2011年5月31日火曜日

DSKの話

扇動的メディアのフランス、人の心も移ろいやすく、震災→ガタフィー→カーラ(ファーストレディ)妊娠?→DSK、というのが、夫の会社の社食でのトピックだったようなので、これが代表的なフランス的話題だったのでしょう。

DSKこと、Dominique Strauss-Kahn元IMF理事の暴行事件は酷い話でした。
私見ですが、私は有罪だと思います。(いいんですよね、好きなこと書いて。ブログだし、言論の自由、守られていますものね?)前例ありすぎる人だし、今回の現場の状況を読んでいてもDSKがシロとは思えない。

今回の事件で驚いた事をいくつか。
・何故、多くの人が「これは作為的なものだ。DSKをはめようとしている」という策謀説に飛びついているのか。メディア、警察に対する不信感の高さにびっくり。

・仏野党第一党の社会党が「アメリカの司法システムを信頼できない」と堂々と述べたこと。法体制が、民主主義が一番発達しているのはやはりアメリカではないので しょうか。そのアメリカの司法システムを信頼できないって、政治団体である社会党が述べるっていうことは、アメリカを、アメリカの民主主義を信頼していな い≒民主主義を否定している、って取れないこともない。何だか非常識な発言だと思いました。

・DSKの頃、シュワルツネッがーも隠し子が発覚。パワー・アニマルとは、本当にアニマル?Below Human? 

・DSK奥さんは日本の安藤優子的な人と聞いています。今回が初めてではないでしょうに、何故DSKを庇う?

それにしても、DSKをはじめ、恐らく多くいるセクハラ親父(もちろんババァも)にセクハラ・暴行がどういうことなのか、理解させるのは無理なのでしょうか。
以前観たレイプされた人のドキュメンタリー映画で、「レイプとは、個人の尊厳への侵入であり、侵されたものは尊厳を取り戻すのが非常に難しい。尊厳を損うということは、自分を失うこと、『死』と同じなのだ」
というようなことを言っていました。セクハラ・痴漢も基本的に同じだと思います。日本に住む女性なら、痴漢・変態など遭遇してしまったこと、あるかもしれ ません。あの時の記憶、恐怖、嫌悪感、怒り(その通りですね、Nemoさん)など拭っても拭い切れないものだったりしませんか?

昔、合コンした弁護士さん達が、レイプ事件に対して、軽視しているような意見を述べているのを聞いて、認識の違いにびっくりしたことがあります。あの人達が少数派であって欲しい。

脱線してしまいましたね。
DSK、事の顛末はどうなることか。どきどきするあたり、私も司法を信頼しきれていないのでしょう。
OJシンプソン的結末だけは避けて欲しいです。

2011年5月29日日曜日

筋の通った生き方

山崎豊子の「運命の人」を読み終えました。

彼女の作品は「沈まぬ太陽」以来。今回のテーマは戦後から今までの沖縄の歴史です。悲しすぎる歴史です。沖縄返還のカラクリ、真実を追究した新聞記者が社会とメディア両方からつぶされていく過程、そしてその犠牲になっていく家族・・・。今だったらウィキリークで流せばよかったのよ、といいたくなる。そして、やはりウィキリークは罰せられるべきではない、と再確認したり。

・・・脱線してはいけませんね。

山崎豊子が書きたかったのは、多分、4巻目の沖縄の近代史だと思います。ひめゆりの塔など、薄っすら知っている歴史をあらためて、沖縄の人の言葉で語られると、涙がとまらず、なるほど、沖縄の人が「涙(なだ)そうそう(涙をポロポロ流す様子)」という言葉を作ったのには、こういう悲しい歴史も理由の一つなのかな、と思いました。

そして、悲しみの涙だけではなく、怒りとか、悔しさの涙もじわじわ沸きます。佐藤栄作の小ささ、利己主義さに(怒り)、何故こんなヤツを内閣に選んだのだ(悔しさ)、とか、アメリカの誠意のなさとか。なぜ佐藤栄作がノーベル平和賞だったのでしょう。超意味ないです。

山崎豊子さんはなんと大正生まれ、86歳です。
この本を書き始めたのが約十年前。取材や資料探し、大変な量だと思われますが、なんというバイタリティー。素晴らしいです。同じ女性として、人間として、彼女のように、使命感を持って活動し続ける姿勢に尊敬せずには居られません。
まだ二作しか読んでいませんが、どちらも「筋が通った人」が主人公でした。その奥様も昭和の女性らしく、文句言わずに、けなげに影で支えるタイプで、その受身的且つ献身的な生き方に美しさを感じます。いやぁ、私にはできないわ~。そしてこの奥さんの生き方にも「筋」がある。夫の運命に翻弄されているようで、しっかり自分で選択している。そして、主人公(+家族)が相対する社会は、ねじれていて、歪みに歪んでいる。そういう話です。うぅ、やり切れないでしょ?むかつくでしょ?
終わり方も決して水戸黄門的ではないのが、戦中派、そしてその後の日本を長く生きてこられた方の厳しさなのでしょう。一方で、救われない話ではない。筋通して生きる人だけが持ちえる、内面的な充足感、達成感が書かれていて、「正しく生きるって、大変だな、でも、こうありたいな」と思わせられます。

「文庫化を急いでもらったのは、一人でも多くの人に読んでもらいたかったから。本当の沖縄のことを一人でも多くの人に知ってもらいたい」
とあとがきにありました。是非読んでください。暗い話ではあるのですが、スピード感ある展開、語り口に、落ち込んでいる暇ない、ページめくらなきゃ、って感じです。エンターティメントとしても一級です。

奇しくも、沖縄普天間基地の移動問題がまた先送りされそうとメディアは言っています。
これ以上、この島の人たちを犠牲にすることは許されない。
日本の政治に絶望しないようにしているんですが、菅さんじゃあねぇ・・・。
直接オバマ大領領に手紙でも書こうかと思う今日この頃です。宛先はFacebookのアカウントでいいのかな?

2011年5月27日金曜日

最近の感動

金曜お馴染みの備忘録。最近感動したこと、書き留めておこうと思います。


  • 太田光氏 「振り返ったときに『あの時代に生きることが出来てよかった』と思える今にしたい」
  • 太田光氏の奥さん「人は死ぬと時間になるのかな」(引用など、記憶を頼っていますので正確性に欠けるかと思いますが、悪しからず)
  • 桑田さんの新アルバムの一曲、「傷だらけの天使」の歌詞。「勝たなくていい、負けなきゃいいんだろ」、本当にそうよね。そう思えばいいのよね。このドラマも好きだったなぁ。
  • ビデオクリップ、奇跡の地球  これいい歌ですね。知りませんでした。
  • ビデオクリップ Pray for Japan ツィッターに寄せられた地震のメッセージをまとめて音楽に載せて配信しています。
  • マルタ・アルゲリッチと酒井茜さんの震災チャリティーコンサートでの連弾。彼女達、ピアノと一体化していました。楽しそうだったこと!
  • SNSエトランゼの日記達、お気に入りブロガーさん達のエントリー
  • ドラえもん感動編という再編集されたマンガ本。私が感動してウルウルして手が止まると、子猿が「早く、次ぎ読んで!」と全く感動していない。
    • ドラえもんって70年代に始まった漫画なんですね。あの頃は敗戦が現実感ある記憶として残っていたようで、平和に関するエピソードが結構 あり、子猿に説明する良い機会となってます。それにしても私の世代はこうして古い漫画を通してしか戦争と平和について子供に語れないとすると、かなりメッ セージ力弱いなぁ、と反省です。
皆さんの感動もおすそ分けください。
良い週末を!

2011年5月25日水曜日

10周年同窓会

日曜日は、パリから60キロほど南下したところにある城下町、フォンテーヌブローに行って参りました。
フォンテーヌブローといえば森、その森の中にある、ビジネス・スクールINSEAD(欧州経営学院)で、卒業10周年行事が催されたのでした。

前回は5周年記念があったのですが、たった5年だと、薄情は私としては、あまり懐かしさもなくすっぽかし。10年経った今回も、学生時代はまるで昨日のこ とのようなので、そんなに盛り上がっていなかったのですが、ま、世界から皆が集まるのに、パリに住む私達が行かないのはねぇ、と、どうでもいい義理を感じ て行ったのです。

行ってよかったと思いました。
懐かしい顔を見て、心では「年取ったね」と言い合いながら、表立っては、「変わらないねぇ」なんて肩叩いちゃったりして。時は思ったより残酷ではなく、歳とって美しくなった人も多かったし、お腹が出てきたり髪が薄くなったことで、より人間味増した感もあったし。
「どうしている?」「元気そうね」と、決してそれ以上の会話にはならないんだけど、それでも「また会えてよかった」って心底感じ合える、こんな同窓生という関係はいいなって、こんな機会をもてたことに感謝の気持ちが湧き上がり。

大金持ちから失職中など、色々な立場の人々が、アメリカから、ブラジルから、香港から、インドから、と集まりました。日本からは誰も来なかったのが残念。「絶対行くわ」と頑張っていた陽子さんは、天国から参加していたに違いない。
意外だったのは、現在専業ママさんしている女性が多かったこと。男性も子煩悩ぶりを見せまくっていたし、昔はあんなにキャリア!って張り切っていた人達なのに。そういう人生のフェーズなのでしょう。10年経って、皆より自然体になった感じがして和みました。
 
次回は20周年同窓会。今回以上に、見栄を張る気もないでしょうし、もう見た目云々というのも通り越しているだろうから、より打解けた会合になることでしょう。

2011年5月24日火曜日

中島さおりさんの講演


今夜は「パリの女は産んでいる」の著者、中島さおりさんの講演に行ってきました。
会 場はSciences po(パリ政治学院(Institut d'études politiques de Paris)の俗称)。場所はサンジェルマン・デ・プレの近くです。聴衆はフランス人が大半で、フランス人視点の質疑応答や、在仏長い邦人からの意見な ど、素晴らしかった。

「日本の女性は赤ちゃんを産むと、もうオンナではなく、お母さんというカテゴリーに移されてしまう。一方、フランス の女性は、いつまででもオンナという認識が持たれるし、女性自身もやる気満々である。」・・・なるほどなるほど、なんて聞いているけれど、同時に、斜め前 にいらっしゃる邦人の女性、素敵だな、50歳位かしら、と薄っすら気になっている。すると、その方が後のご質問の際、なんともう直ぐ70歳だとおっしゃる ではないですか。「フランスに住んでいるから、オンナでいないとでしょ、努力してきました」って。今日は夫も居ないしィ、なんて、ぼさぼさ頭に、色気ない パンタロン姿の自分を大いに反省。「日々努力」と呪文を唱える。

質疑応答では地震の話も出ました。
3月11日以前と以後の日本は変わっていくのではないか。実際、結婚率が少し上がった、と。
死を見せ付けられて、生を考え、その最初の行動が結婚というは良い話だな。そしてこの結婚は愛ある結婚なんだろうな。(たとえ衝動だったとしても、頑張って愛、燃やし続けてくださいね~)

日本、変わっていって欲しいです。もっと希望を持てる場所になって欲しい。日々、愛を感じる生活が送れる場所であって欲しい。
日本のメディアを見ていると、放射能のニュースや被災地のニュースが少なくなっているし、レベル7やメルトダウンなんて、恐ろしい言葉にも反応が鈍くなっている自分にも気づき。こういう風に風化してしまうのでしょうか。折角変わろうとしているのに。
メディアが騒がないと現実感が湧かなくなっている。

3月11日を忘れずに、自分ができること、すべきことを考える勤勉さを身に付けたいと思った今日の怠け象です。
ということで、皆様も引き続き、左にあるクリック募金をよろしくお願いいたします。

2011年5月21日土曜日

出会い週間③ Saudage

今週の出会い週間の続き。
おっ、いきなりカタール時代の写真が混ざったのか。


それとも、モロッコに小旅行?

いやいや、これはパリ5区にある、モスクなんです。もう素晴らしいったら。
まず、レストラン
クスクスが美味しかった!
そしてハマムと呼ばれるサウナ
でもあかすりは痛いらしい。

もう、ここに来れるなら、海外旅行しなくっても好いか、って思わされるほどの異国情緒。
こちらは、モスクも見学させてもらえました。思えば、カタールでもオマーンでも異教徒ということで、モスクの中を見たことなど殆どありませんでした。モスクは小中学生が社会科見学で訪れています。これはドンピシャリの意義高いお勉強ではありませんか。
「どうぞ君達の時代には、戦争やいさかいなどしないでね」と心の中で祈ります。

外のテラスでは、ミント・ティーや水タバコもいただけるようです。
いやいや、こんな場所があるなんて、パリは奥が深い。




そして、昨日は、ビジネススクール時代の友、パウラとプティ・パレでランチ。パリのベーグル・サンド、初めてだけど、美味しいです。

パウラは、絵に描いた陽気でガッツのあるブラジル人、リオから来ました。
もう、楽しい楽しい、しゃべるしゃべる。気づくと、もう子猿達のお迎えの時間になっちゃって、折角のプティパレなのに、絵一枚観る時間なく帰ってきましたよ。
それにしても、なんだろ、パウラの善意には、生涯裏切られることはないだろう、という確信があります。とにかく圧倒されるほどに善人なのです。信頼しきれる友がいるって恵まれたこと+


別れの時には、涙を流し、「Saudade(サウダ-ジ)」とつぶやきながら熱き抱擁。
「Saudageは、ポルトガル語以外の言語にはない言葉で、ノスタルジーよりももっと切なく、やるせない、憧憬、懐かしい気持ちを表す言葉なの。ミキと会う度に出会った頃からの二人の友情の軌跡がワーッときちゃうのよ」と説明しながらまたポロポロ。

明後日また会うんだけど、パウラったら大げさ。
・・・と、思いつつ、帰りのバスに揺られ、5分も経つとパウラが隣に居ないのがさびしくなり。

出会いがあれば別れがある。
Saudage・・・、つぶやくと胸が苦しくなる言葉だわ。

Alors、今夜はGirls night out、明日はビジネススクール10周年同窓会、出会いはまだまだ続く。
感動の量と人生の重みは正比例ですからね、別れを恐れず出会いまくろうと思います。

皆様良い週末を!

出会い週間② 憧れのみほさん、そして旧友編

今週は沢山の出会いがありました。のんびりモードに馴れている怠け象、お会いした方々の輝きにまだ目がチカチカしています。


まず、月曜日は、憧れのこの方と!


セパージュ・ブログにも書いていただいたように、最初の出会いはピノミホさんのブログでした。みほさんは、文章も写真も素晴らしくって、ほろリときたり、元気を戴いたり、疲れを癒して頂いたり。
「星の数ほど或るブログの中で、私は縁あって、みほさんのブログと出会ったけど、こういう癒し・インスピレーションのブログを色々な方と共有できる場があったら・・・。」
これが、拙SNS、エトランゼを思いついたきっかけでした。


それにしても、私の周りには三つ上の方が多く、みほさんもそうです。たった三つの違いなのに、皆さん、しっかり大人の女性していて、美しい。なんというのでしょう、甘えがない感じがめちゃくちゃかっこいい。
「よし、ってことは、これからの三年が肝心なのね、大人のオンナを目指して頑張ろう、私。」と思った、感激の出会いでした。


(私信;みほさん、お忙しいのにお時間作っていただいてありがとうございます。今度、是非ワインとおもてなしのサロン、セパージュを取材させてください。)


翌 日火曜日は、高校時代からの友達、Aちゃんと、10年前パリで初めて出来た友人、Sちゃんといつものしょうもないアジアでベトナム麺をすすりました。この しょうもない店とも10年来の付き合いかと思うと、マダムの髪が黒々しているのが不自然で当たり前か、なんてどうでもいいことなんですが。
高校時代からの友人って、もう友人の域を超えて半家族なんですよね。その「近さ」の心地よいこと。
Sちゃんはであった頃よりも若がえっている?潔く生きるというのの模範生のようなSちゃん、かっこいいんです。そうそう、Sちゃんも三つ上です。


・・・・水曜日以降も出会いは続き、長くなりそうなので、残りは明日にします。

2011年5月17日火曜日

出会い週間① 上流階級てやつは。

このところ、色々と出かける機会があります。感動・驚きを忘れないうちに書き留めておかなくちゃ。

先日は夫の幼馴染のお宅に招かれていきました。Compiègneだったけな?パリから80キロほど北に行ったのどかな田舎です。素敵なお庭のある、広々としたメゾン・ド・カンパーニュに、子供3人の家族5人で暮らしている、あぁ、憧れの生活。

と、思ったのは最初だけ。実は、ちょっと不思議な時空に入っちゃった、そんな感じのご訪問だったのです。

うちの夫はいわゆる上流階級の出身で、この幼馴染も伯爵のタイトルを持つ良家の坊ちゃん。奥様も、やはりベルギーの伯爵家のお嬢です。同じ階級が混じわって縁組するという傾向は、ラリーについて書いたこのリンクを観てください。

まずご主人は、片道2時間近くかけてパリに通勤しています。ストも多いフランスで田舎電車、郊外電車、メトロ、バスを乗り継いでの通勤はさぞかしストレスフルでしょう。でも、パリの不動産高騰で、とても家族五人が住めるようなアパルトマンなど借りれないので、空き家同然だったこの田舎の家に住もう、ということになったらしいです。

奥様はちょっとデリケートな感じの女性。敬虔なカトリックで、会話は信仰について、もしくは彼女のご実家の栄華在りし頃の思い出話。でも決して自慢話って感じではないのです。本当に懐かしんでいるんだとおもう。
「○×での夏は素敵だったわ」(夫がここで私に耳打ち。○×というのは割りと有名なシャトーのことらしい)「×○公爵がそのときいらしてね」(夫がここでも耳打ち、この公爵は彼女の大叔父)、そんな話をひとしきりして、「でも、これも今は昔の話。あの○×も屋根の修繕費用がないからって今や廃墟同然だし・・・。パパって経営センス、ゼロだったから、フフッ。」ってどう突っ込んでいいのか分からない〆。

そのあとの会話も、壁の絵画やアンティークの皿などを見せてくれて、別にいいんだけど、私達、まだアラフォーでしょう?ほかに話すことあるじゃない。まるで義理の両親の世代と話しているような気になります。くどいようですが、これ、自慢ではないのです。自然な会話をしようとして、こういうクラシックなテーマになってしまうって感じ。
また邸宅は大きいだけにメンテナンスも大変なようで、壁紙が禿げていたり、「この前は雨漏りで大変だったわ、でも修繕も大変だから、テープ貼って済ませているの、ほら。ほほ。」って、そんなのばっかり聞いていると、なんか悲しいな上流階級、って、そんな邸宅も持たない身で同情することはないのですが、ついしちゃう。

帰りの車中、「 子供達はとっても可愛くて良い子だけど、あんな時間軸ゆがんでいる親(失礼ですねぇ)に育てられちゃうと、将来現実社会で苦労するんじゃない?」と、ミドルクラスの観点で発言をしてみると、夫は、「う~ん、でもああいう人、フランスにはまだまだ残っていると思うから、何とかなるんじゃないか。」って。

そういわれてみれば、先月会ったやはり夫の幼馴染夫婦も、ちょっと浮世離れしていて、子供の教育などに関しては、昔ルイ何世かの家庭教師らに由縁のある、かなりオリジナルな学校(フランスの教育法に準じていない)に通わせていました。そこに入るのは頭もだけど、何より家柄がモノを言うらしい。今の時代もそんな学校があるなんて、驚いたものです。

そう思うと、フランスってやっぱり懐が広いのではないでしょうか。
現代のフランス社会を語るとき、BOBO(ブルジョワ・ボヘミアン)とか、低所得者層に対する社会保障、移民の多さなど、「共和国」方向に目が行きがちですが、こういう「アンシャン・レジーム(旧制度)」体質の人も受け入れているわけだし。

ちなみに、旧貴族らのゴシップマガジンは、常時、全仏雑誌売り上げ上位に入るそうです。

2011年5月15日日曜日

食べ物フォトログ

あっという間に週末になってしまって、って毎週言ってますね。気づくとデジカメに食べ物の写真が溜まっていたので、これで日記代わりにします。

まず、これ、何故かアーティスティックなアングルで撮れている、何だと思いますか?厚焼きクッキー?いえ、失敗したうえに焦がしたマドレーヌの上の部分を削ったものです。味は美味しいので食べています。キーポイントは、溶かしバターをわざと焦がして入れること、蜂蜜が入っていること、塩を多めに入れたこと。香ばしく(こげているからだけではない)、バターの味も濃くって、蜂蜜が文明堂のカステラっぽい。二回目のは上手にできたけど、そういうときは写真を撮り忘れるものですね。



食べ物といいつつ、早速違う写真。
これは、Hermes Rive Gauche店。セーヌ川左岸は右岸よりハイソということになっているらしく、天下のエルメスもこういう支店名を付けたのでしょうか。ハイソなデパートと知られているボン・マルシェの近くの旧プールを改装したお店です。右の写真は床です。ほら、モザイクがプールしているでしょ?
空間を上手く使った、実にハイセンスな店内でした。ティールームもあり、ここでアイスティーを飲む自分をイメージすると、何故か自分が、野際陽子的クールな大人にすり替わっていました。



 これは今や有名なCafe Constantでのランチ。ここは有名シェフ、コンスタンさん(多分)の一連のレストランの中で、もっともコストパフォーマンスがよく人気の店です。店は本当、普通のカフェなのですが、料理は上等。
最初の写真は鴨のコンフィ(鴨肉を脂に包んでじっくり焼き込む)と、コンフィのほぐしたのをシェーパーズパイのように、マッシュポテトを乗せて焼いたののダブルコンフィ。付け合せが、焼きりんごというのも気が利いています。

これは、子牛肉を見事にロゼに焼き上げたのと白いんげんの煮たの。言うことなしでした。
メイン16ユーロ、デザート7ユーロ、前菜も7ユーロから。これを安いと思わされるのがパリの物価です。


これは、初めて作ったマシュマロ。卵白一個分で大量にできるんですね。久しぶりに買ったゼラチンが思いのほか高かったのに驚きました。ゼラチンって、鯨のひげから取れるって、昔習ったような機がするけれど、この価格高騰は捕鯨禁止と関連あるのでしょうか。


 このごった混ぜサラダ、何故撮ったかというと、ピンクの小粒、見えますか?これは、この下の写真のカシス・ディジョン・芥子なのです。甘みが利いた芥子でとても美味しかったです。ドレッシングもピンクになったし。それだけ。


先日、他の方のブログでみて、作りたくなった、セロリのぱりぱり漬け。
 

残ったセロリの葉っぱを炒めつけた佃煮もどき。



しわしわになったりんごを目的なく焼いたのは良かったけれど、忘れちゃって。上に乗っているのはバターとConfiture de Laitという、キャラメルバターです。

どうなったかというと、からからのしっとりチップスみたいになったのでお砂糖をまぶして、レーズン代わりにシリアルバーに混ぜてみたら、りんご嫌いのちび猿も食べたので、しめしめ。
 

そんな一週間でした。お付き合いありがとう! Bon dimanche!

2011年5月9日月曜日

ひよこ、田舎、太田光


週末はまたサルト地方の田舎に行ってきました。
前回、春休み休暇のときには卵だったのがひよこに孵ったというのを見に行くというのが目的。
誕生というは文句なしに喜ばしいものですね。(害虫とかを除く)

見えますか?青く光るトンボ。


野生の胡蝶蘭らしい。
一面、マーガレット。



この週末は、太田光著のトリックスターから、空へというエッセーにはまりました。
太田光、海外在住の方はご存じないかもしれませんが、彼は爆笑問題という売れっ子漫才師です。私も彼らの漫才は知らないので すが、桑田さんファンというので、それで興味を持った次第で、そんなに多大な期待なく本を開いたのですが、もう凄く良かった。

「人は死ぬと、時間になるのかな」なんていう話から、藤村、太宰、そして平和・戦争、また政治まで、きれいな日本語で彼の思うところが書かれています。
特に対アメリカについては、みんなレベルで感じていることを見事ドンピシャリに言葉にしていて、「うん、そうそう」なんてうなづきながら読みました。平和 についても、深く考えてなかったけど、子猿達の喧嘩を止めるにも有効なロジックがあったりするし、あらためて平和とか、民主主義とか、それがある時代に生まれた有り難味を感じたり。

「ふりかえったときに、『あの時代に生きて良かった!』と思えるような今にしたい」と前書きにありましたが、これは多くの人が思うところではありませんか?
いつか、東北震災を経て彼の考えるところを文章にしたのを読んでみたいです。

2011年5月7日土曜日

気づくと金曜日

またあっという間に過ぎてしまった一週間。備忘録にお付き合いください。

月曜日 
まったりと家で過ごし、子猿用の児童書書きにいそしむ。

火曜日 
月 曜日とほぼ同じ。朝はマルシェが家の前に出る日だったけど、マルシェの小父さんと会話するのが億劫に感じられて、スーパーに行きました。愛想が良くて善人 丸出し!って感じの小父さんなのに、「引き篭り気分なのかな、私」と思っていたら、夕方から近くのママ友と思いっきりおしゃべりして呑みすぎた。この方と は本について語れる、ということは付随的に、結構ディープな話も通じるので本当楽しいです。

水曜日
子猿達を街中の日本語補修校に 連れて行く日。この日の事件は、チビ猿がトイレに自らロックインしてしまったこと。関係各位に鍵開錠道具を探していただいている間、中学生くらいの少年達 が、入れ替わり立ち替わり、鍵を開けてみようとか、「泣かなくて大丈夫だよ」とトイレの個室にいるチビ猿を慰めてくれたり。とても可愛いくってオバサンは 感動しました。
この日、このサンダルを購入。



木曜日 
11区の中川でママ友ら4人で会食。ここは安いし、広いし、空いているし、気軽だし。パリ西端の拙宅から、ほぼ東端まで来た甲斐ありました。長居すること3時間30分。夜、夫に、「何をそんなに話すの」と訊かれても答えられないほど徒然で。
そういう夫とも徒然で、福島の原発のこと、ビンラデンのこと、為替のこと、チベットのこと、教育のこと、健康のことを話したのですが、その度に「これも昼に話題にでたんだけどさ」って前振りしてたら「凄い徒然なんだね、女性達の会合って」と彼も感心していました。
この日の事件:チビ猿の手を握ったまま、激しく転び、ちび猿も道連れにしてしまって、責められました。

金曜日
まず、ちび猿、エレベータに指を挟んで朝がはじまりました。大事に至らずによかった~。これで三回痛い目にあったから、もう大丈夫だといいね。
さて、今日は先の写真のサンダルを履いて一日行動。
こ のサンダル、ちょっと凄すぎるかな、でもこういうスタイルはとても楽なんだよな、でもちょっと竹馬(底上げ)しすぎなところが英語でいうタッキーってやつ かしら、とは思っていました。そして試着しているときに、怪しげな黒人のおばちゃんから「ステキ!」とほめられたのもちょっと気になっていました。
そ して今日、これで歩いた!すると、色々なオヤジ(気持ち悪いタイプ)から声がかかること、かかること。変な視線も感じます。そして、ついには、うちは大通 りに面していて、そこに春を売っているひとが立っているのですが、そのご婦人から、「そのサンダル、どこで買ったの?とてもステキ」と訊かれてしまった。
サンダル一つで女の印象とは、こうも変わるものなのか。面白いなぁ、と思いました。

さて週末は田舎です。春休みのときに鶏が卵を温めていたのがひよこになったそうなので、そんな写真をアップできるといいな。
皆様よい週末を!
Bon Weekend!

2011年5月2日月曜日

週末の徒然




この写真はパリの西隣にあるブローニュ市のアルベール・カーン美術館で撮りました。ちょっとこの→リンクを見てください、すごい写真の量でしょう。20世紀初めにこんな旅行家・親日家がいたなんて、嬉しい驚きでした。カーンさん、ユダヤ系フランス人の銀行家で大恐慌までは大金持ちでした。ナチ占領下のパリで亡くなったとのこと。



それにしても、素晴らしい完成度です、この美術館+日本庭園。
庭園は、まるでミニ浜離宮。お茶室や古くて美しい日本家屋もあって、子猿達が「あ、日本のおうちだ」って縁側から上がろうとしちゃったくらい、日本人には懐かしく、親しみ深い光景。
写真展も1926・27年の東京、福井など。その時代を生きてないのに、とてもノスタルジックな気持ちになったのは、先日読んだ中島京子の「小さなおうち」の影響でしょうか。
こういう写真やお庭をみていて、ふと、もし自分が日本人でなかったとしても、外国人だったとしても、日本が好きなタイプだったろう、って、希望的に思ってみたり。嬉しいことに、夫は行く度に日本が好きになっていくようですし、また家族で日本を旅してみたくなりました。


この日曜日、近くのエベイユ幼稚園では震災チャリティーバザーがありました。関係者殿お疲れ様でした~。

家に帰ると、ネットではガタフィの子供と孫を空爆したというニュース。こういうとき、果たして兵士は「やったー!」と喜ぶのでしょうか、それとも・・・。そして今朝はビンラデン殺害のニュース。これで遺族の方は少し救われるものなのだろうか、と思っていたらやはり必ずしもそうではなく、9・11の犠牲者だった住山さんのお父様へのインタビューでは、遺族には喜びはなく、「真実」を知る機会を失った困惑が広がった、とありました。
ス ミさんは高校の同級生で、彼がNYに赴任した当時にもグランドセントラル駅のオイスターバーで一緒に飲みました。ちょっと私の初甥っ子を思わせるような、 少年臭さを残した爽やかな青年でした。9・11も、もうすぐ10年前なのですね。スミさん、そして犠牲者のご冥福を祈るばかりです。

さて、この週末より初めての大江健三郎を読んでいます。この小説家はびっくりするほど父にそっくりだし、難解そうなので敬遠していましたが、ようやく読んで見る気になりました。So far so good.
入門編と思って、「静かな生活」という中編集を読んでいますが、静かなユーモア、愛情、そして、心の内を丁寧に説明されているのとか、中々良いです。色々批判も多い作家のようではありますが、普通の悩み多き人なのではないか、と今のところ好意的に感じています。
今は「なんでもない人」として生きる、ということにこだわった部分を読んでいます。自分なんてなんでもないと思って生きるとは、どういうことなのか。以 前、「うちの子は普通の、なんでもない子なんだなぁ」って思ったことが、目からうろこ的な発見だったことがあります。もちろん、まじめにモーツアルトにな る、とかも思っていませんでしたが、なんだろ、どこか期待していたところがあったのでしょう。ちょうど最近興味持っていたことだったので、時折難解なので すが、頑張って読んでます。
彼は現在ほぼ書き終えていた新作を、東北地震を受けて大幅に書き直しているというのをどこかで読みました。この震災で、価値観など変わるんだろうなぁ。良い方向に変わりたいですね。

そうそう、忘れないうちに。私のお気に入りブログのピノミホさんが、ご親戚のいらっしゃる石巻市にお見舞いに行かれたレポートがアップされています。姪っ子さんのタンポポの黄色さがフランスのタンポポと同じ鮮やかさなのを見てほっとしました。

そんなとこです。
皆さん、良い一週間を!