2021年1月24日日曜日

読書日記*絶望とカルト



近年は、オウム関連の記事や電子書籍を読むことが増えました。

オウムが全盛だった80年代の終わりからサリン事件の95年というのは、私が大学から社会人へ移行した時期です。
サリン事件は社会人5年目のとき。でも実はこの事件のことが余り記憶にありません。気持ち悪いし、もう考えたくもない、と蓋をしたのだと思います。

それから月日が流れ、何年か前から、オウムのことを把握しておいた方がいいのでは、と思うようになりました。
これという引き金はないのです。
テロやトランプ氏や右傾化や拝金主義。直近では陰謀説とコロナ禍。人の心が不安定になっている。オウムが出てきたバブルの頃と不安定さとは違うけれど、何か薄ら寒い。そんな中、本能が、あの事件が繰り返されないようにしっかり理解しておくべきだよ、と私を促しているのでしょう。

コロナ禍による外出自粛は、人々の行動が見えないところが恐いです。昔と違って、今はTVではなくYoutuberですし。みんな何を見ているのでしょうね

信者に対する丁寧なレポートをされた村上春樹氏の「約束された場所でについては、以前ブログに書きました。他にもオウム関連の書籍は数冊ほど読みました。

ただ、どんなに読んでも、私には入信に至ったその心理がわからない、というのが、正直なところ。
元信者達は、生真面目でストイックで純粋な心を持っていた人もいれば、そこまで真面目に人生を考えていなかった人もいる。優秀な人もいれば、そうでもない人もいる。家庭がしっかりしていた人もいれば、そうでない人もいる。カルトに警戒心を抱いていたのに入信してしまった人もいる。

「ああ、入信する人っていうのは、こういうタイプの人なんだね。だったら、私も、うちの子ども達も大丈夫ね」と安心したいのですが、安心なんてできやません。入信した人の話を読むと、共感すること多々ですよ。危ない危ない。

でも、私は入信など考えもしなかった。どうして?何が違うの?

もっと明確な答えを求め、先日読んだのは、江川紹子氏の、『「カルト」はすぐ隣に』
江川氏は、オウム関連の書籍は何冊も出版されていますが、この『「カルト」は……」は、岩波のジュニア出版の本。若者を対象に書かれています。

大人向けの本を読んでもわからなかった答え、若い人向けならわかるかも。そして思春期のこどもを持つ親として、何か伝えられるものがあるかも、と思い読んでみました(息子達の日本語力では到底読めないので代読というわけです)。

結果から言うと、「入信しやすい人のタイプ」というのは特定できない、という、今までどの本でも書かれていたことを繰り返し言われたように感じます。ただ、元信者の手記が長文で挿入されていることや、江川氏の書き方もあって、私も、ようやくじわじわとですが、説得されつつあります。

みんな迷える子羊です。たとえがめちゃくちゃな気もしますが、「スリに遭わないタイプ」と思っていた私でも、ちょっと気が緩んでいた或る日、スリに遭ってしまったように、気を張っていても、或る日カルトに足を踏み入れてしまったりするかもしれない。それが人間なのでしょう。「私は大丈夫」と思っていても、するっと入ってしまう。
そのことを、この『「カルト」はすぐ隣に』は伝えたいのだと思います。

ではどうやって防御するか。幾つかアイデアが挙げられている中で、私は息子達に3つのことを伝えました。

・Study(自分で考える)ではなく、Learn(丸覚え)させようとする教えには警戒せよ。(ダライ・ラマのお言葉だそうです)
・「え、なんで?」と思ったら一度止まって考える。
・人任せにせず、自分で考える事を放棄しない。

一も二も三も、「考えよ」ということですね。
でも、考えるのに疲れてしまう時もあります。考え過ぎてしまって危険な精神状態のときは、考えることを棚上げした方がいいときも。
そんなときには、絶望読書という手があるんですよ。
その話もしたかったのですが、長くなりましたので、また別の機会にします。

2021年1月15日金曜日

十人十色でいいよね

 


この写真↑はお正月に義理の両親の別荘で撮ったものです。

今日はこれを見ながら、ふと、あの時一緒に過ごした二人の少女のことを思い出していました。
マリーとクロエ。
マリーは義理の姪、クロエはマリーのお友達です。
二人ともお誕生日が一緒でまもなく12歳になるとか。こちらの女の子は成熟が早いのですが、彼女達はプレ・ティーンというよりは少女っぽさが勝っていて、二人して別荘の中をかわいいネズミのように駆け回っていました。

マリーは、「女の子女の子」したタイプ。ブロンドの巻き毛にブルー・アイ、カチューシャは日替わりで、という絵に描いたようなマドモワゼル。仕草などから、自分が人に与える印象をしっかり把握しているのがわかります。性格は、お喋りだけど強い主張はなく、いつも従兄弟達に丸め込まれたり、邪険にされたり。それもあって、今回はクロエを田舎の別荘に招待した、とのことでした。

一方、クロエは、ピリッとスパイスが利いているタイプ。鉛筆のように細い身体をジーンズとスヌーピーのトレーナーに包み、ストロベリーブロンドのストレートヘアは無造作にゴムでまとめるだけ。美少女ではありません。 でも、小さくてよく輝くマロン色の瞳は、面白いことを逃さないぞ、と常に周りを観察しています。

私達夫婦が別荘に到着すると、クロエは、興味津々という顔で自らボンジュールしに前に出てきました。「私、いつか日本に行くのが夢なんです。日本語でボンジュールはどう言うのですか?」といきなり質問がスタートし、このあと、幾つの質問に答えたことでしょう。少なくとも、日本には香港はなく、広東風焼き飯は和食ではなく、東京は日本の首都だということはわかってくれたと思います。

画像1

滞在中、私がガレットデロワもどきを作っていると、ぐりとぐらならぬ、マリーとクロエがやって来て、「手伝ってもいい?」と聞きます。「もちろん」と応えると、「わあ!」と、それだけで顔を明るくさせて喜ぶ少女達。

クロエは好奇心一杯で、「それは何?」「なんでそうするの?」と質問も多く、「フェーブを二つ入れたら?」「上に模様描いたら?」と提案もある。

マリーが、シンクに投げ込んだボウルの、こびりついたチョコレート入りフランジパンを「舐めてもいい?」」と聞くので、「もちろん」と応えると、再び「わあ!」と二人して喜ぶ。かわいいことったら。

クロエはこのガレットが気に入ったようで、「レシピを教えてね」と大人びたことを言います。「うんうん、もちろん」と笑ったのですが、実は真剣だったようで、私達が去る間際に、紙とペンを持って、「ガレットのレシピを下さい!」と私をジッと見つめるではないですか。もちろん、教えましたとも。ついでに、ここにも記しておきましょう。

Galette des Rois (ガレットデロワ、東方の三賢者がイエス様の元に到着した、エピファニーに食べるお菓子です。
オーブンを180°にしっかり予熱炊きします。
・有塩バター 100g
・砂糖 100g
・全卵 2コ
・アーモンドプードル 100g
これを混ぜるとフランジパンとなります。ここに私はチョコレート200gを刻んで加えました。
円形のパイシートに、このチョコ入りフランジパンを広げ、サイコロ状に切った洋梨小1個を適当に散らし、フェーブも置いて、もう一枚の円形パイシートを被せます。端をしっかりと閉じ、中央にお箸でプスッと空気抜きの穴を開けます。さらに、上に焼いたときに照りが出るよう、溶き卵を塗り、オーブンでこんがり膨らむまで焼きます。

ベルサイユに帰る車中で、息子達は「クロエの方がマリーより気持ちよい女の子だった」と言ってましたっけ。私も、マリーには悪いけれど、同感です。すでに自我が確立しつつあるクロエと、自我はないけれど自意識だけはあるマリー。これは可愛い子の宿命かな?

と、ここまで考えて、私はどんな少女だったのだろう、と自分を思い返します。 

自我......ありませんでした。いつもぼーっとしていて、「ミキ、口閉じなさい!」としょっちゅう叱られていたっけ。
太めの小ブスだったので自意識もなかったですよ。自我もない分、外見に対するコンプレックスがあまりなかったのは幸いでしたが。
頭も悪く、努力もしないので成績も悪かった。末っ子気質の 悪い面というのでしょうか、甘えた考えを持っていて、依存的だったし、自慢できるようなことはないのにえばりん坊で、サボることばかり考えていて、クロエのように、未だ見ぬ国への好奇心もなく……
一言でいえば、絶望的な少女ですよ。将来性ゼロ。

そんな少女だった私がやがて受験します。徹夜します。失敗します。成功します。ギリギリ引っかかります。冷や汗ものです。
家庭の問題がために涙を流します。堪(こら)えます。傷つきます。立ち直ります。でも 引きずります。
恋にのぼせ、振られます。振ります。調子に乗ります。振られます。
結婚したいのに、出会いがありません。出会います。別れます。
仕事もします。能力が足りません。長けてきます。飽きます。転職するけれど能力が及びません。フィットしません。迷います。
現状に耐えられなくなり、渡英します、渡米します。
フランスへの好奇心なんてなかったのに、気づくとフランスにいます。
日本への郷愁は募るけれど、中々帰れません。

あの時、このぼけーっとした太っちょの少女が、こんな人生を歩むと誰が思ったことでしょう。
もし、あの時の自分に会うことができるのなら、ぎゅっと抱きしめてあげたい。そして忠言するのであれば、「眼を大きく開いて、これからの旅の景色をしっかり見ておきなさい」とだけ、伝えたい。
結局、そこですよね。どんな景色を見てきたか。それが私の宝物です。

今度マリーに会ったら、もっと話を聞いてあげようと思います。叔母さんにはそれしか出来ないけど。いつかクロエに会うことがあったら、質問にできるだけ応えてあげたいと思います。

そんなことを思った午後でした。
さて、フランスは明日より夕方6時以降の外出が禁止となりました。また生活リズムが微妙に変わります。頑張ります。
どうぞ皆様も Stay safe!

2021年1月8日金曜日

家事は主婦の仕事?

 


新春、おめでとうございます。写真は、2日の日の出刻の写真です。

私は、子ども達が田舎の別荘に行っていたので、のんびりと年を越しました。皆様のお正月も、ゆっくりできる数日であったことと願っております。

子ども達は、学校休みの度に、「おいでおいで」と田舎の別荘へ招れます。今回は、コロナのこともあり、子どもだけを送り込んで、私達夫婦は迎えがてら、一泊だけさせてもらいました。

コロナ禍のため、家政婦も来ないので別荘での賄いは、基本的に義母と義姉、私がいるときは私、となります。
別荘での普段の料理がシンプルなことはこちらにも書きました。義母達は、無理してまで手料理に拘らず、自分達がストレスフリーな気分でいられるように力配分をコントロールします。
来る日も来る日も台所に立たされ、ご飯を作らされると、鎖で繋がれているように感じる、という気持ちは、私もわかります。

ただ、義母や義姉の「家事はうんざりなのよぉ」というオーラは私のそれよりずっと強くて、時折、大人げなくないか?と思うことも。
バカンスの度に、義母、義姉から「嗚呼、もう料理はうんざり!」「嗚呼、片付けうんざり!」と耳にタコができるほど聞かされます。
私がやりますよ、と動くと、「ミキ、およしなさい。そんな凝った料理、そんな拭き掃除することありません」と止めが入ります。
料理人なり、毎日来てくれる家政婦なり、頼めればいいのですが、田舎ではそういう人材が足りないのです。

何故、義母達は家事をそこまで嫌がるのか。そして、何故、私はそうでないのか。掘り下げて考えると、義母や義姉は、「家事は家政婦の仕事だ」という認識があり、私は「家事は主婦の仕事だ」という認識があるからだ、と気づきます。
義母や義姉の考え方は、必ずしも上流階級特有のものではありません。フランスでは中流家庭であろうと家政婦やベビーシッターを雇います。また、これは「フランスは共働きが基本だから」、ということでもありません。
女性が働いていなくても、家政婦に来て貰っている家庭も多いのです。
子沢山で家が大きいから? 高収入だから?それもそうではないのですよ。ほんとに普通のサラリーマン家庭とか、子どもがいない人でも、あと、ささやかな収入で暮らしているような独身の女性でも、
「プロにやってもらった方がきれいになるから」、「私も息抜きしたいから」、「自分の時間を持ちたいから」といった理由で頼んでいるようです。
どれも、気持ちはわかるけれど、そこまで求めるんだ、とフランスで 暮らしはじめた頃は こっそり驚いていたものです。

一方で、フランス人家庭全てが家政婦を雇っているわけではなく、また、家事全般を家政婦に依存しているわけでもありません。家庭内の男女の家事・育児の分担をみると、統計では女性は家事の64%、育児の71%を請け負っているともあります(2010年数値)。
昔よりはマシ、そして恐らく日本よりはマシなのでしょうが、未だに女性の家事・育児への負担は大きいのです。

私はいいんですよ。
日本で家政婦さんなどとは縁のなく育っているので、当然のように家事をやってきました。家事は結構好きだし……

と、ここまで書いて、ふと考えます。
本当にそうなのかしら、と。
家事、しないで済むなら、しないよね?
料理やアイロンがけは好きだけど、あれも好きなときにするから好きであって、やりたくないのにやらなくてはいけないときは、「うーん、もう!」と目を三角にしているよね?

それで気づいたわけです。
私も、色々擦り込まれているなぁ、と。
日本では、掃除好き、料理好き、片付け上手、子どもの扱いが上手な「家庭的な女性」というのは、ポイントが高い。だから、自分もそうあろうと仕向け、気づくと、自分は家事が好きだと思い込んでいたのではないか、と思うのです。
義母や義姉の方が、「家事はうんざり」と、しっかり声を上げ、自分を大切にしていて立派です。
大人げない、などと思ったりして、ごめんなさい、と謝りたい気分です。

そんなことを思うのも、ワタクシめ、フランスに来てから、家で働くことが多かったし、信頼出来る家政婦さんを探すのも面倒だったので、一人でやって来ました。コロナ禍の外出制限中も、朗らかに(本当か)ご飯を作ってきた。

けどね、
ここに来て家事疲れを感じています。大掃除もしていないのに、手抜きばかりなのに、です。長年、実は「うんざり」していた部分が 積み上がり、溢れてきたのでしょう。

それで、コロナ禍が収まったら、家政婦さんを探そうと、心に決めました。週に2,3時間程度であれば、他を少し切り詰めれば家計にも響くほどのとではありませんし、
家政婦さんに、バスルームと床や窓の掃除をやってもらったら、私、もっと優しい妻、母になれると思うので、最終的には、家族みんなが得すると思うのです。

これはジョークではありません。
家事というものから女性を解放したら、日本女性の幸福度はかなり向上するのでは。男性に家事分担を促す声も聞きますが、自分が嫌なことを夫に求めるのって、日本の女性にはハードルが高そう。
それよりも、日本も、フランスのように家政婦を雇うことをスタンダードにしたら良いと思います。賃金は、もはや日仏の差は殆どないようですし、業者も色々あるようですよ。(政府もここに力入れたらいいのに)

家政婦の時給、日仏比較
フランスの家政婦の相場は、時給12~17ユーロ(円換算で約1500~2200円)とあります。
日本では幾らかというと、時給1800~2500円。フランスより300円ほど高いですが、物価の違いを考えると、ほぼ同水準と言えるのでは。

新年早々、熱くなってしまいました。
2021年、少しでも生きやすい世の中になるといいな、と思っています。
本年も、どうぞ宜しくお願い致します。
Stay safe!