かけましたが、どのようにして召し上がるのでしょう。私が初めて手にしたのは、フランスでのことでした。義理両親の田舎の庭園でたくさん採れるのです。
フランスでは、ジュレにしたり、パット・ドゥ・フリュイというお菓子にします。

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花梨はしっかり熟したものを使わないと、結構な渋みがあります。こちらは、3週間前に、義父が収穫し、私が来るまでカーブにて温存していたものです。5年前までは義母が、昨年までは義父が、自ら調理していたのですが、ついに私に譲られてしまいました。
というのも、花梨の加工は時間がかかるのですよ。

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この大きな蒸し器を使って、花梨のジュースを抽出しジュレを作ります。
そして残った身の部分で、パット・ドゥ・フリュイを作るのです。
この蒸し器、一番下は、お湯を張るところです。
二段目は、下の写真のようになっています。真ん中の穴から蒸気が上がり、お堀のようなところにジュースが溜まっていく仕組みとなっています。

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その上の段は、下のようになっています。

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ここに乱切りにした花梨を入れて蒸すこと一時間あまり。種も一緒に蒸し、天然のペクチンが下の段に滴るようにします。

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これで2キロほど。今回は4キロちょっと在ったので、2回に分けて蒸しました。

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4キロ余りの花梨から取れたジュースは1.5リットル。
ジュレは、ここに同量の砂糖とペクチン少量を入れ、ジャムを作るときのように、ぐつぐつ煮立て、沸騰したら5~8分。

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ジュレが出来ました。ペクチンの量が多すぎたみたいで、ちょっと片めなのが残念。瓶の下部分に隙間があるのは、瓶に熱々のジュレを入れ蓋をしたら、すぐ逆さまにしてジュレが凝固させたからです。このジュレも、いずれ重力で下に行き、ジュレと瓶の蓋の間の隙間は真空に近くなる、という仕掛けです。これで瓶内を真空にさせてカビの発生を防ぎます。
ジュレは薄いトーストに、ジャムのように塗っていただきます。

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さて、パット・ドゥ・フリュイ。
ウィキペディアによると、フランスの中央山麓地帯発祥のお菓子とのこと。こうやって保存し、冬季もフルーツが食べられるようにしたのでしょう。
フランスでは、パット・ドゥ・フリュイはチョコレートと並ぶ人気もの。お値段もチョコレートに近いです。食後にエスプレッソとともに、軽くつまむ、そんなお菓子です。

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上の写真は、先ほどの花梨の、蒸した果肉の部分を裏ごしし、砂糖とペクチン(こちらはかなり多め)を加えて煮て、型に流し込みます。ペクチンの効果ですぐに固まります。これは、500gの果肉、砂糖同量、ペクチン80gで作りました。本来のレシピでは、砂糖、ペクチン共にもう少し多めです。
写真の、なだらかでない部分は、鍋にこびりついた部分です。勿体ないから加えましたが、すでに固まっていたので、馴染むことなく凸凹。大ざっぱな私は気にしません!

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これをあら熱取れ、しばらく放置し乾かしてから、切って、粗目のグラニュー糖にまぶして出来上がり。

ジュレも、パット・ドゥ・フリュイも、薔薇のような芳香がうっすら、酸味も程よくて、エレガントな美味しさです。

この抽出型蒸し器がなくとも、花梨を薄く銀杏型に切って水をひたひたになる程度にかぶせ、ゆでたものでも十分美味しく出来ます。
ゆであがったら、果肉とゆで汁を分け、ゆで汁は煮詰めて水分を若干飛ばしてから、上記のようにジュレにし、果肉の部分で同じようにパット・ドゥ・フリュイにすればOKです。
花梨は、のど飴もあるくらいですから、喉にも良いはず。
注意!花梨は、黄色が少し濃くなったな、というくらいまで熟させてくださいね。そうでないと、渋みがあります。

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素敵な秋を~


2020年10月4日日曜日

フランスのコロナ事情③ PCR検査を受けました

秋深まるベルサイユよりボンジュール!

この一週間、見事に雨降りの毎日でした。
気温は10~15℃。陽もぐんぐん短くなっていて、朝8時頃まで暗いのです。登校・通勤にはつらい季節がやって来ました。

……ですが、わが家はみんな朝寝坊。学校にも行かず、会社にも行かず、子供達は9時過ぎまで寝ていました。
なぜって? 実は、今週わが家はロックダウンしていたのです。

兄猿の鼻風邪に気づいたのが金曜日のこと。兄猿の場合、鼻から始まることが多いので、ただの風邪だと思っていました。
が、ふと夫がコロナ関連のサイトを調べたら、若い人の場合は、鼻から始まることが多いんですって。
そこで取り敢えず、わが家はロックダウンしたのです。

そこから始まった私と兄猿の「PCR検査を巡る旅」。
フランスは誰でも簡単にPCR検査を無料で受けられると聞いていたのですが、いやいや、フランスでそんなにスムーズに事が運ぶはずはなく。
雨に打たれ、非情に晒され(はい、大げさです)、そんなレポートです。

火曜日……
夫はテレワークに、ちび猿も学校は休みました。兄猿は自室で一人ご飯の刑です。
教育省のコロナ対策サイトを見ると、まず医師にコンタクトして判断を仰ぐとあります。朝、家族医に電話すると、①確かに疑わしい。②診療所に兄猿を連れて来るな ③PCR検査の処方箋を書くから取りに来なさい、と。
でもこの家族医は夕方からしか診療所に来ない。「処方箋なくても、検査受けられますか?」と聞くも、答えはうやむや。早く検査したかったのですが、無駄足踏むのも嫌なので、素直に処方箋を待ちました。
ここですでに一日ロスしました。
水曜日……
PCR検査、ラボ(検査所)で受けるか、病院に行くか。
病院に行くとさらに病菌を貰いそうだからラボかな、とネットで調べると、症状がある人はラボでは受け付けない、とある。では病院か、と思って病院サイトに行くと、次回のアポは一ヶ月先、とあります。
それでも兄猿と病院に赴くことに。フランスは、決まりはどうあれ実際に足を運び交渉すると何とかなる時もある国なのです。でも結果は同じでした。
帰りにラボに寄ると、ドアに太字で「症状ある方は一歩も踏み入れてはダメ」と貼り紙されています。
兄猿はもううんざり顔。「今週はテストが5つもあったのに......遠足もあったのに……」
昨日は学校休めてウキウキだったちび猿も、友達を家に呼ぶことも出来ないし、兄猿とも遊べない「このコロ休はつまらない」とぼやきます。
木曜日……
咳も治まったので、兄猿といざラボへ。数人しか並んでいないのでラッキー!と思ったのですが、このラボは抗体検査しかしていないそう。家を出る前にしっかり調べようよ母、と反省しつつ、さらに2キロほど離れたPCR専門のラボに向かいます。
この間、雨傘の下、兄猿は嘆きます。
「なんだよこれ。もうヤダよ。検査しないと学校にいけない。でも病院だと一ヶ月待ち。誰が一ヶ月先まで待つって言うんだよ。ラボはラボで、症状がなければ調べるって本末転倒じゃないか。たとえコロナだっとしても、もう消えているよ、意味ないよ。ボク元気だもん。PCR検査、ボクの担任は4時間待ったって言ってた。もし2時間以上待たされるなら、ぼく帰るから。学校には、コロナじゃなかったって言えばいんだから」
兄猿の歎きを聞いて、少しほっとしました。兄猿は、余り文句言わない子、というか、「何ごともポジティブ・シンキングの21世紀少年」なので、この状況をどう消化しているんだろう、と気になっていました。
「あなたは何も悪くないのに本当に不運だと思う。同情しているよ。でもしょうがないことってあるのよ。知らずにコロナ菌持っていて、移しちゃったりしたら、そっちの方がやりきれないでしょ」
というと、兄猿は「ふぅー」とため息を漏らして、やり場のない怒りを堪えていました。

やっとラボに到着。そちらは10人ほど並んでいて、中には顔見知りの子もいて、うちの子だけじゃないことに何故か慰められるバカ母。
1時間ちょっと外で待ち(雨が冷たかった!)、検査して貰いました。検査は18~24時間で出る、とのこと。ラボの受付の方がとっても感じ良くて救われました。

前日は病院→ラボ→家、この日はラボ①→ラボ②、と計10キロ近く行脚したので帰りは贅沢(子供達には「バスは贅沢」と言っているので)してバスに。
道中、兄猿が達成感一杯の顔つきをするので笑っちゃいました。思わず私も、「陽性だったら」ときのことは考えず今は「長かったPCRまでの道」を終えたことを喜ぶことにしました。
金曜日……夕方にラボに電話すると、その場で陰性だと教えてくれました。

以上、長々と記しましたが、いかが思われますか。
地域の病院の状況によるのでしょうが、
症状なくなって初めて検査を受けられるという実状。
たとえコロナに感染していたとしても菌が察知されないケースも多いのでは。

また、この時間のロス! うちのケースで言えば、もし、家族医を挟まなくてよかったのなら、そして病院が受けてくれたのなら火曜日には検査できました。それが木曜日まで待たされた。たった二日の違いと思われるかもしれませんが、こういう小さなことが、感染の原因になっていると思うのです。
せっかちなフランス人は、コロナではないかもしれない子供を自宅待機させるのが嫌がることでしょう。風邪の症状が治まったなら、「PCRなんて受ける必要ないわね」と、「ただの風邪でした」と言って学校に行かせる人も多い気がします。

ちなみに、夫の会社のルール(恐らく多くのフランスの会社も同じ)では、陽性と出た人と濃厚接触していた場合は自宅隔離せよ。疑わしい期間に関しては出社してもよいのです。これも変ではないですか。

結論としては、怪しいと思ったらすぐに検査できる体制でないとダメだと思いました。
フランスではそれが出来ていると勘違いしていたので、そうではない実状を知ってガッカリしました。
一方、検査結果は本当に2日以内に出たので、それは公言通りで「よしよし」、でももっと早く分かって欲しいとも思う。
誰もがリトマス試験紙のように、検査できて結果もすぐ分かるようになったら、感染もかなり少なくできるでしょうね。

昨日のフランスの一日の感染者数は、1万3千人弱。PCRを巡る旅を経た今、本当の人数は、これよりずっと多いのだと推しています。

どうぞ皆様、Stay Safeされますように!