2013年10月3日木曜日

フランスの教育の意図するところ……

先日、ちび猿の予防接種のため、小児科医の予約を取ったときの会話です。

「あら、マダム Ca va? 予防接種ね、9月は大忙しなのよ。20何日の午後5時なら来れる?」
「スミマセン、5時は無理なんです」
「じゃ火曜日は?」
「いえ、毎日無理なんです。夜7時頃だったら大丈夫なのですが」
「……7時まで忙しい子供って、なんじゃそれ。ぶつぶつ。ま、C’est la vie a Paris!(パリの子供たちなんてそんなものよね) OK, では来月になるけれど水曜日のお昼なんて、大丈夫なんだっけ?」
「はい、うちは学校がないので大丈夫です。」

ということで無事予約が取れ、受話器を置きながら、ふと私も自問自答。
「毎日7時まで忙しい子供って、ホント、『ナンじゃそれ』だよね」

タクの子猿たち、まだ小1と小3なのに、朝8時に校門くぐって、授業の後は学校で柔道の稽古やらエチュードと言って集団で宿題をやるのに参加させているから、お迎えは夕方6時過ぎ。

日本の子供たちも、まぁ塾とかで忙しいと聞いてはいるけれど、夏に帰省していた時に見た限りでは、学校は1時から3時くらいの間の終わって、それから5時まで公園でのびのびと遊んでいたのと比べると、パリの子供たちは自由が少ないよね。

「ぼか、遊びたい」
そして昨日、水曜日が、この予防接種の日でした。
朝、ピアノの練習して、ピアノのお稽古が始まって、終わってから小児科医に行って、お昼食べて、日本語補習校に行って、授業の後、図書館で図鑑やマンガを観て、帰ってきてお風呂入って、少し遊んだところで「ご飯よ~」。
そんな中々、多忙な一日でした。

ご飯にチビ猿がこないので見に行くと、ちび猿、ソファーでうつ伏せになっている。予防接種の副作用で熱でもあるのかと思って「どうした」聞くと、涙目になって、
「ぼか、かなしい。全然遊んでいない」
と大嘆き。
いやぁ、間々に十分遊んでいたと思うよ。
でも、まぁ毎日のことを思えば、確かにダラダラ遊ぶ時間が少ないよね、小学生になってから。


そんな今朝の新聞のニュースは、
「学校4.5日制度導入、悲惨な事態!」
とありました。

フランスでは、幼稚園・小学校は、月・火・木・金の週4日制だったのが、この9月の新学期より週4.5日制になりました。余りに急な改革だったので、多くの地区(子猿たちの学校区も)では来年度より導入することになっていますが、パリでは既に4.5日制開始。

改革の表向きの理由は、1日の就業時間が8時過ぎ~16時過ぎまでと長過ぎて、子供への負担が大きすぎる。だからそれを分散する、ということですが、新しいカリキュラムでは、子供たちは、15時までは今まで通り授業をして、15時から16時半までは、学校で、図工とか、スポーツなどのレクリエーションをする、と言うことになっただけ。
子供たちにとっては結局、学校にいる時間は変わらない。学校にいる限り、自由ではないよね。

受け入れる先生たちの反発ももの凄いようで昨日は大規模なストがあったらしい。

では親たちは、というと、これまた慣れないリズムに、何が利点なのかまだ見えないこの教育改革に不満たらたら。

政府がそれでもこの改革を推し進めた本当の理由は、子供を親から離させるためと思う。

パリもニューヨークに負けないほどゲットー化が進んでいると言われます。

そしてゲットー地域では貧困の差、文化・宗教の差、など色々な理由から、子供たちの教育レベルに関しても、親が放任していたり、仕事で忙しくて観てあげられない、他人を雇う余裕もなく、一方プルジョワ地域では、親も子供をエリート路線に乗せるべく勉強勉強と煩くし、家庭教師などを雇っている。このように子供たちの教育も両極化していて、益々ゲットー化に拍車をかけている、という。だから子供の教育は我ら共和国がするから、親は仕事でもしていなさい、という。

なんかねぇ。
一理あるけれど、教育ってそんなに一律化できないと思うんだよなぁ

大体、情操教育とかさ、丸ムシなんですよ、フランスって。
日本の「先生」の定義と違って、フランスの「先生」は「=教える人」、学業のみを教える人なのです。それ以上のもの、例えばちょっとしたしつけ的なこと、カウンセラー的な役目などは期待してはいけないのです。子供との距離感もしっかりと取っている。そういう役目の人がする教育と、親がする教育をごっちゃにしてはいけないと思うんだけど。

こんな方法の下大人になった子供たちが運営する将来フランスって、やっぱりクリエイティブでいられるかしら。美の大国でいられるかしら。

……心憂う母猿です。