2017年6月4日日曜日

初夏のサイン


画像に含まれている可能性があるもの:植物、木、草、屋外、自然
前世は熊だったのではないか、と思うほど森が好き。
義理両親宅の、森へ続く道。
私たちが結婚した頃に義父が植えた樫が育っています。

皆様、いかがお過ごしでしょうか。
こちらヴェルサイユは、まさに薫風の5月となり、初夏を満喫中です…と書き出したところで、すっかり筆が止まっていました。

5月は、フランスでも、日本のゴールデンウィークに負けないほど祝日が続き、主婦は中々自分の時間が取れません。そんな中、色々書き物のアイデアが浮かび、そっちに没頭していたら、6月になっていました。


書き物は、自分の中で完結したものもあったりで、フルマラソンを走り終えたような心境です。ゴールできると思っていなかったけど、やってみたら出来た!

さて、本題、初夏。

今朝のマルシェでの買い物、庭のバラなど、フランスの初夏を知らせる使者たちをフォトログで行きます。

お店に苺が登場したのは4月の初めでしたが、そこで買うのは素人(買ったけど)。
フランス産の苺が美味しくなるのは五月後半から。500g、2ユーロでした


これはモロッコ産のメロンでした。2つで4ユーロ弱。
実は存在を忘れていて、買って1週間は経っていた。
でも思い出して良かった!

素晴らしい果肉でございました。
巨大な杏、フランス産 1キロ、4ユーロ弱
白桃、白ネクタリンはスペイン産、1キロ、3ユーロ弱
あと、これは少し前に出た新じゃが。
小さくて、しゃきしゃきしてて、でも正直、甘味が少ないのでそんなに好きでもない。
が、フランス人はこれがごひいきなので、これまたフランス人が好きな
バターソテーにしました。


見よ、美しきは初夏の大蒜。
芯に芽が全く出てなくて、甘味すらあるの!
義母のポタジェにも、紫の葱坊主のようなきれいな花が咲いていました
これぞトマト。アナナスとクリミアの黒い♡とかいう品種。
一キロ3ユーロ弱というのに興奮して、産地を確認し忘れました。

花より団子ということで後回しにしましたが、
昨年8月より借りているこの家、
春になり、薔薇の木が2本あることを知りました。

切り薔薇のようなLong stemmed rosesというわけにはいかないのですが、
曲があるので、ただ切って、花瓶に挿すだけで愛らしく収まる。
黄色の方が香り高かったです。
ということで、私も、家族も元気にやっております。
来月は帰省もするし、ああ、胸は高鳴るばかり。


そして、わが家の当主、マエストロ君。
最近は朝3時半に起き、「遊べ、そうでければ、外に出せ」
と、要求するので、母猿はむかついています。

皆様もどうぞ爽やかな初夏(海外組)/紫陽花美しい梅雨(チーム・ジャパン)を、お過ごし下さい。

2017年5月10日水曜日

心のページを繰るとき

ベルサイユは、エリザベート庭園より。
皆様、ゴールデンウィークはいかがお過ごしでしたか?
友人らのSNSでは、日本の青空の写真を楽しませて頂きました。
こちら、ベルサイユは、雨が降る日がありましたが、それよりも、とにかく寒い!
今朝は格別に寒くて、気温は6℃でした。
でも、わが家はみんな元気ですので、どうぞご安心を!


元気も元気。
こんな美味しいケーキをご馳走になったりしていました。
桜モンブランですって!
さて最近は、信仰ということについて少し考えていました。
 「信仰」というと、ぎょっとする人もあるかもしれません。英語で言えばFaith、辞書を見ると、信仰の他に、信念、確信、信頼などとあります。

というのは、このところのベルサイユで話題になっているのは、宮殿庭園の近くに建立された、ある宗教団体の神殿(Temple)のことなのです。
ここで宗教名を明記すると、検索で引っかかりそうなので、M教としておきますね。前回の米大統領選に立候補していたミット・ロムニーが属している宗教です。この宗教に賛否意見はありませんし、それが目的の文章でもなく、曲解されるのと困るので、こういう怪しい表記をすることを悪しからずご理解頂けますよう。

この神殿は、通常は特別な信者だけが入場できる施設ということなのですが、建立記念として、この一か月近くは、予約すれば、一般の人も中が見学できるというので、好奇心から訪問してきました。

何故、「好奇心」かというと子猿たちが横浜で通ったインターナショナルスクールに、M教の生徒が何人かいて、親子共々仲良くお付き合いしていたことから、どういう宗教なのだろう、と興味を持っていたのです。

そして、先月末には、そんなママ友の一人が、M教内でも話題のこの神殿を訪問するために、はるばる渡仏してきました。今回は長男さんだけを連れての渡仏でしたが、三男のザックは兄猿と同じクラスで、一緒にロボティック相撲に取り組んだ友人でもあり、また、ザック君とその兄弟は学校でも評判の優等生でした。長男さんは、高校生で、一度もフランスに来たことないのに、フランス語ペラペラ! とにかく、優秀で品行方正な家族なのです。

半年+ぶりの再会にハグを交わし、和食を食べながら、ザックやその兄弟たちが相変わらず立派に育っている話を聞き、人の子供ながら嬉しくなる。そして、どうやったらそういう子供が育つのかも知りたい。そのバックボーンにはM教があるということのようなので、少し話を聞きました。

私自身は、カトリック教徒です、……なんて言うのが恥ずかしい緩い信仰を持っています。
日曜日のミサ、行くには行くけれど、そこで静かに自分の世界に浸るのが好きで行く、という不埒者だったりします。
あとは、お祈りするのが好きでもある。
とにかく教会の空気が好きなのです。
教会に行くときは、家にいるときとそう変わらない格好で行きます。男性の装いを見ると、ジャケット着用している人も見かけますが、カジュアルな格好の人の方が多い。
うちは、せめて靴だけはスニーカーではなく革靴を履く、というのは子猿たちにも強制している、その程度です。

それがM教はもっと厳しいです。例えば服装にしても、日曜日は、男子はネクタイを絞め、制服に近い格好をするそう。
日曜日は3時間ほど教会で過ごし、その後は家族で過ごすことを譲りません。道理で、日曜日の誕生日会やイベントに、ザック君は欠席だったわけです。

M教は、服装以外も、勉強や仕事に関しても、きちんとすることを奨励しているとかで、これが好感度高い人が多い理由の一つなのでしょう。

また助け合いや、コミュニティー活動も奨励していて、こういう社会的な一面を持つがため、異端視されつつも、多くの国で受け入れられているのだと理解しました。

メンターシステムもよくできていて、困ったら手を差し伸べてくれる人がたくさんいるようです。教義的なことも迷ったらしっかり向き合って、ドロップアウトさせないように説くことができる優秀な指導者もたくさんいることでしょう。

また、ユタ州にはM教が運営する大学もあり、信者は無償で教育を受けることができるそう。それもこれも、収入の10%以上を献金するというルールがあるからなのでしょうが。

こういう綿密に構築されたシステムの中にいれば「困ったことがあっても、神様を信頼していればいい。家族もいるし、その外にも教会の誰かがいる、僕を守ってくれる、受け止めてくれる」という安心感があるだろうな。そして、自分もいずれそういう頼られる大人になろう、と思うような、ロールモデルもたくさんいるんだろうな。
そしてそういう、「絶対的な」安心感の中で育つ子は、確かに真っ直ぐ育つんだろうな、と思ったのです。
荒れた庭に咲いていた薔薇。
素晴らしい香りでした!
ベルサイユは、カトリックが強く、大きな教会が幾つもあり、私立の小中学校や教会ではカテシズムの授業があり、日曜日の夕方にはティーン向けのバンド付きミサまでありますが、
それでも、M教ほど、宗教が子供たちの近くにある、という気がしません。
困ったことが起きた時に、神父に相談に行く子供たちはいるのだろうか、という感じです。
教会の関係者が子供や若者のメンターにはなっていないと思います。

……なんて、教会、メンター?などというと、日本では警戒される方も多いでしょう。日本語で宗教とか、宗教色という言葉を聞くと、=胡散臭いとか、怪しいとか、ネガティブなイメージがつきまといそうですものね。
 
 私は、信仰/Faithがあった方が良いと思います。
 Faithを持つ、それが宗教でも哲学でも、親でも、自分信仰(どうだろ?)でもいいから、信頼できる倫理感を持っていないと、内省できない気がする。そして、考えなくなったらおしまいという気もするし。
 
 日本人は、宗教的ではないが、霊感的(スピリチュアル)だ、というのを聞いたことがあるけれど、霊感的というのと信仰というのはまた違う気がする。霊的なものを「感じる」のと「信じる」は似てて非なるもののよう気がするのです。
 
さっきから、気がする、気がする、とそればかりで、はっきり言えなくてすみません。
緩い信仰、気がする、断言できない、揺れるぶれるの典型的現代人たる私なのです。
 
少し前に撮った近所の藤棚
 まあ、ダラダラとこんなこと考えていたのですが、今日ここで書きたかったのは、そのうち、私の中でもフツフツと意識改革が起きてきたことです。

 私は、今家庭という小さな社会の中で、しっかり子供たちを守り、受け止め、安心を提供し、正しくあれ、と先導する、そういう立場にあるんだな、ということを今一度認識したのです。
 日々忙しくて、ついつい、子供たちの話を聞き流したり、説明をめんどくさがったり、「世間ではこのくらい図太い方が生きていけるから」、などという理由で矛盾したことを言ったりして、そして「しょうがないじゃん、ママだって人間なんだからさ、そんな責めないでよ」と開き直る。
 こういうのは、やっぱり良くない、もうちょっと正しくある努力をすべきだな、と反省したのです。
 子育て以外でも、もうちょっとシャキッとしたら?という内なる声が聞こえてくる、
 
 そんな今日この頃です。
ごめんよ、チビ猿。
 それもこれも、周囲の雑音が収束に向かい始めたから、かもしれません。
 誰も支持できないフランスの大統領選挙も終わったんだし、もう、悶々とするのはやめて、歩くしかないじゃない? という気になってきたところがある。
 一言だけ、一言だけ最後に言わせて頂けば、仏大統領選、オバマ氏は、「恐怖ではなく希望を選べ」と言ったとか。……オランドの元4年間経産相として不景気、増税に導いた人が大統領に選ばれて、どこに希望があるのか、全くわからないし、左寄りメディアが煽動した選挙というものに民主主義が冒涜された、という怒りすら感じた今回のキャンペーンでした。
 
……が、もういいです。ほんとうにいい。
 
気を取り直して行こう、と、今、心底思いはじめています。
明日へのFaithがあるから大丈夫。
皆様もどうぞ素敵な初夏を!






2017年4月10日月曜日

嫉妬深いフランス人



KIMG5128.JPG を表示しています
こんな季節になりました
皆様、いかがお過ごしでしょうか。
横浜、東京、京都より、たくさんの桜便りがフェースブック、インスタグラムに飛び込んできていて、フランスに居ながらにしてお花見させて頂いております。感謝!

そんなはんなりの春なのに、ちょっと硬派な文章を書いてみました。
辛口フランス評シリーズ、第何段目でしょうか。
長い、硬い、暗いの三重苦ですので、お時間あるときにでも見て頂ければありがたく。
昔、紋章オタクの夫が作った、我が家の家紋
事の発端は、チビ猿の宿題でした。クラスで国旗について学んだよう。フランスの国旗と言えばトリコロールの三色旗です。そこで、私が知ったかぶりして、
「青が自由、白が平等、赤が博愛でしょ」というと、ウンチク夫が、「否!」という。
これは後付けの俗説でトリコロールの出所は違うらしいです。正しい起源について、ウンチクを聞いたんだけど、既に忘れてしまった……。

でね、「そうか、俗説だったのか」と知って、台所でサラダを洗いながら、「私なら……」と頭の中で遊んでみたのです。
私なら、青が自由、白が博愛、そして赤を平等にすると思う。なぜならフランスの平等は、嫉妬と背中合わせだから。
フランスの平等はひっかき傷だらけ、ドロドロの妬みいっぱいの平等って感じがするんです。
嫉妬深さの例を挙げるならば、今フランスでホットな話題の大統領選があります。5月に決選投票です。
現在のところフィヨン氏(中道右派)、マクロン氏(左寄り)、そしてルペン氏(極右)の3人が有力な候補とされています。ルペン氏は極右なだけにマスコミでもずっと悪者扱いですからね、ちょっと脇に置くことしにて、ここではフィヨン氏とマクロン氏を見ましょう。

でも、まず最初にちょっと脱線して、フランスのメディアはかなり左寄りで社会党(=現与党)影響下にあるということを説明しなくては、ですね。
フランスの主要メディアというと、ルモンド紙、ルフィガロ紙、レゼコー紙、後は各テレビ・チャンネルでしょうか。このどれもが程度に差はあれ左寄りです。このことを知ったときは、それまで「フランスは自由な国、報道の自由が実践されている」と思っていただけにショックでした。
数年前のパリ書籍市のポスターより。
言論の自由、羽ばたく思想って感じでとっても好き。
例えば大統領外遊や教育改革といったフランス関連記事などを、前述の仏主要紙の記事と、ロイターやAFPなどが英語で報道している記事で比較すると、前述の仏メディアが如何に社会党政府に都合のよい伝え方をしているかが分かります。野党バッシングに関しては、小さな疑惑を「○×事件を彷彿させる」と大事件に関連づけて読者の連想を操ったり、ある議員の発言を曲解して解説したり、と、あの手この手。一方、社会党に不利なニュースに関しての報道は至って静かで柔らかな文調だったりするのです。
本題に戻ると、昨今のメディアのフィヨン氏叩きが凄まじいこと! 裏にいるのは現大統領とか……。そして、その内容が民衆の嫉妬心を上手に突いているのです。
Image result for ウンベルト・エーコ
ウンベルトエコーの新刊、ヌメロゼロも、
どうやって民衆を誤解に引導するか、
メディアのノウハウ(?)について書かれてます。
始まりは、フィヨン氏が過去に妻に月々3千ユーロほどの給与を不正に支払っていたと言う疑惑。不正というけれど、その当時は家族を雇用すること自体はフランスでは合法だったのです。政治家の妻だったら、3千ユーロ分くらい夫の仕事をかなり手伝わされるだろうから、いいんじゃないの?と思うのですが、いやいや、大騒ぎです。
 その次に出てきたのが、「フィヨンが支援者からスーツも貰っている! 」というネタです。ここでも、「スーツくらい、いいじゃない。先に進もうよ」と思うのですが、これもマスコミがうるさく騒ぐ。
これが、品行方正で潔癖症なお国柄の中 起きたことなら、「私のモラルがルーズ過ぎるのね」と、醜聞政治に慣れてしまった我が大和魂を恥ずかしく思うのかもしれませんが、ここはフランスです。当たり前のように、偽造失業や偽造定年など違法まがいの裏技を駆使して社会保障手当を受け取っているじゃないですか! 叩いたら国民みんな埃だらけですよ。また、政治に関しても不透明な取引など日常茶飯事です。そんな国なんだから、政治家なんて叩けば埃が出てくることくらい、知ってたでしょう? こんな些末なスキャンダルは素通りして、とにかく、この停滞しきっているフランス経済を盛り立てる人を選ぼう、って思うんだけど……
このメディアによる攻撃が成功し、フィヨン氏の支持率は急降下しました。
春の海、ブルターニュ
これが日本だったら、と考えてみると、この手法ではここまで効果的に政治家を仕留めることできないと思います。どうしてなのか、私なりに分析しました。
思うに、フランス人は、政治家と自分を同じレベルで捉えているのではないか。「私は毎日会社に行って面白くもない仕事して月給2500ユーロなのに、フィヨン妻は大した仕事もせずに3千だなんてずるい」「オレなんて、セールを待って300ユーロはたいて買ったスーツで我慢しているのに、フィヨンはスーツをタダでもらった。ずるい」と、まるで同僚が自分より高い給料貰っている、よいスーツを着ている、という受け止め方をしているのではないでしょうか。
これが日本だと、ある政治家がフィヨンと同じような問題を犯しても、「所詮政治家だ、家族を雇ったり、高級スーツを貰うこともあるだろう。でも汚えよな~」と、もっと距離感もって、そして一瞬ムカッとするだけではないでしょうか。政治家をエライと思っているのではなく、政治家は特別な(色んな意味でね)人がなるもの、自分とは縁がない、別の世界の人、として捉える気がするのです。

フランス人は、カルチャーや教育を通して、かなり徹底的に平等(エガリテ)精神をインプットされています。例えば、金持ちも貧乏人も富の違いはあるけれど、同じ人間だと考えています。宗教の違い、民族の違いなど、色々違いはあるけれど、われわれは同じ人間だ、とここまでは素晴らしいです。本当にその通り。
でも、そのあとに、「だから、オレもアイツと同じように物質的にも社会システム的にも恵まれるべきだ」、と続くのです。エガリテ(平等)は権利だ! アイツが持っているなら、オレにも寄こせ!……そういう乱暴なところがある。その通りなのかもしれないけれど、う~ん、難しい。平等って、何を持ってして平等なのか、と考えさせられます。
一方、日本人はというと、人間みんな平等であるという前提(・・)は知っているけれど、現実では物質的にそして社会的にも差違がある。そして、そういう違いに直面したときは、「アイツは金持ちだから」「あの人は美人だから」「あそこは政治家だから」と心の中で切り離して見るようにしている。違う次元にいる人だから、競う必要はない、と考える。何故なら、平等というイリュージョンに執着すると、不毛な怒りや妬みで自分を消耗させることになる。また、「ずるい」「いいなぁ」と思うことは恥ずかしいと教育されている。
だから、たとえマスコミがフィヨン級(森友級ではないですよ)の粗相を糾弾しても、スルーされる可能性高し、だと思うのです。


前回の大統領選も、サルコジ氏が民衆の嫉妬心を煽ったのが敗因だったと言われています。「サルコジのやつ、移民出身の成り上がりの分際で、金持ちの美人の奥さんをもらって、高慢ちきだ、庶民の気持ちなんて無視して改革を進めやがる」と嫌われ、反動で選ばれたのが現在支持率一桁のオランド大統領です。
米のトランプ当選にも驚きましたが、まだまだ驚くことが続きそうなフランス。先日は、「フィヨンには裏切られたから、ルペンに入れる! 」とまるで男女間の恋愛がごとく嘆いている友達もいたりして、「お願いだから冷静に投票してね」と頼みました。嬉しい驚きがあるとよいのですが、どうなることやら。


以上、辛口フランス便りでした!

2017年3月30日木曜日

ベルサイユの朝、そして春


皆様、
またまたご無沙汰しております。
前回のブログ更新が、「冬休み」トピックだったというのに、もう、今週末から春休みに突入だなんて。
ブログ無精は筆無精だったから、ではなく、逆に、最近は何だか筆が乗り、以前から取りかかっているフィクションものの他に、更に新しいアイデアも浮かんだりで、PCを前に、小さな脳みそから文字を絞り出す、という作業で忙しくしておりました。
目はショボショボですし、運動不足だし、ひっつめ頭でカッコ悪いのですが、楽しくやっていますので、どうぞご安心ください。

レンギョウも花盛り!
さて、ベルサイユ、今朝の気温は12、3℃というところでしょうか。
今週はめっきり温かく、花粉も大拡散中。

そんな中、「ああ、春!」という感じの朝を迎えています。
今さら春かい? と、ヨーロッパにお住まいの方たちは思われるかも知れません。
実際、ベルサイユでは、何週間も前から、蓮華、桜と花咲いていて、今はもう木蓮がこぼれ落ちんばかりに咲き乱れているのです。
チビ猿通学途中にパシャ。
桜はソメイヨシノではないけれど、よく似たのがたくさんあって、昨年までいた横浜の桜があまりに素晴らしかったなのに、今年は見られない、と寂しく思っていた心を慰められました。
ほら、十分きれいでしょ?
それでも、私が「フランスも桜がきれいね~」と言う度に、チビ猿は「日本の方がずーっときれいだった。もーっとたくさんあった」とケチを付ける。
桜をみて、反ってセンチメンタルになってしまったようです。
日本楽しかったもんね~、君。
こういう時は、ぎゅっとしてあげたくなっちゃう。(でもさっと逃げられる)



そんな毎日を過ごしてきたのに、今朝、ようやく春を受け入れた感あり。
だって、温かいかと思っていると、雨降って、寒くなったりしてたから、いつ逆戻りしても、ショックを受けないように気を張っていたのです。フランスの春は気紛れですからね!

木蓮が満開です!
それが、今朝、チビ猿を学校に送りんだ帰り道のこと、
冷んやりした空気に、朝露とか草木の匂いが混じっていて、その匂いを胸一杯に吸ったところで、
「ああ、春だ、本当に来てたんだ」と、疑い深い私も心から説得させられたのでした。

ほんとは一瞬、
「これ、横浜の匂いじゃない? 」
思ったのです。
日本でも、ある日、あるとき、こんな匂いに「はっ」としたことがあったなぁって。
春の匂いはベルサイユも、横浜も同じなのかな?

横浜の春に比べると、はんなり度は落ちるけれど、爽やか度は少し勝ち。
一人チャリを飛ばしながら勝手に判定まで出したりしてました。


近くのグランドも野花がいっぱい!
日々色々あるけれど、明けない朝ははい、冬の先には春が来る、そんな言葉を信じようという気持ちになるのは、この花たちのおかげ。サンキュ!

皆様も、どうぞ良い春、良い週末をお迎えください!



2017年2月20日月曜日

料理三昧……冬休み雑文集②

この2週間は早すぎる冬休みだったことは前回書きましたっけ。

フランスの学校、6週間置きに2週間の学校休みというリズムでさえトゥーマッチなのに、今回はノエル明けから4週間で2週間の冬休みが来ましたからね。

フランスは休みが多い分、学期中の学習量が多いわけで、明日からまた毎日「これを暗記」「あれを暗記」という宿題の日々が始まることでしょう。

宿題と言いましたが、実は、フランスの小学校は「宿題」は出してはいけないことが国レベルで決まっています。なので、例えば「算数のドリルを何ページ」といった、いわゆる「書く宿題」は出せない。

そこで「地理の○×のページを学んでくること」「算数の○×の定義を暗記すること」を「提案」するという手を使わざるを得なく、先生たちも大変そうです。

***

それはそれとして、冬休み。
先週はサルト地方にある、義理の両親のメゾン・ドゥ・カンパーニュにお邪魔しておりました。
今回は義母がパリに残らなくてはならず、義父、私達、そして義妹の子供たちという、大人3名に子供5名で過ごすことになりました。

冬休み中に、ちび猿と同じ日に生まれた姪っ子の
ジョイント・プレ・バースデーパーティもしました。
チビ猿はキャラメル味、姪はチョコレート味を所望するので
スポンジはそのようにしました。
クリームは泡立ちが弱かったので、ミルクチョコガナッシュに変身。
このメンバーで料理ができるのは私だけですからね。作りましたよ~。
牛2キロ使ってブッフブギ二ヨン、スペアリブは80本、鶏2羽のブランケット、餃子は皮から80個、牛乳1ℓのベシャメル使ってラザーニヤ、ポテトのピュレー1キロ使ったアッシパルマンティエ、ケーキ2つにタルト2つ、あとは何だろう。

何しろ育ち盛りの子供が5人(うち男子4人)が、2時間おきに、お腹空いた、お腹空いたとコーラスしていましたからね、写真を撮り損ねたのが殆どですが、こんな感じでした、
ケーキから先に行くと、これは最近の人気者、
レモン・グレーズ・ケーキ
焼き上がったパウンドケーキに、
レモンとお砂糖を混ぜたシロップを
たっぷりと染みこませるのです。
これ、いつ撮った写真だろう。まあ、こういうタルトオポムも作りました。
これも、リンゴのタルト。探しているのはクランブルの写真なんだけど。
これは、このあと田舎で夏に採れた
桃のコンポートを乗せて頂きました

ブッフフブギニヨンの残りにローストビーフの残りを加えた
アッシ・パルマンティエ、aka シェパーズパイ
重たい重たい。
ある夜は子供たちと一緒に餃子ワークショップを。
皮から作った80コ。5分で消えちゃいました
義父と姪甥にとっては初めての手作り餃子でしたが
気に入って頂けてよかった!
最後の夜は、残り物を温め直してのブッフェ。
沢山作ったのをきれいに食べてもらえてコンプリート感一杯。
どれも失敗することなく、皆さんに喜んで頂けて、感無量でした。
いい子ぶっているのではなく、本当に、疲れよりも喜びの方が勝っています。
私の料理はいい加減ですから失敗するときもあるのに、今回は全て首尾良く運んだことにとにかく感謝です。

料理は、誰かのために作ると楽しいけれど、自分の食事だといい加減になってしまう。
明日からの一人ランチ、「脱・残飯処理ランチ」しなくちゃね。
一見すると冬枯れの森も、みずみずしさが戻っていて
もうすぐ春ですね。
明日からの一週間、頑張らなくちゃだわ。
皆様も、どうぞご自愛を~。

2017年2月19日日曜日

生きた証……冬休み雑文集①

サルト地方に行っていました
例年通り、2017年の暦もアクセル一杯の勢いで捲られていっています。
この前クリスマスだったのに、ここベルサイユでも、春の匂いが 冷たい風に混じっている。
あと10日ほどすると3月ですよ。早すぎませんか?

最近はというと、実はもう冬休みだったのです。
新学期が始まったのが1月3日で、1か月後にまた2週間の学校休み。
フランス本土を3ゾーンに分け、雪山に向かう人々の交通の混雑を懐柔すべくスライド式に休みに入れるためとは言え、なんともバカげた学校休みのリズムで、フランスの教育システムに対して はてなマークが増える一方です。

冬休み中は、本を読んでは「これ書きたい」、料理を作っては「これ書きたい」、兄猿のバカ騒ぎにうんざりしては「これも書きたい」と、ブログを書きたいと思った瞬間が何度もあったのですが、時間が取れずにいました。

そこで、「冬休み中ふと思ったことシリーズ」をちょこちょこ書いてみたいと思います。
*****************************

まずは、この大それたタイトル、「生きた証」。

何のことはない、テレビシリーズを見ていて思ったことです。

わが家はテレビがないのですが、代わりに、夜、子猿たちがベッドに入ったあと、夫とユーチューブで好みのドラマを拾って見るのが息抜きです。

テレビを観なくなってもう30年近い二人ですから、サーチするドラマも、「そういえば、子供のころ、これが好きだった」みたいなところから始まり、そうすると、昨今のアルゴリズムの素晴らしさで、似たようなドラマをサジェストしてくれる。

Inspector Morse, Inspector Barnaby, Father Brown, Sherlock Holmes(Jeremy Brettのバージョン)、Poirot(David Suchetのバージョン)、Foyle's War, Perry Mason、etc., etc...
80年代~のドラマです。

年寄り臭いことをいうようですが、昔のドラマはいい!
プロットを急がずに、人物描写も丁寧で、背景も時代考証もコンピューターグラフィックスに頼らずに現物で作られているし、
多くは、エビソードを前辦後編に分けた2時間枠……何もかもが贅沢なのです。

今のドラマも時折試みますが、45分そこらで起承転結。まるでゲームのようで、夜遅く、疲れた頭で観るには展開が早過ぎてアラフィフ夫婦はついて行けません。

ディビッド・スシェのポアロに勝る役者はいないと思うと同時に、
ヘイスティングスも、この役者さんでなくてはだめ。
結果、古いドラマばかり観ているのですが、色々な発見があるものです。
今は高齢の俳優がまだ若い姿で登場したり、また、既に亡き人となっている俳優さんも出てくる。そして時には昔どこかで観た名も知らぬ脇役と再会することもある。

どこかで見た顔…。
例えばこの俳優さん。
6百万ドルの男やバイオニック・ジェミーに
出ていた。先日みたドラマでは犯人役でした
また、シーズン1から見始め、シーズン8まで続くようなドラマだと、俳優さんたちが少しずつ年とっていく様子に、早送りでお付き合いすることになる。放映中のドラマだと、週に一回お目に掛かるところを、一度見始めると、毎晩一エピソードを見ますから早いのです。

こんな見方をしていると、会ったこともない俳優さんたちが旧知の友達のように感じられ、また、80年代なんて私にとっては昨日のことのようなのに、気づくと何十年と過ぎていたという、この大河がごとき時の流れを痛感させられることがあります。

そうすると、今、過ぎゆく年月に敏感になり始めた年頃の私ゆえに、しみじみするものを感じるのです。

人生って何なんだろう。
きっと、この俳優さんは、この役柄を獲得したときは興奮しただろうな。
そして、これがドンぴしゃりのはまり役としてオーディエンスからも愛されるようになったときは、お金も沢山もらって、役者としてもノリノリだったんだろうな。
でも、それにも終わりがきて、ドラマが打ち切りになったり、自身が病気で倒れたりする。
脇役の人も、主役の人も、きっと若いときは、パンをかじりながら、銀幕に上ることを夢見て、その夢が叶い、興奮も陶酔もあっただろうけれど、時が来ると幕が引かれ、人生の終わりとなる。
そして、しばらくは覚えられているけれど、時には私達のような気紛れな聴衆に見つけられて観てもらえるけれど、これも何十年かすれば、完全に忘れられてしまう。

悲しいけれど、これが人生なんだね。
すっごい不幸も、羨ましいような幸福も、どうってことない。
なんだかんだ自分の中では大騒ぎだけれど、大きな時のうねりの中で見れば、花が咲いて枯れて死ぬ、というのと同じ。
そして風が吹けば、埃となって、その存在は完全に忘れられる。
ちょっと空しい。

……と同時に、また別の事実があることも知っている。
きっと、この俳優さんたちは何らかの形で、誰かに影響を与えているはず。
願わくばプラス、もしかしたらネガティブの影響を与えていて、とっても小さい波紋として、どこかで誰かの記憶に残っている。
それが誰かの、何かの行動や形に影響を与えている。
そういうものだと思う。
見えない、無形のものだけど、これが生きた証。
だから、空しいのも本当だけど、暗くなってはいけない。
いいじゃん、いいじゃん、それで十分!

な~んてね。テレビドラマ観ながら何となく思ったことを文字にしたら大げさになっちゃいましたね!

また明日にでも、別のトピックで書きます。

残りの週末を楽しまれますように!






2017年2月3日金曜日

ベルサイユ便り...Je ♡ Versaillesの巻


ベルサイユ宮殿の運河
横浜を発ち、ベルサイユに越してきて、ちょうど6か月経ちました。
こう書きながら、まだ6か月なのか、と驚いています。もっと長いことここに住んでいる気がする。

日本いたのは、たった2年と2か月。
その短さのせいか、そして夢のような日々だったせいか、「あの2年余りは、実は本当に夢だったのかも」と、時折変なことを考えます。
まだ2年2か月という、中途半端な時の重みが実感できないのです
アイ♡横浜
最終日、横浜ニューグランドから撮影
さて、ベルサイユ。
越してくる前は、「ヴェルサイユの人は上から目線だよ~、コンサバだよ~」と聞いていたのですが、あまり気になりません。というか、そういうキャラも面白いじゃありませんか。

私が気に入っているところは、緑が多く、街並みが美しく、そしてとっても田舎っぽいところ。

ヴェルサイユ、ウィキペディアによると、「ヴェルサイユ宮殿世界遺産)の所在地として有名である。パリから約20km南西に位置し、パリ中心部からは普通電車で最短約17フランスの首都圏の一角を占める。」
・・・・・・これ程パリに近接した立派な街なのに、人々のメンタリティーがとっても田舎しているという。
気取りがなく、気負いもなく、率直に好奇心を見せ、優しさも直球で投げてくれます。

皆さんは、Midsomers Murder (邦題は「バーナビー警部」)など、ご存じないですよね。イギリスの片田舎で起こる殺人事件(それも毎回3人は殺されるという)を熟練警部バーナビーが解決するテレビシリーズです。
もしこれをご存じなければ、アガサ・クリスティーのミス・マープルを連想して下さい。ミス・マープルも、セント・メアリ・ミード村というイギリスの田舎に住み、鋭い推理で事件を解決します。
私はこのJoan Hicksonが演じたバージョンが一番好きです。

しつこく、もう一つお気に入りのTVシリーズ。
Father Brown もイギリスの田舎が舞台
ヴェルサイユ村では、殺人こそ起きませんが(あったら困る)、このドラマの田舎町のように、活動的なコミュニティーが沢山あります。


兄猿の版画
ドラゴンを描いたようです。
先日は、兄猿が通う美術教室のパーティがあり、顔を出しました。よく事情がわからずに、「きっと子供たちの絵が飾ってあって、それを見てジュースとかワインを紙コップで飲んで、ポテトチップスをつまんで、先生にご挨拶して帰る」というイメージで行ったら、全く違いました。

まず、人。
この美術教室は、この地区の行政が運営していて、近隣の絵が好きな老若男女が集って作品を作っていることをこの日知りました。
このパーティも80%は白髪の紳士・淑女たち。皆さん明るい笑顔でエレガントで素敵なこと!


ピアノも置いて在って
どうぞご自由に感性のままに
弾いて下さい、とあるあたり、
さすがアート教室なのです。

そして紙コップにチップスという連想も間違いでした。
ワインはグラスで、テーブルには、見事なハンドメイドのフィンガーフードがズラリ、ズラリと並ぶ。そして、これぞフランスのベテラン・マダムの実力。どれもこれも、実に美味しいこと!

そして、作品。
誰も見ていない!!マチネのギャラリーに飾ってあるけれど、100人は集っていると思われる村民たちは、皆グラス片手におしゃべり・笑い、マチネに上る気ゼロです。先生に挨拶? そんなチャンスないです。先生もおしゃべりにワインにおつまみに、と大忙しですもの。こういうゆるい感じ、すごく好き。

七三の白髪頭に蝶ネクタイの教室長によるスピーチも、茶々を入れる声にめげないところも、即興ピアノも、何もかもが、絵に描いたビレッジライフ、という感じで、私もすっかり楽しい気持ちになりました。

この美術教室は一例で、その他にも教会の集い、音楽学校の集い、図書館での本修理のボランティアの集い、そして、カルチャー・センターでは劇やらオペラやら色々催しものがあり、田舎生活は忙しいこと!
そして、何がよいかというと、どれも敷居が低いことです。
フランス語が下手な私でも、参加すると両手を広げて歓迎してくれますし、オペラのチケットなども気軽に買える。(でも満席だったりする!)

それら集いで皆さんがおしゃべりをしているのに耳を傾けると、皆さん、結構個人的な話をしていたりします。
「父が亡くなって一週間だというのに、兄は既に欲しい家具を全部持ち出したの」「まあ!」「それなのに、遺産分けに不満を言っててね、私、不眠気味で」とか。
聞いちゃ悪いかと思っていると、突然、
「みき、アナタ、東洋医学とかで不眠治す方法知らない?」
と、話題を振ってきたりする。私もついつい
「いやぁ、漢方は知らないのですが、アロマ療法はどうでしょう、オレンジの香りが良いと聞きます(merci, AK!)
など答えたりして。
ベルサイユは教会も多く、
鐘の音が街を響き渡るところも好き
こういうコミュニティーがあるのって、とっても良いと思いませんか。
定期的に集う機会があって、そこで、心許して自分の話ができるようなコミュニティーがある。もちろん、そんな話しなくても良くて、自分が楽しいと思えるアクティビティをする場があり、その時間や空間を共有できる仲間がいる、そして皆近くに住んでいる。

パリに住んでいるときは、こういう地域のコミュニティーに属する機会がなかったけれど、これは田舎ならでは、そして死んでいない田舎、活発な田舎ならでは、と思っています。
町内会とは違うのです。
もっと「楽しいから繋がっている」という、プロアクティブな気持ちが集まっているコミュニティーなのです。

家族がいて子育てに忙しい今でもそうですが、20年、30年経ったときに、こういうコミュニティに属していたら、きっとすごく安心感を与えられるだろうな、と思います。

誰かと関わりながら暮らすというのは、なんて温かいことなんだろう。
そんなことを実感する日々です。

ベルサイユ、パリ地方は、明日から冬休みに入ります。
皆様、どうぞよい週末をお迎え下さいね!