2015年1月11日日曜日

パリのテロ、日本の言論の自由

でも、希望を忘れないで。

なんという一週間。

新学期だ、インフルエンザだ、とバタバタしていた矢先のパリのテロ攻撃。
パリに住む友達もさぞかし尋常じゃない心持ちだったことでしょう。
犠牲者の方々のことを想うと胸が痛みます。

フランスほど、テロリストの予備要員が多い国はないと思ってたけれど、やっぱり。

フランスって、自由な思想を歌っている割には、多様性を許容しないところだな、って、この15年フランスに関わってきて思ったことです。
政教分離を徹底する、という名の基に、カトリックでもイスラム教でも、どことなく見下され、
思想も理想もない、もちろん信仰なんてあるわきゃない。
中途半端な頭でっかちが大手を振って歩く。
迷える人、弱い人の居場所がない。
これが現代のフランス。

移民も、2世、3世となったけれど、ずーっと社会の底辺。
乾いた価値観の中で育ったこの人たちが、自分のルーツにあるイスラムのカルトに出会い、救われたような、生まれてきた理由を見つけたような錯覚を持たされ、気づいたときにはイスラム過激派に洗脳されている。
公安の監視も甘いようだしね
まだ一杯いると思う。
不況も深刻化するだろうし、
フランス、暗黒の時代の入り口にいると思う。


エコノミスト誌もこんな表紙
また、今回のリアクションとして、言論の自由に対するアタックだ、と捕らえられているようだけど、そうなの? 
テロリストがそんな次元で物を見ているのかなぁ……。

「言論……」以前の、自分の思想に反するものは何でも殺せ、という、もっと野蛮なところにいるんだと思います。テロに言論の自由を説くのは、まだ文字を知らない赤ん坊に民主主義という四字熟語を書かせようとしているみたいけどな。

言論の自由、という問題なら、どちらかというと日本が怖いと思っています。
ミュージシャンが政治批判的な歌を歌うことに対して批判の声がネットで上がったと、とある大手新聞社が報道していたけれど、ミュージシャンが政治批判するのって当たり前じゃないの? 
ミュージシャンや芸術家が政治批判できないような国はもう言論の自由も民主主義が終わっているよね?
そんなネット上の空騒ぎをわざわざ大手新聞社が報道したのだろう、誰かが裏であおってるの?とそこにもきな臭いものを感じたりもします。最近の日本は何でもあり、ですから。

とにかく、メディアには、読み手をバカだという前提で書かないで欲しいです。
読者が愚衆化しないように教育するのがメディアの役割だと思うのです。頑張って欲しいです。

世界中が際どいところに来てるなぁ、と新年早々に思った次第です。